第53話
「モスアゲート伯爵領が?」
一報が入ったのは、クロムと一緒に回復魔法とも攻撃魔法とも違う、第三の魔法を模索していていた最中だった。
私はクロムに支えられながら、できるだけ急いで治療場へと向かう。
そこで見たのは異様な光景だった。
いつも床に横になって治療を受けるのは甲冑を身にまとった兵士たちだ。
しかし、今床を埋め尽くしているのは、どこをどう見ても一般市民たちなのだ。
痛みに呻く者、恐怖に身の震えが止まらぬ者、親を求め泣く子、子を探しうわごとのように呟く親。
そこには覚悟のない者たちが、哀れにもひしめき合っていた。
「全員! 休憩を全て返上して治療に当たりなさい‼︎ 魔石の使用も許可するわ‼︎」
今いる人々の中に、致命傷を受けている人はほとんどいない。
逆言えば、致命傷を受けた人はここまで辿り着くことができなかったということだろう。
ここにいる人々は、モスアゲート伯爵領に住んでいた市民だという。
驚くべきことに、突然領主邸内に多数の魔獣が現れたのだと、報告した兵士が言っていた。
どうやって現れたか判然としないが、突如出現した魔獣たちは、領主邸内から溢れ出し、やがて街に広がっていったのだとか。
逃げ遅れたものや果敢にも立ち向かおうとしたものは無惨にも殺され、異変に気づいた頃には、領地内は戦場よりもひどい有様だった。
すぐに各攻撃部隊が討伐に向かったが、逃げ惑う人々の波が互いに邪魔して、より事態を深刻なものにした。
第一攻撃部隊長のダリアの一声で、まずは魔獣の討伐よりも、市民の救護を優先した結果、各衛生兵部隊の陣営に傷ついた人々が運ばれて来ているこというわけらしい。
「おかーさん! おかーさん‼︎」
「こんな子供まで……」
脚を負傷した十歳未満に見える少年に、私は治癒の魔法をかける。
とにかく今はできるだけ早く怪我を治療し、人々の心を落ち着かせるのが先決だ。
怪我の治療よりも心の治療の方が時間も手間もずっとかかるのだから。
「聖女様! 戦闘で傷付いた負傷兵も運ばれ始めています‼︎」
「なんてこと! 班を二手に分けなさい! どちらかだけに偏らないように‼︎」
兵士の方が重症度が高い場合が多いものの、そちらにばかり手を取っては、市民たちからの不満も出てくるだろう。
かといって、市民ばかりに尽くしては、肝心の戦闘がままならなくなってしまう。
いずれにしろ、人手が足りないのは明らかだった。
私は重い体に鞭打ちながら、目の前にいる負傷者たちにひたすらに回復魔法をかけていた。
そんな中、聞き覚えのある声が聞こえてきて、ふと顔を上げた。
視界に入った衛生兵たちに私は驚き、思わず声を張り上げる。
「あなたたち! どうしてここに⁉︎」
「聖女様‼︎ 再びお会いできて嬉しいです‼︎」
突如治療場に現れたのは、私が最初に配属された部隊である、第五衛生兵部隊の衛生兵たちだった。
彼女たちはそれぞれが怪我をしていたりと、避難してきた様子だ。
もしかして、と思い、私は自分が想像した最悪の事態を口にする。
良く考えれば、モスアゲート伯爵領に最も近い衛生兵が居る陣営はここではない。
「第五衛生兵部隊の陣営は……落ちたのね?」
「はい……残念ながら……」
誰ともなく、悔しそうな声を漏らす。
私は、そんな彼女らにかける言葉が見つからなかった。
ところが、彼女たちから予想もしない言葉が発せられる。
「聖女様!! 私たちの陣営は陥落してしまいましたが、私たちはまだ生きています!! ここで、お手伝いさせてください!!」
「お願いします!!」
私は驚きで一瞬言葉を失ってしまった。
彼女たちは、今まで必死に治療をしてきたはずだ。
それでも、襲い来る魔獣たちに勝てずに、自らも傷つき、逃げ出す羽目になってしまった。
それでもなお、衛生兵として働きたいと言ってくれているのだ。
私は重たい右腕で、目を拭き、彼女たちに声をかける。
「ありがとう。実のことを言うと、人手が足りなくて困っていたの。あなたたちの言葉に甘えさせてもらうわね。でも、まずは私の前に並んでちょうだい。あなたたちの怪我を最初に治さないとね」
「ありがとうございます! でも、残念ですが、聖女様。どうやら私たち、回復魔法が効かないみたいで……」
おそらくすでに自らや互いに回復魔法をかけたのだろう。
そして回復しないと諦めたに違いない。
「いいえ。私なら治せる。時間がないから、詳しい話は後でね。まずはあなたから」
「え……? さすがです!! あんなに試してもダメだった傷が嘘みたいに!!」
先頭に立っていた衛生兵を治療すると、私の言葉に偽りがないと理解し、全員が順に並び私の回復魔法を受けていく。
そうして治療が済んだ衛生兵たちは、魔力を回復するために魔石を飲み込み、負傷者の治療へと向かっていった。




