不穏の種
梅子は自宅へと戻り、家の事をやり始めた。
すぐに庭に人の気配を感じてのんびりと縁側に出た。
「……何じゃ、鬼城の翁じゃぁないか」
梅子は縁側に座る老人を見て声を上げる。
「……久しいの。梅の婆」
「生きておったのか、てっきり死んだものと思っておったわ」
翁の元気そうな声を聞いて笑い憎まれ口の一つも吐きたくなる。
「……ところで客に茶の一つも出してくれんのか?」
そんな梅子を見て鼻で笑いながら、ぽんぽんと縁側の床を軽く叩いていた。
「……ほれ、これ飲んでさっさと帰れ」
しっし、と犬を追い払うように翁を帰らせようとしている。
「茶を飲み終わるまで暫し、話につきあってくれ」
翁は梅子の持ってきたお茶を受け取りながら呟いている。
彼は、お茶を一口、口に含み飲み込んで梅子を見た。
「見えるものとしての意見を聞きたい」
翁の言葉に梅子は腕を組んで翁の話の内容を先に促していた。
「鬼城にいる亡霊の話か?」
「……あの方はずっと天華という鬼の姫を望む」
翁の話に梅子は頭を抱えていた。
「あの方とは、……確か、二代目の蓮、だったか」
翁の言葉に梅子は言いづらそうに答えていたが、翁はうなづきながら呟く。
「お主も当主ならば、二代目の亡霊はどうにかできないのかい?」
梅子の言葉に首を振る。
「あの亡霊には実体があるのだ……どうにもできない」
梅子は翁の言葉に“信じられない”と言う表情で目を瞬かせた。
「生まれ変わりとか、死者の亡霊とかでも、燈月製の人形でもなくそのまま“鬼城蓮の身体”で生きているってのかい?」
「驚くことにあれは、戦国の世から青年の姿のままずっと成長することなく生きながらえている」
梅子は驚きのあまりに言葉を失っている。
「ただ人が一体どのようにして寿命を伸ばしたのか、不思議でならない」
翁も首を横に振りながら呟く。
その翁の前で梅子は見苦しい物を見たかのような表情で話を聞いていた。
「……お前らの書物は何も残してもないのかい?」
“日常的な物とか特に運営に対して重要ではない物などは処分したのかい?”と目で語ってくる梅子に翁は目を泳がせる。
「……わしが当主の席に収まる前、すでに失われたものが多数あるはずだ」
翁は言いにくそうに呟いていた。
梅子はため息を吐いていた。
「もはや、どうにもなるまいて」
翁はその梅子の姿に“そうか”と力なさげに呟いていた。
過去、あの手この手で天華を鬼の世界から引き釣り出そうと奔走していた蓮の話が夢華の日記に残っていたのを梅子は思い出す。
今の状況はずっと蓮の望んでいた状況であると梅子は認識してしまった。
「やれやれ、天華様も困った時に出現された事だ」
梅子の呟きに翁は驚きの表情をする。
「……まさか……」
「……刺し違えても、私は、天華様を護る」
翁の声に梅子は意は決まっているという真剣な表情でいう。
「あいつは、もはや人外じゃ。梅子、もはや、鬼方に任せても良い話ではないのか?」
「鬼城の翁、我ら人が解決するべき事」
鋭い目で翁を見据えた梅子に冷や汗を流す翁。
静寂が包み込んでいた中庭の2人の耳に玄関の引き戸が開く音がかすかに聞こえてきた。
「ただいまー」と立て続けに声も聞こえて、こちらに向かってくる軽い足音も続いている。
「結華おかえり」
梅子は先ほどまでの鋭い気配は霧散して優しい気配を纏わせて孫娘である結華に声をかけていた。
「あれ? 鬼城のじいちゃん??」
癖のない真っ直ぐな長い黒髪をポニーテールに結んで、琥珀の目をキョトンとして翁に向ける高校の制服をきた娘、結華。
結華は珍しい事がある物だと言う顔で結華は2人を見比べたのちに「こんにちは」と挨拶をしていた。
「やれやれ、長居していたようだ」
鬼灯の壁掛け時計を見やり時間を確認した翁は、ヨイショっと立ち上がり梅子と結華に“また来るよ”と声をかけて庭から出ていっていた。
「二度と来るな」
梅子は苦い顔で出ていく翁の背中に声を投げていた。
「梅婆ちゃん、鬼城の爺ちゃんのことなんだかんだと言ってお気に入り?」
「……腐れ縁だ。弟みたいなもんさ」
梅子はふっと笑いながら結華に対して答えていた。
一昔前は梅子と鬼城の翁とチーム組んで人外と対峙していた。
懐かしい話であった。
いつしか、その仲は壊れていったのだ。
結華はふーんと相槌打ちながら梅子を見ていた。
「着替えてお風呂掃除してくるねー」
結華は持っていた学校の荷物を自分の部屋に持っていく。
その背中に梅子は「急がなくてもいいからねぇ」と声をかけつつ夕ご飯の準備を始めていたのだった。
(そういえば……天華様たちご飯どうするのかしら?)
梅子は台所に立ちながら思考を天華たちの食べ物の心配に飛ばしていた。
(あまり、首を突っ込みかけては……鬼城蓮に気取られてしまうか……)
悶々と悩みながら梅子は夕飯作りに向かい合うこととなったのだ。




