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EVERY STEP  作者: awa
30/68

SCENE 29 * RENA * With Rian And Goodbye

 部屋に入るまで聴くなというライアンからの言いつけを、レナはしっかりと守ることにした。

 自室に入ってすぐコートを脱ぐと、それを脇に置き、ソファに腰をおろした。ライアンに借りたCDプレーヤーとプレゼントのCDをカバンから出す。CDのタイトルは“Goodbye”だ。だが彼は、変な意味ではないからとりあえずなにも考えずに聴け、と言っていた。

 ディスクをセットし、ヘッドフォンを頭につけて、プレーヤーのリモコンで曲を再生した。上を向いて目を閉じる。

 音楽はすぐに流れはじめた。暗い歌ではなさそうだ。



  さようなら さようなら

  私の希望の星

  どうかあなたの中にあるその輝きを忘れないで

  さようなら さようなら

  もう行かなくちゃ

  だけど忘れないで 私は永遠にあなたを愛してる


  もしも恋しいと思ってくれるのなら

  もしも会いたいと思ってくれるのなら

  目を閉じ私の名前を呼んで 感じて

  私はそこにいる そこにいるから


  さようなら さようなら

  私のために涙を流したりしないで

  これは哀しい別れではないから

  さようなら さようなら

  あなたはひとりじゃない

  私はいつだって空からあなたを見守っている


  さようなら さようなら

  私の名前を置いていくわ

  あなたがいつでも私の名前を呼べるように

  さようなら さようなら

  おやすみなさい

  今夜また 夢の中で会いましょう


  私はあなたのことが恋しくなった時

  そしてあなたに会いたいと思った時には

  目を閉じあなたの名前を呼んで 思い出すの

  あなたと過ごしたすべての時間を


  笑顔を見せて

  あなたの素敵な笑顔を

  もう一度


  あなたがこの歌を聴く頃にはきっと

  私は土の下 静かに眠っていることでしょう

  だけど魂は決して忘れない

  一緒に過ごしたすべての時間

  あなたの笑顔も泣き顔も

  私の魂にしっかりと刻まれている

  あなたのすべてが私のすべて

  私はあなたに出会うために生まれてきた

  来世でまた会いましょう

  楽しみにしてるわ


  もしも私を恋しいと思ってくれるなら

  もしも私に会いたいと思ってくれるなら

  目を閉じ私の名前を呼んで 感じて

  私はそこにいる そこにいるから


  あなたに向けてうたってるの

  さようなら 私の最愛の人


 

 頬にはいつのまにか涙が溢れ、レナは両手指で口元を覆っていた。

 “レナーテおばあちゃん”

 心の中でそう名前を呼んだ瞬間から、曾祖母の顔が、元気だった時のやさしい笑顔が、最後に会った時の顔が、愛してると言ってくれた時の顔が、今までのすべてが、いくつも彼女の頭に浮かんだ。

 私を赦してくれてる? 泣いてる私を見て、怒ってる? 

 あの“約束”は、強がりなんかじゃないって思っていい?

 “やっと逝けた”

 そう思ったのは、間違いじゃない?

 “苦しみから解放されてよかった”

 そう思ったのは、間違いじゃない?

 幸せだった? 私なんかに名前を残したこと、後悔してない? 今もあの場所で、ひいおじいちゃんのそばで、天国で、私のことを見ててくれてる? 夢の中で会いにきてくれる?

 “来世でまた会いましょう”

 許して、愛して、また来世で、私のひいおばあちゃんになってくれる?

 「それでいいのよ」

 パパが言ってくれた。そう言ってくれてるよって。

 「ごめんね。愛してる」

 その言葉が、私の唯一の支えだった。その言葉でしか、自分を慰められなかった。

 だけどこの歌が、もしこんなふうに思っててくれるなら、私はやっと、自分をちゃんと赦せるかもしれない。

 私は、“約束”を守った。

 この世界に溢れた“約束”は、どれだけの意味を持っているのだろう。どれだけの人が“約束”を求め、どれだけの人が、どんな気持ちでそれに応え、果たしているのだろう。

 幸せになってね。レオやパパたちと仲良くね。素敵な大人になってね。

 他にできる約束なら、いくらでもあった。なのに、曾祖母はあの約束を選んだ。

 それそのものが、“愛”だった。

 私の存在を知り、喜び、自分の名前の一部をとって、私に名前をくれた。

 ずっとずっと、いつも愛してくれていた。

 私も愛している。大好き。二年経った今でも、それは変わらない。

 やっと、やっと私は、自分を赦せる。なのに、涙が止まらない。

 リピートされていた二度目のその曲が終わり、レナはコートの上で携帯電話が鳴っていることに気づいた。ヘッドフォンを取り、涙を拭いて、拭いて、どうにか気持ちを落ち着かせた。

 携帯電話を確認する。ライアンからの着信だった。めずらしさに喜ぶどころか、彼女はむっとした。彼がなにをしたいのかがわからない。どれだけ人を泣かせれば気が済むのだろう。

 CDプレーヤーの音楽を停止して大きく深呼吸してから、レナは電話に応じた。

 ライアンは唐突だった。「訊き忘れたことがあんだけど」

 「なによ。っていうか、私が訊きたい。この歌はなに?」

 「あ? ああ、おふくろがよく訊いてた歌。ばーちゃんが死んだ時に」

 彼女はきょとんとした。

 「普段はそんなにだけど、やっぱお前みたいに、命日の時とかはよく聴いてる。どっちもどっちだと思うけど、お前が聴いてた歌よりはマシだろ」

 どういう意味だ。喧嘩を売っているのか。「訊きたいことってなに?」

 「お前、ゴールドのピアスもらわなかった? ジェニーに。しかもひとつ」

 「もらったけど。なに?」

 「──マジで?」

 「うん。なによ?」

 「それ、裏に“R”の文字が入ってたりする?」

 「する」

 彼がつぶやく。「──あのアホ。やっぱ騙しやがった」

 「ねえ、ジェニーをアホとか言ってんの? 殺されたいの?」

 「あ? 違うわ。ジャックだよ。絶対あいつ。絶対そう。いや、ジェニーは知らないけど。そりゃ加担はしてんだろうけど」

 意味がわからない。「なんなの?」

 「なんでもないから気にするな」

 「はあ?」

 「とりあえず、電話は切る。じゃな」

 「え、ちょっと待──」

 電話は切れた。

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