SCENE 04 * JACK * Boys Talk
二月六日土曜日、午後。
ベネフィット・アイランド・シティ西隣に位置するケイネル・エイジという町──ジャックはギャヴィンの家にいた。つきあって三ヶ月と少しになる恋人ジェニーが、友人のレナ、マリーと三人でセンター街に行くというので、それを待つあいだライアンも連れ、センター街にいちばん近いギャヴィンの家で時間をつぶすことにしたのだ。
白い一軒家の二階、南東に位置するギャヴィンの部屋は、ジャックの部屋と変わらないほどに殺風景だ。部屋の奥、北東にバスルームはあるものの、部屋での目立つ家具といえば、シングルベッドと二人掛けの灰色のソファ、センターテーブルと、小さなテレビや中古のCDコンポなどと小物を置いた棚くらいしかない。
そのうえ今現在、二人掛けソファはライアンひとりが陣取り、テーブルとベッドのあいだ、ベッドに背をあずけられる場所にはジャックが腰をおろしているので、部屋の主であるはずのギャヴィンはドア側に、背もたれもなく座っている。
「は? まだ家にも連れ込んでないの? ジェニーを?」信じられないといった様子で、ライアンがジャックに訊いた。
その物言いに、彼は少々呆れた。「しない」
「だってお前、レイシーは連れ込んでたじゃん」
レイシーというのは、中学一年の頃から去年の春まで、戻ったり別れたりを繰り返しながらつきあっていたジャックの元恋人だ。去年の秋、しっかりと話をし、レイシーは別のプレフェクチュールに引っ越した。もうヨリを戻すつもりはない、というか絶対にありえないことなどないのだが、またもその名前が出たので、ジャックは少々呆れた。ライアンはいったい、いつまでレイシーの話を持ちだすつもりでいるのだろう。
「それは、宿題とかしてたから。そのうち慣れて普通に家に出入りするようにもなってたけど、両親も意気投合して、家族ぐるみでつきあうようにもなったけど。今は、ジェニーとは図書館とかランチ・ブレッド・カフェとかでしてるし」
ランチ・ブレッド・カフェは、ジェニーの地元で今はジャックも住んでいる町にあるカフェだ。図書館からも近く、彼女のお気に入りで、彼女と交際をはじめてから数ヶ月、今ではジャックもすっかり常連になっている。
ちなみに、ジャックがレイシーとつきあいはじめたのは、中学一年生の時だった。中学一年生なんて、純粋無垢な子供だ。そんなことは頭になかった。手をつないだり額にキスしたり、慰めたり落ち着かせたりするのに抱きしめることはあったものの、唇にキスすることはなく、レイシーとは、そのまま高校生になったような感じだった。
ギャヴィンが笑う。「相変わらず真面目」
普通だと大声で反論したかったものの、彼はしなかった。
ライアンがギャヴィンに訊く。「そういうお前は?」
「俺もまだ。一ヶ月しか経ってないし。つきあえたはいいけど、そのことじたい、やっぱり早いかなって、引け目も感じてる。どこかに泊まったりもしないし、フレンチキスはするけど、抱きしめたりもできないかな。止まらなくなりそうで」
ジャックは大いに同意した。抱きしめたりもフレンチキスはするものの、それ以上いくと、まずい。
「お前は? レナ。ピクニックの日、ヤったんだろ?」ギャヴィンは遠慮の欠片もなく質問を返した。
ライアンはベッド側を頭にして両手を枕代わりに、脚を立てて仰向けにソファに寝転んだ。
「ヤったけど。泊まりで。けど、二回? だけ。あとは特に」
ジャックはぽかんとした。レナの家に行っているのではなかったのか。
ギャヴィンが心配そうな表情を彼に向ける。「マジで? どうした、お前」
彼は吐息をついた。「家には行くようになったけど。ほとんどレオ──あいつの弟と遊んでるだけだし。受験の生き抜きとか言って。しかも数時間だけだし。それにここらと違って、オレらの家のほう、ホテルもないし。なんか、はっきりと好きとかも言ってないのに、なんか悪い気がして。それ以上無理」
ジャックとギャヴィンは顔を見合わせた。考えてたことは、おそらくほとんど同じだろう。
ライアンが真面目になった。ありえない。
だがすぐに、ジャックは彼の言葉に引っかかるものがあることに気づいた。彼に確認する。「え、まだ好きって言ってないわけ?」好きでなくてもかまわないと言われた、というのは聞いたが。
「言ってない。よくわかんねえから。嘘つきたくないし、半端な気持ちで言うもんでもないし。そりゃ昔つきあった女からは訊かれたり、言えって言われたら言ってたけど、あいつはそういうのもしないし。たぶんオレがよくわかってないってわかってるから」
その答えに、ジャックはまたもギャヴィンと顔を見合わせた。
ライアンが変だ。
ギャヴィンが言う。「でもお前、一ヶ月もつきあってれば、それなりにわかるんじゃね? レナが他の男と仲良さげに話してたらムカつくとか。他の男の名前持ち出したらムカつくとか」
おそらく彼、自分のことを言っている。マリーがライアンと仲よさげに話していたり、その場にいなくてもライアンの名前を出されることに、少々嫉妬している。
