第52話
――モスアゲート伯爵領、領主屋敷内――
「やってくれたな。これで長年作り上げたものが水の泡だ」
「も、申し訳ございません‼︎ まさか、ここまでの成果を挙げるとは‼︎」
頭を床に擦りながら謝るカルザーに、モスアゲート伯爵はまるでそこらへんにある小石でも見るような目線を向けていた。
実際、彼にとって、カルザーなど、いや他のどの人間も路傍の石と同じ感情しか湧いていなかった。
唯一違うとすれば、多少の利用価値があるか、ないか。
その差異についてすら、モスアゲート伯爵にとっては些末なことだった。
「前に私は言ったな? 結果が全てだと。その結果がこれだ」
「誠に申し訳ございません‼︎ し、しかし‼︎ 今回の件はわたくしの手柄にもなりますれば‼︎ 今後の発言力も上がり! 伯爵様に有利なように――」
「黙れ」
凍てつくような一言に、カルザーはひゅっと息をのむ。
まるで、自分の周囲の気温が氷点下まで下がったような感覚に、カルザーは震えが止まらなかった。
「お前は何か勘違いしているようだな? 私が今まで、どうして何年もの間、この戦争を続けさせていたと思う?」
「そ、それは! 伯爵様からの物資が必要となり、その利潤で領内が潤うからでは……?」
いつもと様子が違うモスアゲート伯爵に、カルザーは疑念を抱きながらも、今まで信じていたことを言う。
実際に、モスアゲート伯爵の懐には、この戦争が始まってから巨万の富が流れていたはずだ。
そのおこぼれをもらっていたカルザーは、それこそがモスアゲート伯爵の狙いだと信じて疑わなかった。
いや、それ以外に、魔族や魔獣との不毛な消耗戦を続ける意味にどんな意味があるというのか。
「アハハハハハ! 金? 金だと⁉︎ こんなゴミをいくら集めたとしてどんな意味がある! まぁ、いい。いずれにしろ。お前はもう不要だ。この領地もな……」
「そ、それは一体どう言う意味で……?」
「最期に教えてやろう。お前が一体誰に服従していたのか」
「な、何を……⁉︎」
モスアゲート伯爵が立ち上がり、そして口角を上げた。
その瞬間、彼を暗闇が覆う。
カルザーは目の前で何が起こっているのか理解できず、ただただモスアゲート伯爵の居た場所を見つめることしかできないでいた。
霧が消えるようにモスアゲート伯爵、いや、彼だったモノが姿を現す。
「き、貴様は⁉︎」
「ほう……見た目が変わると呼び名まで変わるか。やはり人間というのは愚鈍だな」
カルザーは目の前に現れた姿に見覚えがあった。
かつてアンバーやルチル王子に呪いをかけた魔族。
「まさか……ワシは魔族などのためにこの身を尽くしてきたというのか……」
「なんだ? 今までお前が受けたもの。それが人間からだろうが、魔族からだろうが、変わることはあるまい?」
カルザーは腰に差していた剣を引き抜き正面に構えた。
「う、うるさい‼︎ この【疫病神】め‼︎ ここで死ね‼︎」
「馬鹿め。わざわざお前の相手を私がするわけなかろう」
【疫病神】はモスアゲート伯爵だった魔族に付けられた呼び名だ。
この魔族が現れると死よりも面倒な事態が起こることで有名だった。
疫病神は右手の指を打ち鳴らす。
すると、突然無数の魔獣が領地内に一斉に出現し始める。
「さて……しばらくはこれで楽しめるのだろうか」
疫病神はそう言い残して、その場を去っていく。
後に残されてたカルザーは、その身に襲いかかる魔獣たちに押しつぶされていた。




