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72.一方その頃

「…それで…夜神様。今後の予定や方針があればお聞きしたいのですが…」


「そうだな。先ずは現状の整理をしよう。魔族については言わずもがな。…狙いは俺で間違いないだろう。今後は長時間、遠距離での別行動は暫く無しだ。今回のように不意打ちを喰らうのはごめんだからな」


レイシアの問いに始まる此度の一件。

魔族との邂逅を経て、手に入れた情報を基に、憶測から推察へと昇華を遂げる疑問符。


もう既に。相対し、激闘を繰り広げたまだら髪の男と、必死に何かを訴えようとしていた緑髪の女。

目的は違えど、求めるものは異世界人か、覇天核。これはもう疑いようもなく。

また卑怯にも自身以外を標的にされては堪らないと、警戒を強める。

そして、今回得られた情報はもう一つ。


「そうですね。けど、逆を言えば…夜神様であれば、魔族を殺す事も出来る…」


「あれが一兵卒か、そうでないかにもよるがな」


「それでしたら…緑髪の魔族が魔宮七帝と、そう口にしていました」


「七帝、ね。…だとしても、決め付けてかかるのは得策じゃない。あれが底辺くらいに思っておいた方がいいだろう。…それよりも…」


この世界の者達をして、未だ明瞭としない魔族の目的。

町村の壊滅については答えを得られずとも、魔族の中に男を狙う者がいる。

その先兵と言えるヴァルミラの強さは、想像を遥かに下回っていた。


謁見の際に聞かされた話。レイシアの言う魔宮七帝と、国王の言うそれが同じ者なら余りにも腑に落ちない点が多い。

とは言え、ここから先はまた憶測の域。去った危機より目の前の危機と言い聞かせ。

夜神が再び口を開くと、シャラがその先を紡ぎ、話題を攫う。


「問題は路銀ね。今のあたし達は素寒貧どころか一文無しもいいところ。せめてもの救いは…保存食が幾らか残っている事くらいね」


「…っ!」


「…また謝ったりするなよ。謝罪するくらいならこの状況を打開する意見を出せ」


「うっ…はい…」


両手を上げ、背に積まれた荷物を眺め。溜め息混じりに論うパーティの財政難。その理由は、皆まで言わずと知れた事。

女を助ける為に、各々が持てる全ての金銭を男に託し臨んだ競り。最上級回復薬の落札価格は最終的に一億を超え、一歩及ばず頭を下げた。


この時点で無一文。病み上がりの女に付き添い、身動きが取れないシャラに代わってレインが日銭を稼ぐ日々。

成り行きで構わなかった旅の道程も、一歩違えば路頭に迷う局面。

王都へ戻ればやりようもあるが…素性の知れた身で引き返せば些か以上の面倒が立つだろう。

夜神は暫し考え込むと、次いでこう切り出した。


「…あの執事が言うには、近くに大きな街は無いそうだが…そもそも、精霊の泉まではどれくらいの距離があるんだ」


「このまま最短で泉を目指したとして、一週間から十日間ほど。仮に一度、町や村に立ち寄り路銀を稼ぐなら更に数日を要する事になります」


「…一週間って…それも凡そだろ…」


ばさっ…


「ふふっ。兄さん、ルーウィン王国は東大陸の中でも有数の大国だから仕方ないわよ。シーアの話だと、精霊の泉はこの辺り。今あたし達が居るのがここ。主要な都市はフェルメースを除いて北と南に一つずつ。それに…」


或いは、刀で突き刺しでもすれば…あれは早く歩くのだろうか。と、そんな事を考えたくなる程に遠い目的地。

レイシアの淡々とした答えに、夜神は御者席の先で優雅に歩く馬を見て項垂れた。

この時点で金策と補給は必須。加えて地図を広げ、いつかの様に語り聞かせる国の地理。


目指すべき精霊の泉は現在地より南東に位置し、道中には町が一つ。付近には村もあるが、スローライフを目指している訳でもない男にとって、目を向ける理由はまるでない。

紙の上から覗く分には近く見える道程も、実際には数日掛かり。

最早選択肢などありはしないと。男は地図の一点を指し、今後の方針を話し始めた。


「…国内でこれか…そりゃあ…あいつらの感覚がおかしくなるのも頷ける。ここから先、目的と経路は事前に練った方がいいな。…食料の問題もある。先ずはこの町に寄って、何かしら依頼を受けるのがいいだろう。幸い、ここにはSランクとBランクの冒険者が揃っている。俺たち二人が底辺だろうと、多少の融通は利く筈だ」