「ああ──お前らも知ってのとおりの二重人格ぶりは、やりやすくて気に入ってるけど」
ライアンが言ったものの、そんなことをジャックが知るはずがない。彼は続けた。
「あからさまな嫉妬はしないし、他の女よりはつきあいやすいと思う。ちゃんとお前らとも遊べるわけだから。他の男の話題がどうとか、話してたらムカつくとかって嫉妬はしないけど、他の男が手出したら、やっぱムカつくとは思う。けどそれが好きって気持ちになるかって考えたら──」
あまりにぐだぐだな彼の考えに、ギャヴィンは顔をしかめた。
「面倒だなお前。お前の感覚で、ヤるってのが好きって気持ちに繋がるわけじゃないってのはわかってるけど。なんか実感ないわけ?」
ライアンはレナとのことを、やたらと難しく考えている。ジャックは苦笑った。
「お前の場合は、甘いイメージのある“好き”っていう言葉で考えるからおかしくなるんだよ」これはある意味、ジャックにも責任がある。「ギャヴィンみたいに嫉妬基準で考えなくていいし、僕みたいに、将来結婚したいとかさらりと言ってるような、そういうので考えなくてもいい。単純に、惚れたかどうかで考えなよ。“Like”でも“Love”でもなくて“Fall”もしくは“Addict”。好きって言わないことでレナが不安になってるとして、それを昔みたいに黙って放置できるかどうか。もしレナに別れるって言われたら、昔みたいにすぐに納得できるかどうか。なにより、しようと思えばできるのに、一ヶ月もそういうのがないままつきあってるってのが、他の子に対する気持ちとは違うってことだろ」
今度はライアンが顔をしかめる。「お前、なんかすげえ失礼なこと言ってないか?」
おそらく“昔”の部分を言っているのだろう。だが事実だ。
「それはお前だから。レナにどれだけ失礼なんだ」
ギャヴィンが口をはさむ。「いや、それを言ったらジャックだってそうだし。姉貴が言ってたけど、あんまり間を置くと、相手は不安になるって」
ジャックは少々ダメージを受けた。「でもまだ、三ヶ月ちょっとだし」と、自分に言い聞かせている。
ソファの上で横向きになり、ライアンは左肘をついて手に頭を乗せた。
「っていうかお前、抱きしめたりキスしたりはしてるわけだろ? フレンチだけかもしれないけど。あんだけ好き合ってる女とそれしてて、よくそれで我慢できるな」
さらりと言われたその言葉に、ジャックは彼らから顔をそらした。
「──我慢できなくなるとまずいから、家に呼んだりできないわけで」言っちゃった。
ギャヴィンが笑う。「なんだ。やっぱお前も、完璧な聖人君子ってわけじゃなかったんだ。まあ気持ちはわかるけど」
完璧な聖人君子という言葉の意味もまたわからない。身体を起こした彼はテーブルに肘をつき、二人から顔を隠すようにして、うつむく頭を抱えた。
「頭ではわかってる。周りがどうだろうが、三ヶ月だろうがなんだろうが、まだ高校二年だし、早すぎる。でもたまに、すごくまずい時がある。というか、つきあうまえから衝動で、たまに変なことしてたし。なんか磁石みたいに引きつけられるっていうか。けどそれ以上のことは、本能がどうのこうのっていうより、彼女のこと、もっと知りたいって思ってのことなんだよ。彼女が望まないなら一生しなくてもかまわない。それだけ真剣。でもその反面、好きだからもっとって、欲張る気持ちもある。好きすぎて、その気持ちを抑えるのに必死」
手つないで抱きしめて、キスをするだけでは、何度好きだと言ったところで、自分の気持ちのすべてを伝えきれてない気がする。
同情しているのか、ライアンは気の毒そうな表情を彼に向けた。
「真面目すぎだろ」
“普通”ではないのかもしれないが、“あたりまえ”なはずだ。
ジャックはうつむいたままテーブルから腕をおろし、あぐらをかいている脚に両手をついた。
「最初は特に、だけど。もっとこう、神聖なもののような気がしてる。ただ自分の本能を押しとおすだけじゃなくて、万一を考えて、お互いに覚悟があって。それと、気持ちを伝える最上級の手段。あとはどうか知らないけど、それでもそれはやっぱり、するからにはちゃんと覚悟があるべきだと思ってる」
その覚悟が自分なりにできているので、よけいに、もっと触れたくてしょうがない。
ライアンがつぶやく。「──喧嘩売ってないか、こいつ」
「うん、売ってる気がする。なんかすげえムカつく」と、ギャヴィン。
そんなことを言われても、ジャックにとっては、面倒な奴が二匹、という感覚でしかない。「売ってないし。だからさ、何年かあとになって、そういう、後悔するようなことにしたくないんだって。ジェニーにも、後悔なんてしてほしくない」
「とりあえず一発、殴っていい?」
ジャックは顔を上げ、そう言ったギャヴィンの視線を受け止めた。
「わかってるだろうけど、殴られたところで気持ちは変わらない」殴りたい気持ちも、わからなくはないのだが。
彼が苦笑う。「いや、ごめん。違う。どっちかっていったら、昔の自分を殴りたい」
後悔の応酬だ。
「んじゃお前、とりあえず家に呼んでみればいいじゃん」ライアンが言った。「来週バレンタインだし、今年もエレンたち、旅行だろ?」




