第48話
意識を取り戻し、目を開けた私の視界に見えたのは、泣きそうな顔をしたデイジーたちだった。
「ここは……? ああ、そう。とうとう、私が治療場に運ばれる立場になってしまっていたのね」
「聖女様‼︎」
身体を起こし、そういう私に、デイジーがしがみついてきた。
もしかしてそんなに危険な状態だったのだろうか。
クロムに回復魔法を唱えたところで記憶がないけれど、暴れ牛はどうなったのだろうか。
そう思っていると私の隣に立つクロムと目があった。
「ああ……クロム。あなたが無事で良かったわ。私と共にここに一緒にいるということは、無事に逃げることができたのかしら?」
「聖女様! 暴れ牛は俺がやっつけました! 聖女様の魔法のおかげです‼︎ 本当に凄かったんですから‼︎」
クロムの言葉に私は驚く。
あの状況で暴れ牛を倒したというのは本当だろうか。
しかし、クロムが私に嘘をつく気もしない。
おそらく本当のことなのだろう。
気になるのは、最後の言葉。
私の回復魔法で動けるようになった、のなら分かるけれど、凄かった、とはどういうことだろうか。
そこで、デイジー以外の衛生兵たちも本来の職務である負傷兵の治療を忘れ、私の方に意識を向けていることに気付いた。
詳しいことはデイジーとクロムに聞くとして、他の衛生兵にはすぐにでも治療を再開させないと。
「聞いてちょうだい。何があったのかは、意識を失ってしまっていて分からないけれど、この通り私は無事よ。心配してくれるのはありがたいけれど、今は他の兵士の治療に専念してちょうだい」
「はい‼︎」
いつもよりも力強い返事が聞こえ、それぞれが一斉に治療を始めた。
私は未だに私にしがみついて離れないデイジーの頭を撫でてから、優しく話しかける。
「デイジー? きっと良くないことが起こりそうだったのね? でもあなたが助けれてくれた。ありがとう。礼を言うわ。さっきも言った通り、意識を失っていて、記憶がないの。何があったか話してくれるかしら?」
「ええ。ええ! もちろんです! 聖女様‼︎」
デイジーはゆっくりと私から離れ、涙で濡れた顔を袖で拭く。
その間に私はクロムの方に目を向け、彼にも声をかけた。
「クロムも。あの窮地からどうやって助かったのか知りたいわ。暴れ牛を倒したと言う話も。それと、あなたが私をここまで運んでくれたのよね? ありがとう。あなたがいてくれなかったら、きっと今頃私はこの世にいないわ。本当にありがとう」
「いいえ! そんなこと‼︎ むしろ、俺がいたのに、聖女様にこんな目に遭わせてしまってすいません‼︎」
クロムが頭を下げてくるけれど、私はそんなことはないと首を横に振った。
その後、デイジーとクロムを連れ、私の自室へと向かう。
デイジーからアンバーの使い魔が来ていることを聞き、彼も同席してもらうことを決めた。
黒い鳥は器用にクロムの肩に乗る。
移動中、私は意識を失う前に受けた【鈍重】の影響で身体がひどく重い。
二人に支えられながら、私はゆっくりと歩を進めた。
ひとまず身体の動きが制限される以外に、身の危険があるわけではないから、治療は後回しでいいだろう。
デイジーも珍しく賛同してくれた。
彼女の性格なら、すぐにでも解呪の魔法で治療しようと言うと思ったけれど。
二人の手助けを受け、ようやく治療場から隊長室に辿り着いた私は、椅子に腰掛け、二人に問いかける。
「それで……どちらから聞こうからしら? 時系列で聞いた方が良さそうね。クロムお願いできるかしら」
「分かりました!」
クロムの話を口を挟まずに聞く。
最後まで聞いた後、驚きの出来事に私は興味津々だった。
「私の回復魔法を受けた後、身体が驚くほど速く動かせるようになった。それは気のせいじゃなく、本当なのね?」
「ええ! 暴れ牛の動きがほとんど止まって見えましたから! しばらくして元の動きに戻ってしまいましたが、気のせいなんかじゃないと思います! 俺と聖女様がここにいるのが証拠です‼︎」
「分かったわ。何が起きたのかは、後で時間を作ってきちんと検証が必要ね。もしかしたらクロムにも手伝ってもらうことになるかもしれないわ。その時はダリア隊長にも許可を得ないとね……そういえば。クロムはどうしてあの場に?」
「え……? あ、実は俺……他の衛生兵の人の話を聞いて。それで、居ても立ってもいられなくなって……」
どうやらクロムがあの場に現れたのは、本来の職務ゆえのことではないらしい。
許可の有無など気になる点はいくつもあるけれど、隊長のダリアがどういう判断を下すかは、心配だ。
そう思っていると、アンバーの使い魔の口から声が聞こえた。
「あの場にクロムが駆けつけなかったら、聖女様も小隊も壊滅だった。そう考えれば、クロムの行動を全て頭ごなしに咎められることもないだろうさ。僕の方から総司令官にも口添えしておくよ」
「まぁ!」
アンバーの言葉についつい声をあげてしまったけれど、結果的に命の恩人であるクロムが咎められないのあれば嬉しい限りだ。
そんなふうに思うのは、軍の隊長しては良くはないとは分かっているけれど。
「とにかく。暴れ牛を討伐できた理由は、分かったわ。次にデイジー。私が目を覚ました時、酷く狼狽えていたわね。治療場で何があったの?」




