27.薄紅の武舞
「それで…誰が行く?全員…てのは目立つし…こっちに気付いていないなら奇襲を仕掛け、速攻で終わらせるのが良いだろう。夜神、相手の数は?」
「…何言ってんだお前」
「……………」
「いや何って…助けに行くんだろ?」
「何故?」
「何故って…そりゃあ放っておいたら全員殺されるか…女が居れば攫われるし、金品が強奪されるかもしれないからだろ…」
「で?」
「でって…お前…」
「俺に何の関係がある」
意気揚々と声を上げ。弱者を救わんと立ち上がる。それはまるで、何処ぞの主人公のように。目を輝かせ、熱く激る想いのままに。
対して抑揚もなく。まるで何処ぞの悪役のように。何も映さない瞳は凍てつくままに。
相反する者同士が言い争えば、先に待つのは破滅のみ。…この時、レインは初めてあの言葉の意味を理解した。
『…とは言え、夜神様の本質はその異常さ故に口で説明しても理解する事は難しいでしょう。…端的に言えば彼にとって自身を除く全てはどうでもいいものなんです。それなのに…見捨てないでくれた…。レイン、貴方も見れば分かります。けど…だからこそ、この旅に貴方のような人が必要なのです。頼りにしていますよ』
(なるほど…これがシーアの言っていた夜神の本質か。初対面ほど嫌な奴でもないかと思ったが…)
「…シャラ、俺達で行くぞ。その大太刀は飾りじゃないんだろ」
「…断るわ。あたしはあんたやシーアに付いてきた訳じゃない。柊様が出ないと言うならあたしも出る気はない」
『その思考はどちらと言わず貴方寄り。けどその本質は貴方よりもずっと昏い。勘違いしてはいけません。同行を許されたとして…あの人は決して守るとは言わないでしょう。夜神様にとっては貴方を含め、その他一切が価値の無い塵も同然。その恩寵を受けたいなら彼に身も心も準じるか、或いは…』
(あたしの本当の目的は…到底綺麗なんて言えるものじゃない…だから少しでも柊様に気に入ってもらわないと…)
「…ちっ!…なら俺一人で行く。盗賊程度、ものの数じゃない。シーア、止めてくれ!」
「分かりました!」
ばっ…!
だっだっだっだっだ…!
「………シャラ、お前も行ってこい」
「…いいんですか?」
「別にお前の行動を制限するつもりはない。これについてもお前が決めたらいいさ。…ただ、行ってくれるなら少し試したい事がある」
こうして、取り付く島もなくあしらわれ。更には否と突きつけられる。レイシア程では無いにしろ、彼女にもまた成し遂げたい事があることを知らず。一人颯爽と馬車を飛び出すレインを眺め。
こちらはこちらで男の言葉に是非も無く。命令であるか、頼みであるかなど彼女にとっては些細な事。尽くした先に一片の慈悲があるならば。故に縋った覇天核。
その力が本物かどうか。夜神の言葉はシャラにとって、渡りに船の提案だった。
「…凄い…これが覇天核の魔力…」
(王女の言う事だし疑っていた訳じゃない…けどまさか本当に…。この力があれば…!っと、そんな事よりまずはあれを片付けてこなきゃ)
馬車を降り、湧き上がる魔力を感じ恍惚に浸る。欲していた力の一端をその身に宿し打ち震え、先に見た光景。待ち受ける冒険者達は思いの外、窮地に立たされていた。
「おらぁ!」
がぎーーんっ!
「…くっ……!」
「へっへっへっ…」
「…お前達!二人を連れてこの場を離れろ!」
横倒しになった馬車を背に、これら一団の頭目と思しき男と相対し、孤軍奮闘する冒険者。その眼前には総勢五人の盗賊が立ち塞がり。
僅かに離れた場所では、何処ぞの令嬢とその執事と思しき者を庇い、三人の冒険者が六人の盗賊に囲まれていた。
「………………」
「お嬢様……」
「…そんな事言われたって…こっちも身動きが…」
「…どうする?」
「どうしようもないわよ…こんなの…」
じり…じり…
錆色のプレートを下げる彼等に対し、劣勢と言うには生温く。戦況を見つめる令嬢を慮り、声を漏らす執事を見て苦渋を零す。
或いは、躙り寄る蛮族の目的が荷であったなら。まだやりようもあっただろう。
「運がいいぜ。上物だ…そいつを売ればいい金になる」
「その前にたっぷり楽しませてもらわないとな」
「…っ!」
恐怖に慄き、それでも尚。引く気はないと睨め付ける。女の強がりを見透かすように笑みを浮かべ、未だ形も成さぬ酒池肉林に手を伸ばす。
その醜悪な幻想は、薄紅の髪が揺れると共に消え去った。
ぼと…
「あたしは別にどっちでも構わなかったけど…あの人の言う事は絶対。悪いけど、死んでもらうわ」
どさ…
「……っ!?何だてめーは!?」
「…嘘だろ…一瞬で三人を…」
「お頭っ!何かやべーのが…っ…!?」
立ち尽くす女に誰何し、困惑に狼狽え後退る。何の前触れもなく起こった殺戮に思考は遅れ、ゆっくりと倒れ伏す仲間を見てようやく理解に至る状況。中でも、僅かに距離のある一団の長に異変を伝えようとした者は正しくも愚かで。絶対遵守の命を受けたシャラにとって、それは些末な事だった。
ひゅんっ…!
ぶぅぉんっ!
ぼと…
どさ…!
「「「……っ!?」」」
「…ラインフィル…あの人は味方でしょうか…」
「…そうでなければ今までよりも更に…絶望的です…」
全身を覆う覇天の魔力に髪はふわりと逆立ち。狂気に染まった赤い瞳が光ると、瞬間。その姿は掻き消える。
風を斬る轟音と共に振るわれた一閃。それを見て声を失う冒険者と、息を呑み様子を窺う女。
しかして誰もが次の一手を待ち構え、気付けば窮地を脱していた。
ざっ…!
「すぐに終わるわ。邪魔だから下がってて」
「あ…あんた…」
そして間も無く。女は五人の盗賊と対峙する男の元へ歩み寄り。言葉少なに言い放つと、武器を構え立ちはだかる。
戸惑いと期待が入り混じる中、それでも仲間だと信じる男は背に声を掛け。女は、一瞥も無く地を踏み締める。果たして。生死を賭けた男の願いは一刀の元に斬り裂かれた。
「お頭こいつ…」
「…全員で一斉にいくぞ」
「……………」
ごくり…
「……………かかれーっ!」
肩に置く身の丈近い大太刀を振り、舞い踊る。
これは、あの人の夢と想いの形。
腰に掛かる短刀はもう随分と長い間、使ってもいなかった。
今も鮮明に残る。あの日々と、大好きな姉の舞う姿を演じ。女は戦場を蹂躙した。
ひゅっ!
ぶぉっ…ぶぉぅん!
どさ…どさ…
「…………」
そして。
ざっ…ざっ…ざっ
「…遅かったわね」
「シャラ…いつの間に…これはお前がやったのか…」
「えぇ、後はあんたに任せるわ。あたしは柊様に報告してくる」
瞬きの間に事を為し。皮肉を投げて振り返る。
僅かに数十秒を数える時間。急いだ訳ではないが、ゆるりとしていた訳でもない。この間に、全て終わらせているとは思いもせず。
レインは辺りを見回すと、些か以上に距離を置く冒険者の一団と視線を交わし、事の次第を聞いたのだった。




