SCENE 37 * JACK * Boys Talk
金曜の放課後、ジャックはギャヴィンを連れて自宅へと帰った。なぜかライアンも一緒だ。レナがジェニーとマリーとアニタと一緒にセンター街に遊びに行くとかで、そんな理由はどうでもいいが、なにも言っていないのに天性の勘が働いたらしく、来るなと言ったのについてきた。
家に帰ってから数十分後に届いたのは、それほど大きくない、“雑貨”という名目の茶色いダンボール箱だった。
それを自室のテーブルに置いたはいいものの、しばし沈黙があった。ライアンさえも口を開かなかった。そして沈黙を保つことを諦めたのか、改めて意を決したらしいギャヴィンが、テープを慎重に切って箱を開け、中からさらなる小さな箱をテーブルに出した。白くて小ぶりな箱がみっつだ。
三人掛けのソファに寝転んでいたライアンが身体を起こす。
「これは、もしかして?」
ギャヴィンはシングルソファに座っているジャックの向かいで、ダンボール箱を床に置いた。
「もしかしなくてもだよ。しかも親切だから、お前のぶんもあるっていう」
“可能性があるなら分け合うよりは”と、ギャヴィンはライアンのぶんも注文した。もちろん料金を立て替えたのはジャックで、ライアンが受け取るのなら当然料金は徴収するが、どれだけ親切なのだという話だ。
「へー、そりゃありがたい」ライアンは白い箱をひとつ手に取った。「買いに行くの面倒だと思ってたんだよな。近所だと目立つし」
彼のその反応は、ジャックには意外だった。てっきり大笑いするものだと思っていた。まさか真剣に欲しがっていたのか。「頼むから開けるなよ。ものすごい不気味な感じだから開けるなよ」
「アホ。商品が届いたら中身は確認するもんだ」
そんなことを言いながら、ライアンは蓋を簡易的に留めたテープを爪で切り、開けた。
最悪だと思い、ジャックはとっさにシングルソファからおりてベッドに飛び乗った。すぐに寝転んでシーツを頭までかぶる。
最悪だ。なぜだ。なぜこんなことになっているのだ。水曜も木曜も、ピアスのことがあったおかげか、それなりに平気だった。確かにジェニーとふたりでいると、ときどき揃って黙りこみ、顔を真っ赤にしながらわけもわからず笑う、ということもなくはなかったが。
だが今日はダメだ。無理だ。朝からずっと落ち着かなかった。そのうえ、今日は昼の時間も別行動だった。考えこむ時間がありがたくもないのにできてしまった。放課後、“また帰ったらメールするね”、なんて笑顔で手を振ってくれたジェニーの姿に、とんでもないほどの罪悪感が募っている。
商品が届いてから、さらにわけがわからなくなっている状態なのに、そのうえ開封されるとは。いやだ。見たくない。とんでもなく悪いことをしようとしている気がする。
「気持ちはわからなくもないけど、諦めろ、ジャック」ギャヴィンが言った。「ライアンの言うことは間違ってない。通販だと特に、一応それなりに確認しないと。心配しなくても白い箱の中に直接入ってるわけじゃないから。バラエティタイプだから数種類だけど、箱に小分けされて入ってる」
なにを言っているのかわからない。バラエティってなんだよ。バラエティってなんだよ。
「六種類入りで一箱に十二個入りだ」ライアンが言った。「“極薄”、“つぶつぶ突起”──」
読み上げるな!!!!!
「“スピード装着”、“なごみ”──“なごみ”ってなんだ」
「なごむんじゃね? ジャックの緊張ほぐすにはいいかも」とギャヴィン。
どんなだよ。もう泣きそうだ。
「まさか。んじゃこっちは? “ブラックカラー”」
ブラックカラーってなに!? なにがブラック!?
「うわ、えぐいな。さすがにいらないな。こんなのつけたらさすがにヒくだろ」
「お前、もうちょっとまともなやつ選べよ。なんかありきたりすぎ。ブラックはともかく」
「んなこと言ったって、バラエティタイプなんだからしかたないじゃん。日毎に替わるらしいんだわ、中身が。だからずらして注文してればもしかしたら他のも手に入ったかもしれないけど」
もう帰れ。お前ら帰れ。
「まあべつにいいけど。とりあえず“ブラックカラー”はやめとけよ、ジャック」
言われなくても絶対に使わない。
「だな」とギャヴィン。「こんなのつけて笑えるのライアンくらいだ」
「いや、そりゃちょっと興味あるけど。そのうち使うかもしれないけど。最後だな、これは。で──あ、これいいじゃん。“トゥルー・ラブ”だって。笑える」
「え、お前がレナと? 箱からかなりピンクなのに?」
もう帰れって。
「そのセリフがどういう意味かは訊かないことにする。オレじゃねえ。ジャックだ」
「ああ。じゃあ一回目は“なごみ”で、二回目はそれ?」
二回? いきなり二回もする!?
