SCENE 35 * JACK * With Jennie
暗くなりはじめた薄紫色の空の下、ひと気のない図書館の敷地内、隅にあるイチョウの木の下、芝生に座って、ジャックはジェニーといろいろな話をしていた。右側一メートルほどのところには等間隔で木が植えられていて、その向こうにはフェンス、そしてランチ・ブレッド・カフェの建つ通りがある。走る車の音や歩道を行き交う人たちの声は聞こえるものの、完全に自分たちの世界の中に入り込んでいるかのようだった。なにも気にならない。寒さすらも気にならない。
ふたりは、今までしたことのない座りかたをしていた。ジェニーはジャックの脚のあいだに腰をおろし、背を彼にあずけている。キスのあと、もっと近づきたいと欲張って、それを彼女に見抜かれた。それでも、同じことを考えたと言って、ジェニーはそこに座った。。いつもしているのとは違う、新鮮な感覚が彼らを包んでいる。
話しているあいだも神層の鼓動が速く大きく、ジャックは、それがジェニーにばれていしまうのではないかと思っていた。
そしてまた、彼の携帯電話が鳴った。出たくなかった。彼女のおなかの上でつないでいる手を離したくない。
「電話。今度は誰だと思う?」彼は彼女に訊いた。
「次はギャヴィンかな」
「僕もそんな気がする」携帯電話を出して開いた。「当たり」再びスピーカーフォンになるよう、通話ボタンを押した。
このあいだのことを気にしているのか、ギャヴィンの第一声はとてもしおらしいものだった。「あ、ジャック? ごめん、デートの邪魔して」
容赦はない。「うん。すごく邪魔」
ジェニーが苦笑う。「邪魔じゃないわ、大丈夫」
「あ、ジェニーにも聞こえてる? もらったピアス、今つけたよ。マリーがつけてるのに気づいて。そっちが説明する? それともこっちの勘を言う?」
「どっちでも」とジャック。早く切れ。「質問があるなら答えるけど」
「んじゃ、この表に入ってるのはなに? なんか意味ある?」
「なんだっけ」彼はジェニーに訊いた。
彼女が左耳に髪をかける。彼と揃いの黒いピアスがあるのがジャックにも見えた。彼女がギャヴィンに答える。
「どこかの国の文字らしくて、意味は“誠実”。なんだけど、読みかたはわからない。ごめんね。あと、嘘ついてごめんなさい」
「ああ、いや、いいよ。こういう嬉しい嘘ならいくらでも。あ、ちょっと待って。マリーがお礼言いたいって」
ジェニーと顔を見合わせ、ジャックは笑った。彼に対するこの嘘は、実は少し悩んだ。ギャヴィンが嘘が嫌いだということは、ジャックもわかっている。
「もしもし、ジェニー? あ、ジャックも?」電話越しにマリーが言った。「ピアス、ありがとう。すごく嬉しい」
「いいの。ごめんね、嘘ついて」とジェニー。
「ううん、すごく嬉しかったから。今日気づいてよかった。って、気づいたのはギャヴィンなんだけど。塞ごうと思ってたらしいの。間一髪よ」
「ほんとに? よかった。ライアンとレナとね、私たちも色違いのピアスをしてるの。入ってる言葉は違うんだけど」
「ほんと? 嬉しい。また明日、見せてね」
「うん。ちゃんと見せる。ちゃんと話す。ほんとにごめんね」
ジャックの中にまた、罪悪感が浮かんだ。
「いいって。じゃあギャヴィンに代わるね」
うん、もう切ろうって。
ギャヴィンが戻る。「ジェニー、これ以上話すとジャックが怒るから、もう切る。また明日学校で。ありがと」
よくわかっている。と思ったところで、ジャックは思い出した。
「うん、またね」
通話を終え、ジャックは携帯電話をコートのポケットに戻した。
「そういえば明日、一緒に帰れない。ごめん」
「うん? あ、そっか。わかった」
どちらも大事だ。本音は一緒に帰りたい。だが一緒に帰ると、絶対に直帰などできない。配達は夕方指定で頼んでいる。母親のエレンが帰ってくるまえに、どうしても直接受け取りたい。
ジャックはまた、ジェニーのおなかの上で彼女と手指を絡めた。
「──土曜、どうしよっか。ずっと家にいるか、外でデートしてからうちに行くか」
彼女の顔が見えないということは、自分の顔も見られないということだ。こういう話をするには、この体勢のほうが話しやすいような、と彼は実感した。
「ん──どっちがいい?」
「──本音、言っていい?」
「うん」
「誰にも邪魔されたくないから、ずっと家のほうがいいんだけど。もちろん、どこに行くのでもいい。いちばんは、君と一緒にいることだから」
もっと本音を言えば、携帯電話の電源も切ってしまいたい。玄関にはチェーンをかけ、固定電話のコードも引っこ抜いてしまいたい。家にいることが外からわからないよう、部屋のカーテンをすべて閉め──ると、さすがに怪しいか。
ジェニーが答える。「──うん。私も、家にいたい。食事は買いに? 出るんだろうけど、それ以外は」
「宅配があるよ。そしたら、家を出なくてもいい」
「あ、そうね。それか、先になにか買っておくか。昼食と夕食。そうしたら、大丈夫」
「じゃあそうしようか。ついでにレンタルショップに行って、DVD借りる?」
「いいわね。何本か借りて、観て話して観て話して、みたいに」
「うん」一緒いられるのなら、なんでもいい。
「学年末試験の勉強をするって手も──」
彼は即答する。「うん、絶対やだ」
彼女は笑った。「本を読む時間も必要よね? あなたが借りたのもあるし」
「ああ──でも、普段しないことしないと、もったない気が」いや、変な意味ではなく。
「あら。あなたが本を借りたのだってはじめてよ。普段しないこと」
そのとおりだった。「でもやだ。君が読むなら読むけど、映画はこうして観られても、本はこれだと読めない」いや、変な意味ではなく。
「そうだけど、読めないことはないんじゃない? 私の脚の上に本を広げて、ふたりで同時に──」
「君と僕じゃ、読むスピードが違う。君が二ページ目で感動してる時に、こっちがハラハラすることになる。しかも君の表情が見えない。それはだめ」
「それもそうね。にらめっこができない」
「そういうこと」
ジャックはジェニーの髪に、頬を寄せた。
この体勢、好きだけど、幸せだけど、キスができない。欲張れない。
「離れられなくなりそう」
「──うん。離れたくない」
ジェニーはいつも、同じ気持ちでいてくれる。




