秋雨について
秋の雨ほど、僕を苦しめるものはこの世にあるのだろうか。
季節というものは、常にゆっくりと、波打ちながら巡るものである。
そのことは言葉の上では理解している。しかし、秋という季節においては、その言葉に納得するよりも先に、その場の秋が過ぎ去ってしまう。そうして、なんだかやるせない気持ちを抱えたまま、冬の寒さに耐えねばならないのだ。
そのことを友人に話すと、
「よくあることさ。誰にでもある。僕にだってあるさ」
と彼は言った。
「例えば?」
「蟻の戦争」
「なるほどね」
「言葉というのは本来、耳や目から入り込んで、側頭葉の中を駆け回り、居心地の良さそうな皺に飛び込んで、そのうちそこで眠り込む。けれど、そういう言葉たちは観光客気分で、君の側頭葉にあるウェルニッケ野を滑ったり、あちこちを観光したりする。そうして最後には、適当な穴から抜け出していってしまう。残されるのは、大なり小なりのオーバーツーリズムさ」
僕から見る彼は、かなりの切れ者だった。例え話の回りくどさを除けば、これといった欠点を見つけることは難しかった。
彼は生まれたときでさえ、自身の誕生を何かに例えてから泣いたと聞かされても、僕は決して疑いはしないだろう。
むしろ、そのことがまだ僕の耳に入ってきていないことに、むず痒さを覚えるほどだった。
秋の雨というものは、有ろうことか、僕の忘れていたどうしようもない悲しみを洗い流すどころか、わざわざ引きずり出してくる。僕はどう抗おうとも、最後にはそれに飲まれ、溺れてしまう。
それほどに静かで、乱暴なのである。




