SCENE 22 * MARY * With Anita
「マリー、可愛くなったよね」
二月八日、月曜日。一時限目が終わったあとの休憩時間。ざわつく教室の中、ひとつ前の席に横を向いて座っているアニタが、微笑んでマリーに言った。
思わぬ言葉に頬を少し赤くし、マリーはきょとんとした。「え」
彼女は椅子の背に肘をついて手にあごを乗せ、口元をゆるめている。「恋のおかげかな? っていうか、ギャヴィンの」
同性の友達に可愛いなどと言われたことはないので、マリーは反応に困った。「どうしたの? なんか変よ」
「今日の朝マリーを見た瞬間、すごく可愛くなったなって思ったの。マジで」
嬉しい、とは思った。が、アニタが変だという思いのほうが強い。「なにかいいこと、あった?」
彼女は笑った。「ひどいな。ホントのことなのに」マリーよりも長い脚をぶらぶらさせる。「でも、嬉しいことがあったのは確か」
アニタは可愛い。本人いわく、素顔でもメイク後でも、自分より美人で可愛い女はいるし、自分の顔は、男からすれば好みはわかれるはずだ、とこのことだが。それでも素顔からして地味な、メイクをしてもいまいちぱっとしない顔立ちのマリーは、そんな彼女をよく羨ましく思っていた。明るく無邪気な裏表のない性格で、そのうえおもしろく、男女共に友達が多い。友達だが、マリーにはアニタは憧れの存在でもあった。
そんななので、彼女にそう言われると、素直に信じられるし、とても嬉しい。
マリーは両腕を机に乗せて身を乗り出した。
「なに? 教えて」
アニタの口元がゆるむ。「バレンタイン。デートする」
「もしかして、タイラーと?」
彼女は照れながらも笑顔を見せた。「そう。っていっても、そんなロマンチックな感じじゃなくて。昨日、電話してたんだ。“バレンタインなのに誰もチョコもらってくれそうにないんだけど”っつったら、“なら俺がもらってやろうか”って。で、バレンタインに会うことになった。ふたりっきりで」
マリーは素直に嬉しかった。「やったじゃない」
「うん、やっと会える。タイミングがわかんなかったんだよね。ピクニックのあと、マリーとギャヴィンがつきあいはじめて、さすがに一緒に遊んで、なんて言えなかったし。いいなって思ってんのに、けっきょくこの一ヶ月、メールと電話だけだったんだもん。日々想いは募っていく、みたいな」
彼女の気持ちがタイラーに向いていることは知っていたので、マリーは罪悪感を感じた。「ごめんね、気遣わせちゃって」
「え、あやまることじゃないって。あたしが勇気出さなかったのが悪いんだし。でもさ、うまくいったら、またダブルデートしてね。大晦日の時みたいに。今度は正真正銘のカップルとして。んで春休みになったらレナたちとも遊ぶの。ピクニックの時みたいに」
本当に嬉しい。「もちろん。がんばって」
「うん。それよりそっちは? バレンタイン。やっぱデート?」
その質問に、マリーは少々悩んだ。言ってもいいことなのか──けれどおそらく、彼女にはそのうち話してしまうだろう。
「耳、貸して。絶対、大声でリピートしたりしないで」
アニタは自分の性格をよくわかっている。「オッケー、口塞ぐ」
両手指で口を隠した彼女の耳元に向かって、マリーが小声で言う。
「どこかに泊まると思う」
席に座りなおすマリーに、彼女は驚きの表情を返した。
「マジで?」声はかなり小さい。
小声で答える。「うん。まだ具体的なことは決めてないけど。早すぎかなって気持ちはあるんだけど、お互いに、それをわかって」
「早すぎってことはないでしょ。あたし、その日のうちにしたことあるもん」
アニタは恋愛経験が豊富だ。「それ、どっちから?」
彼女は悩ましげな表情で視線をそらした。「うーん? 両方? 流れ? ノリ? 勢い? わかんないけど」マリーへと視線を戻し、やはり声を潜めて続ける。「中学の時の話だけどね。それはべつにいいんだ。でも、あとにも先にもそういうのはしてない。最低でもつきあってから一ヶ月はおくことにしてる。難しいんだよね、好きならべつにいーじゃんて思う反面、あんまなりふり構わずそういうことしてると、えらいことになりそーだし」と、苦笑いで言い終えた。
マリーも苦笑う。「そうよね、難しい──でも、男ってやっぱり、家イコールそれなのかな」
「どうだろ。そうじゃない男もいるよ? しかも、こっちがいいけどって思ってる男に限って、なにもしてこなかったりすんの。あと告白してくれるの待ってるのに、それすらしてこなかったり。さすがに根性なしかと思うよね」
「根性なしなんて言っちゃダメよ。っていうかチョコはどうするの? 作るの?」
「まさか。金曜か土曜にどこかで買おうかなって思ってる。マリーは?」
ジェニーやレナと一緒にチョコを作る、という話はけっきょく、なくなった。“約束”のほうが重要だったからだ。
「私も買うかな、金曜に」とマリー。
「んじゃ一緒にヴィレに買いに行こっか。ギャヴィンが許してくれたらの話だけど」
許す、という言葉は少々おかしい気もするが。「うん、行く」