「次は必ず…!夜神様の期待に応えてみせます!」


「あたしも…これから先の為に一つくらい、ランクを上げておきたい」


行く先を示し、何は無くとも先立つものをと目を向ける。

夜神の視線に応え、もう二度と無様を晒さないと意気を撒くレイシア。

陽の下を歩くなら。そう言われたシャラは妹として在るべき姿を見据え。

そして、この場に姿のない男は、一人御者を任され黄昏ていた。


「……………」


「…レイン、次の目的地が決まりました。ここへ向かって下さい。…大丈夫ですか?」


「え…あ…あぁ、大丈夫だ。問題ない」


「…っ……次の町ではSランク冒険者である貴方の活躍を楽しみにしています」


「…あぁ、任せてくれ…!」


それが気遣いであるか、気まずさであるかはさておき。

中途半端な優しさが、感情を逆撫でる事を知っている。

小さくはない蟠りを抱えるシャラは元より、夜神でもきっと、口を閉ざし拒絶を示すだろう。


暗黙に頷き、腰を上げ御者席を覗き込む。

レイシアは地図を手に行く先を伝えると、口を開き、閉じてはまた開いて期待を寄せた。


気にする事はない。仕方がなかった。元気を出して。そんな言葉を掛けられて、頷けるほど人は…強くない。

この先は彼の肩書きが役に立つ。そう思えばこそ笑みを向け…。

まだ、誰も知らないレイシアの思いと共に。

一行は次なる目的地、ドルナの町を目指して舵を切った。


一方。不意の書状に息を吐き。てんやわんやと準備に追われる女の近く。

問われた声に炎が盛る尾を揺らし、精霊は器用にも紙とペンを手に振り返った。


「ファル、勇者様方への手土産は届きましたか?」


「届いてるぜ。にしても…随分と物騒な物ばかりだな。確か…山と積まれた土産の中から異世界人が好きな物を選ぶんだったか…」


「…その通り。これは彼等に与えられる褒美の一つ。そして、各国の王侯貴族が居並ぶ中、勇者の手に幾つかの品が収められる」


「…まるで品評会だな」


「ふふっ、言い得て妙ですね。…此度勇者が召喚されたのは大国アルシャーリ。金銀財宝の類いは贈っても突き返されるのが関の山。実用的な装備の方がまだ幾らか可能性があるでしょう」


山と積まれた書類に目を通し、その合間に進捗を問い掛ける。

ファルの答えに顔を上げ、目に映る剣や盾、貴重な魔道具を前に用途を語るシャーリー。


朗報と共に舞い込む式典への招待状。その差出人は中央大陸のみならず、世界にその名を轟かせる大国アルシャーリ。湯水のように湧いて出る金銀財宝の類いなど、見飽きているに違いない。

過去、二人の勇者が選んだ品々を参考に、王都から取り寄せた装備の数々。

その身一つで国を出た男とは何もかもが違う始まりを思い浮かべ、ファルはぽそりと呟いた。


「以前の式典、夜神も参加してりゃあ…いや、あいつはきっと、何を贈られても見向きもしないだろうな」


「ふふっ、貴方も少なからず、夜神様の事が分かってきたようですね。…彼の国が何処まで勇者の手綱を握れるか、見ものです」


(…そう言えば…お父様は成瀬様や浅羽様に余り関心が無かったような…本来であれば他国に取り込まれないよう、従者の一人も付けて然るべき…なのに…今頃、彼等はどうしているのかしら…)


平和の象徴として。或いは抑止力の楔として。王命を与えど手放し難い勇者の力。

幾許も無い旅立ちを前に、至れり尽くせりと彼等の気を引き恩を売る。

後に栄光を掴めば国の誉れ。悪名響けば国の過失と非難され。これを避けるべく、勇者の旅に優秀な臣下を据える国も少なくはない。

にも関わらず。ラグダッザは過去二人の異世界人に魔王の討伐を言い渡し、以降その口から彼等の名前を聞く事はなかった。


悪名を忌避する先見の明と言えば納得に足るが…あれから二年。今再びの拝謁を前に暫し思いを巡らせると、また忙しない現実に引き戻される。


「それで、肝心の護衛はどうするんだ?前に騎士団長に頼むって言ってたが…挨拶くらい、しといた方がいいんじゃないか?」


「…そうですね。もう既に、お父様からも通達が行っているでしょう。後ほど、騎士団の方へ行くとしましょうか。…ジュレットと顔を合わせるのも、随分と久し振りな気がします」


差し迫る出立を前に、やるべき事は多く。中でも特に。主催、来賓を問わず神経を擦り減らす事前の備え。

各国から王侯貴族を招き開かれる式典では、顔を向けた先が敵国の王子や姫である事も少なくはない。

しかし、数年。或いは数十年に一度の機会。国交の場として逃すには余りにも惜しい。


腹に一物を抱えた貴族の舌戦。隙を見せれば取って喰われる魔窟の中。命を預けるなら彼と、そう決めていた。

姉の信も厚いあの男なら。そして、あの日を知る彼なら、道行の話し相手にも丁度良いだろう。

そう思い、騎士団の兵舎を訪れたシャーリーの望みは、即座に打ち砕かれた。

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