SCENE 28 * RIAN * With Rena
「今日で終わりにする」
そう言って目を開け、ライアンはレナのほうを見た。
そして、彼は唖然とした。
レナが泣いている。
え、なんで? いや、まだ式の途中なんだけど。オレ、言ったよな? 式と答えって言ったよな? まだ答えじゃねえよ? 結論じゃねえよ? アンサーじゃねえよ? ファイナルアンサーじゃねえよ?
なんで女ってこうなの? なんで人の話を最後まで聞かねえの? なんで勝手に決めつけて泣きだすの? 意味わかんねえんだけど。マジで意味わかんねえんだけど。
そんなつっこみを心の中でひととおりすると、ライアンは彼女のほうを向いて右肘をベンチの背につき、頭を支えた。本当に、なぜこんなに面倒なのだろう。
「──あのさ」
だがレナは無視だった。完全な無視だった。しかしもう慣れた。
「人の話は最後まで聞け。べつにそのままでもいいけど、とりあえず聞け。今のは“式”だから。“答え”じゃねえから」
普段はたいして考えもせず喋っているのに、無い頭で考えながら喋るからこうなるのか。
「オレ、ずっと、好きって気持ちがよくわかんなかった。もともと、誰かに執着できなかったから。正直、今もよくわかんねえ。最近じゃ特に、ジャックのジェニーに対する“好き”ってのを聞きまくってて、よけいに。あいつみたいに心底女を大事にできるわけでもないし、ジャックがジェニーを大事にしてるようなことを“好き”って気持ちだって言うんなら、自分のとは違うと思ってた」あのような聖人には、自分はなれない。「けどこのあいだ、ジャックに言われた。“好きとかいう甘ったるい言葉で考えるからややこしくなるんだ。シンプルに惚れたかどうかで考えろ”って」
あの言葉は、魔法だった。ジャックが言ったことをすべてひととおり考えれば、ありえないほど、答えは簡単だった。
「レナ。オレ、お前に惚れてる」
レナはゆっくりと顔をあげ、彼の視線を受け止めた。泣いている。困惑、戸惑い、耳を疑ったという表情で。
思わず顔をそむけ、彼は笑った。
「──アホづら」
そして考えた。いったい自分は、去年からどれだけ、レナのことを泣かせたのだろうと。どうやら彼女は、言い聞かせなければいけないタイプらしい。
ライアンが再び彼女に言う。「お前と別れたいとか思わないし、傷つけたくないとも思ってる。適当な扱いもしたくない。お前が他の男と喋ってることに嫉妬したりはしないけど、お前が他の男を好きになったっつったら、たぶんムカつくと思う。けどオレは性格上、好きとか言わない。訊かれたら言うかもしれねえけど、たぶん言わないことのほうが多い。自分から手つなぐとか、抱きしめるとか、お前らの言うデートってのも、たぶんしない。外で遊ぶのは、ダチといるほうが楽しいと思ってるから」
といっても、ほとんどは家でゲームをしたりゲームセンターに行ったりという、かなりくだらないことではある。
彼は続けた。「けどお前がしたいなら、二週間に一度くらいはしてやる。手つなぐのは、つなぎたい時につなげばいい。ジャックたちがいてもいなくても。キスもそうだけど、オレは人前でそいうのして照れるタイプじゃないから、それでもいいならだけど」照れるという感情がよくわからない。「気持ちがなくなった時は、ちゃんと言うから。言わないうちは、オレはお前に惚れてるってこと。わかった?」
だがレナは呆然としている。
理解していないのか。やはり最上級のアホなのか。そしていつまで黙っているつもりだ。
二十センチはあいていたかもしれない距離を詰め、ライアンは右手指で、レナの頬の涙を拭いた。
「──電話でも目の前でも、泣かれるは好きじゃないって、言ったはずだけど。──話を理解したんなら、目閉じろ。キスするから」