「はじめてで二回とか三回とかきつくね? ジャックができてもむこうが。だってジェニー、絶対アレだし」
か、え、れ。
「まあそれもそうか。でもつけやすいのとつけにくいのありそうだよな。あ、だったらあれだよ。お前が朝からいろいろ使って、いちばんつけやすかったやつをジャックに教えてやればいい」
なに言ってんだお前。
「は? なんでそこまでしなきゃいけねえんだ。しかも朝からって、どんだけヤればいいんだよ。しかもひとつひとつ試すって」
「でもお前、なんだかんだでひとつひとつ試していきそう。しかもホテルの──そういや週末どうすんの? バレンタイン。俺はマリーと一緒にいるけど」
「とりあえず言いかけた質問が気になるんだけど。“ホテルの”ってなに」
気になる。
「いや、だから。ホテルに泊まるとしてもこれ持っていって、ホテルのノーマルそうなのはそのうち使ってやるとか言って持って帰りそうだなっていう」
ライアンが笑う。「持って帰ったことある。たまにめっちゃ用意してるとこあるもんな。六個くらい? そんだけ使わねえよ、みたいな」
六個。
「でもあれだろ、金欠時とホテルへの見栄のために持って帰るっていう」
見栄って。
「そうそう。まあ残骸がなかったら持って帰ったってバレるんだけどな。それに気づいたの中学三年の時だけどな。しかも一時ホテルのはヤバイって噂聞いてから、やめた」
ヤバイ?
「ああ、穴が開けられてたりとかってやつ? まさかだろ」
なんて。
「どうだろな。実際そこまでチェックしないし。ま、そこまでヤバそうなホテルには行かないけど。その噂聞いてからはできるだけ、自分で買ったの持っていくようにはしてるけど」
どんなだよ。
「それがいちばんだな。で、週末は?」
「忘れたと思ったのに。わりとくどいな」
その反応が答えだろ。
ギャヴィンは笑っている。「どっちから? お前から?」
「ノーコメント」
レナか。
「まあどっちでもいいけど。まさかホントに朝からホテル行く気?」
「さあ。具体的なことはなんも決めてねえ。土曜に起きたら電話するかして、適当に決めんじゃね? 真昼間からホテルに行ったらあとの金が続かないわけだけど」
「マシューが言ってたけど、ナイトタウンのほうのホテル、この一年でどんどんリニューアルしてって料金も上がってるって」
笑える。帰れ。
「マジかよ。最悪。やっぱダメだ。家使えねえってダメだ」
「使えないわけじゃないだろ? 使ってたわけだろ?」
「妹は小学二年まで、一階で親父たちと寝てたからな。けど今は二階の部屋で寝てるし。それからはそれ目的では連れ込むなって親父に言われてる。妹がいない時はいいけど、夜はやめろって。声は聞こえないはずだけど、うっかり鍵かけわすれたりしたらまずいからって。あと妹の前でイチャつくのもナシ」
当然だ。なにもかも当然だ。
「なんかすごいとこまで話すな。うちはなんも言われないし、姉貴なんかフツーに男連れ込んでるけど。今なんか特に部屋離れてるし、隣だった時でも、特に気にしてない」
ヒトの部屋でなんて話をしてるんだ。
「いいよな、お前んとこもジャックのとこも。オレんとこも一応バスルームはさんでるけど、隣だし。一階のゲストルーム使うのはダメなのかって訊いたこともあるけど、それでもルールは変わらねえって。そういうこと話すのは、親父ももともと遊び人だったから」
ライアンの父親、ハリーは学生時代、ロックバンドを組み、ナイトタウンにあるライブハウスで活動していたという。大学を卒業する少しまえまでそれは続いた。四歳年下だったライアンの母親であるスーザンは十五歳の時に彼のバンドを知り、夢中になった。でも彼女は“ガキには興味ねえ”とか言われてあっけなくフラれ、しかもスーザンが十七歳の時にバンドは解散。ふたりはそのまま会わなくなったらしい。
ところがスーザンが二十歳の時、実家の美容院にハリーが現れた。そこから運命を感じたスーザンの猛烈アタックがはじまった。なんだかんだで交際をはじめてすぐに結婚、そしてライアンが誕生した。
小学生だった頃や中学生だった頃、ジャックとライアンはよく、スーザンからこの話を聞かされた。ハリーが話すわけがない。ついでに言えば、ライアンはそこからの“運命”はあまり信用してないようだった。半信半疑といったところか。完全に信じさせたのは、“フェイト”というタイトルのあの話だった。
そうだ、あれを読まなきゃならない。よってさっさとこいつらを帰さなければならない。
などと、二人の話に耳を貸さず帰れと言おうとしたところで、ジャックは外で車のドアが閉まる音が聞こえた気がした。彼は真っ青になった。