彼女は、泣きながらも目を閉じた。彼は彼女にキスをした。
女は、本当に面倒だ。ライアン自身もそれに負けないくらい、かなり面倒なのだろうが。
唇を離すも、レナは彼の首に両手をまわし、ライアンに抱きついた。そしてまたキスをする。喋る気はまだないらしい。だがそれは、深く、一度や二度では終わらないキスだった。
なんなのこいつ。感激しすぎて声失ったか。頭真っ白か。キスのことしか頭にないのか。そんなに好きか。なにが? キスが? と、キスに応えながらもライアンは考えていた。
やっと唇が離れる。彼女はやっと口を開いた。
「──今日からつきあうってことにする」
「は?」
首に腕をまわしたまま、額と額を合わせ、レナは目を閉じた。
「この一ヶ月はお試し期間。で、今日からちゃんとつきあう。来年の私の誕生日で一年」
言いたいことはわかるが。「ジャックたちには通じるかもしれねえけど、レオたちはどうすんだ。一ヶ月前の電話はなんだったんだって話になる」それ以前に、一年も続くのかという疑問がある。
「知らない。押しとおす。気のせいだって言う」
笑える。「お前、やっぱ意外と乙女だな」つきあうまで、ただの男勝りで勝気な性悪女だと思っていた。
「うるさいな。で、今週の土日。どっか行く」
「どっかってどこだ」
「ホテル」
意外な即答に、彼はぽかんとした。「やっぱお前、好きモノか。同類か」
額を離し、レナは微笑んだ。
「あんた、女たらしのわりには普通よね。しかも早い」
ムカついた。「あれがオレの本気だと思ってるわけ? 目の前で泣きそうになってる女相手に実力発揮できると思ってんの?」
レナと(彼女いわくお試し期間で)つきあうことになった日、ノリでホテルに行ったはいいものの、とんでもない罪悪感がライアンを襲った。テレビを観て話をしたあと、シャワーだけを浴びてさっさと寝ようとした。
するとレナは、なぜか泣きそうになった。けっきょくしたものの、ひさびさすぎて、ありえないほど早く終わった。さすがに満足などできるはずがなかったので二回戦に突入した。一度目よりもマシだったものの、やはり早かった。あたりまえだ。一年も女としていない。
レナが笑う。「じゃあ、その本気を見せてもらう」
「知らねえよ? 一生オレから離れられなくなるよ?」
「うん。いい」
そしてまた、彼女が彼にキスをする。
いや、ちょっと待て。いいのかそれで。
唇を離し、レナはまた質問した。
「そういえば。三番てなに?」
「CDだけど、家帰ってから聴け。もう帰るから」
彼女は怒った。「は? ふざけてんの? あんた今日、プレーヤー持ってるでしょ。さっき見たんだからね」
ばれている。というか、いつになれば腕をほどくのだ。正直重い。「ここで聴いても家で聴いても同じだから。なんも変わんねえから」
「じゃあプレーヤー貸して」
「は? あれ取られたらオレ、明日からどうやって生きてけばいいわけ? どうやって学校行けばいいわけ? バスの中の必需品だぞ」そうでもない。
「あんたはレオと違ってそこまで持ち歩いてないでしょ。しかもあんたがプレーヤーをふたつ持ってることくらい、知ってる」
衝撃だった。なぜ知っている。「実はストーカーか」
「そうだから、貸して」
やはりただの頑固で男勝りで勝気な性悪女なような気がしてきた。そうだから、とはなんだ。「いいけど、返せよ。プレーヤーが欲しいなら古いほうやるから。まだ買って五年くらいだし。じゅうぶん聴けるし」どれだけ自分から金を巻き上げる気なのだろう。
「ほんとに? じゃあ明日、交換」
もうつっこむ気力すらもなかった。謎の一言だ。「わかったから、腕ほどけ」
「もう一回」
──レナのキスが、一回で終わるはずがない。