まずい。早すぎる。ジェニーとつきあいはじめてから、自分がやたらと家を空けてることもあって、これほど早く帰ってくることなどなくなっていたのに。なぜだ。なぜ帰ってきた。
シーツを剥ぎ取りつつ一気に身体を起こし、ジャックは二人に言った。「まずい! 帰ってきた! 隠せ!」
ぎょっとした彼らは即行動した。自分たちのぶんはそれぞれのカバンに詰め込み、ジャックのぶんはダンボールと一緒にクローゼットに押し込んだ。神がかり的な速さだった。
ちなみに部屋にある一.五畳ぶんのクローゼット、以前はありえない数の服や靴でいっぱいだったものの、ジェニーとつきあいはじめた頃から少しずつ処分して、今は三分の二ほどになった。オールシーズンの服が入っているので、それが多いのか少ないのかはよくわからない。
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「あら、ライアンにギャヴィン」ドアノブに手をかけたまま、エレンが笑顔で言った。「いらっしゃい」
彼らは二人揃って三人掛けソファにあぐらをかいて座り、ジャックはシングルソファに座っている。
「おかえりエレン」とジャックは答えた。おそらく自然に言えたはずだ。内心、心臓は爆発しそうなほどドキドキしている。
家族ぐるみの長いつきあいのライアン以外の人間がいる時には、両親のことすら名前で呼ぶというのがジャックの家の、エレンが作った奇妙なルールだ。当然、かまわず“母さん”と呼ぶこともあるが。
ライアンとギャヴィンはやや不自然な笑顔で声を揃えた。「おかえり」
それに気づいたのか、エレンは片眉をあげた。「なんか悪巧みでもしてるの?」
「してない」
今度は三人が声を揃えた。していないはずだ。して──いな──。
彼女が笑う。「ならいいけど。ジャック、私は資料を取りにきただけだからすぐに仕事に戻るけど、夕飯は食べに出かけようと思うの。できるだけ仕事を片してしまうから八時頃になると思うわ。いい?」
約三時間後。「わかった」
両親のバレンタイン旅行のまえは、高確率で家族揃って食事に出かける。旅行前日は二人揃って仕事を片すためでもあり、ひとり置いていく息子に気を遣うためでもある。そのあとは、夫婦揃って修学旅行にでも行くように楽しそうに旅行の準備をする。毎年のことだ。出張で出かける時にはそんな様子はない。エレンもクリスも、仕事とプライベートはきっちり分けるタイプだ。
「あと、ライアン」エレンが続けて言う。「今度ギャヴィンと一緒に、あなたの恋人もうちに連れてきてね」
ジャックと同じように、ライアンもぽかんとした。
「は? なんで?」
彼女は笑顔だ。「娘が三人できたみたいに楽しくクッキングさせて。もちろんギャヴィンの恋人もね」
相変わらずなに言ってるんだこの人は。
さすがのライアンも躊躇する。「いや、待てってエレン。それはさすがに──」
「あら、あなたに拒否権はないわよ」彼女は腕を組んで強気に微笑んだ。「なんならスーザンも呼ぶわ。もっと言えばハリーも呼んで、ギャヴィンの御両親も招待して、もっと言えば彼女たちの御両親も招待して、盛大にパーティーしたっていいのよ?」
なに言ってんだこの人。ギャヴィンは顔をそむけて苦笑っている。ジャックにはなにが起きているのかわからない。
ライアンが慌てて答える。「いや、わかった、ごめん、わかったから。ええと?」困り果て、ジャックに答えを求めた。「いや、だから──?」
しかしこちらに話を振られても困る。「妥当なところで彼女たち三人? エレンが料理を楽しみたいだけなら、それが終わったらエレンはクリスに引きずってってもらって──?」
「そうね、あとはみんなで楽しめばいいわ」エレンが言う。「去年のクリスマスや年明けの時みたいにね」
根に持っている。いない時に彼女たちを家に呼んだことを、まだ根に持っている。
諦めに、ライアンは天を仰いでソファに背をあずけた。
「わかったよ。一回だけだからな。訊くだけ訊いてみるけど、茶化したりするのはマジでやめてくれよ。オレがそういうタイプじゃないってわかってるだろ」
彼は、エレンのこの子供のような部分にも慣れている。一度言いだせば聞かない頑固者だということもわかっている。
ギャヴィンが笑う。「さすがエレン 説得が上手。」
エレンも笑った。「すべてはあなたしだいよ、ギャヴィン。あなたが早く御両親に彼女を会わせてくれれば、それで話が進むわ」
「今年中にはがんばるよ」
ジャックもライアンも、なにがどうなっているのかさっぱりわかっていない。




