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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
105/149

114 金蓮花

 箱舟伝説や遺跡の話で盛り上がっていたら、夕食の時間になってしまった。

 ハルトさんとヒルダさんは、国王陛下の近衛騎士と共に別の部屋へ。マリユスも、ハルトさんがもう少し見たいと言った資料を運ぶ為に付き添っている。

「夕食をお持ちしました」

 エミリーが夕食を運んできて、アニエスとライーザがテーブルの準備を始める。

「ロザリー様は、居室にてクララ様とお食事をされております」

「居室?」

「書斎に近い場所に、ロザリー様の居室がございます」

 アレクさんの書斎は城門の方にあるから、ここからだと遠いはずだ。

 後で会いに行けるかな。

「クララって、しばらくお城に居ても大丈夫ですか?」

「はい。城に御滞在頂き、ロザリー様と現代語や歴史を学習されると伺っております」

 そっか。二人とも今のことを知らないんだよね。一緒に勉強出来るなら、その方が良いのかな。

 今頃、昔の話で盛り上がってるのかもしれない。

「リリーシアが居ない間に伯爵の裁判が行われたんだよ」

 伯爵って……。

「エドムントさんの?」

 アレクさんが頷く。

「終身刑が確定し、爵位も剥奪された。明朝、幽閉先に護送される予定だ」

 護送?

「お城の牢屋じゃないんですか?」

「違うよ。どこか遠くの、誰とも接触出来ない場所で残りの生涯を過ごすことになる」

「え?子供とも会えなくなるってことですか?」

「彼は独身で、子供は居ないよ」

「でも、ベルクトはエドムントさんを父さんって……」

「養子だね」

 そうだったんだ。

 ってことは。

「ベルクトが次の伯爵になるんですか?」

『そんなわけねーだろ』

 アレクさんが苦笑する。

「表現が悪かったね。伯爵はベルクトの後見人なんだ。身元を保証しているだけの関係だから、ベルクトに家督相続権はないよ。それに、爵位を剥奪された者の一族が次の爵位を継ぐことはない。彼の領地はリックが継ぐことになっているんだ」

 知らなかった。

 リックさん、伯爵になるんだ。

「ベルクトはどうなるんですか?」

「しばらくは城で過ごすことになるね。処遇は、これから私が決めていくよ」

 ベルクトが、色んな人に捕まりそうになっていたのを思い出す。

 アレクさんがベルクトを保護したのは、自分の手で守ってあげる為だったんだ。

「あの、ベルクトとエドムントさんを会わせてあげることって、できませんか?」

 アレクさんがグリフの方を見る。

「今日の予定は?」

「一晩中、城の礼拝堂で祈りを捧げるって話だ」

 お城の中には、礼拝堂もあるんだ。

「礼拝堂って、どこですか?」

「リリー。行く気か?」

「はい」

「伯爵の処遇がようやく決まった最中に、クエスタニアの王子殿下が来て、城内はばたついてる。会いたいといっても、簡単には通してくれないと思うぜ」

「でも……」

 今日を逃したら、もう会えない。

「やれるだけやってごらん。皇太子近衛騎士の肩書きが役に立つこともあるだろう」

 偉い立場を利用しろってこと?

「アレクさんに迷惑がかかりませんか?」

「私は君のやりたいことを止めたりしないよ」

―君は君らしくしていれば良いよ。

 まだ、その言葉の意味はよくわからないけど。

「私、会わせてあげたいです」

 アレクさんが頷く。

「カート。一緒に行ってくれるかい」

『おぅ。まかせとけ』

「よろしくね」

「少し、待ってくれるかい」

「はい」

 アレクさんが、窓際の植木から花を摘む。

「上手く会えたら、これを渡してくれるかい」

「わかりました」

 オレンジや黄色の可愛い花。葉の形も丸くて可愛い。確か、サラダにも使われる花だよね。

「お包み致しましょう」

 アニエスがエプロンから柔らかい紙とリボンを出す。

 アニエスたちがいつも身に付けてるエプロンって、内側にもポケットがついてるんだ。

 花を預けると、アニエスが手際良く花を包んでリボンを巻く。

『マリユスが帰ってきたな』

 ノックがあって、マリユスが部屋に入って来る。

「戻りました」

「おかえり、マリユス。殿下の御様子はどうだった?」

「御部屋もお気に召されたようで、御食事も楽しみにされておりました」

「それは良かった」

「リリーシア様、どうぞ」

 アニエスからブーケを受けとる。

「ありがとう、アニエス」

 あっという間に完成だ。

 素敵なブーケ。

 気をつけて持って行こう。

「マリユス。食事前で悪いのだけど、リリーシアを北の図書室と礼拝堂へ案内してあげてくれるかい」

「御意」

『マリユスもついて行くのか』

「リリー、行こう」

「うん。アレクさん、いってきます」


 部屋を出ると、扉の番をしていたロニーが首を傾げる。

「あれ?マリユス、また出かけるの?」

「はい」

「ベルクトをエドムントさんに会わせてあげようと思って」

「えっ?そうなの?」

 マリユスが驚いた声を出すと、近くを警戒していた衛兵がこちらを見る。

「もう夜なんだから静かにね」

 ロニーが口元に指を当てる。

「すみません」

 普段だったら、こんなことないと思うんだけど。

 お城の様子がいつもと違う。

 ハルトさんが来たから?

 ロニーが私とマリユスに顔を近づける。

「わかってると思うけど。面倒なことを起こしたくないなら発言には気を付けるんだよ。特に、伯爵って単語には皆、敏感になってるからね」

 マリユスと一緒に頷く。

「気を付けてね」

「ありがとう。いってきます」


 ロニーと別れて、廊下を歩く。

 廊下、いつもより明るいよね。

 衛兵だって増えてる。

 なんだか物々しい雰囲気だ。

『鉄壁の防御だな。国王の近衛騎士が二人もついてるぜ』

 廊下沿いの扉の前に、同じ衣装を着た騎士が二人立っている。

 マントは違うけど、エグドラ子爵も同じのを着てたよね。国王陛下の近衛騎士の揃いの衣装なのかな。

 皇太子近衛騎士の揃いの衣装とはデザインが違う。

 会釈をして近衛騎士の前を通り過ぎた後、マリユスが小声で話す。

「今の部屋が、王子殿下がいらっしゃる御部屋だよ」

「こんなに近い場所にあったんだ」

「警備を厚くする場所は集中させた方が良いからね」

 エグドラ子爵が助かるって言ってたのは、こういうことだったんだ。

「でも、ここまで警備を厳重にする必要があるの?ハルトさんがお城に居ることは、まだ誰も知らないはずなのに」

「殿下の為もあるけど、一番はアレク様の為かな。……あの人、何をしてくるかわからない人だから警戒してるんだよ」

 そういえば、この前、エドムントさんが私を呼んだ理由もアレクさんに会う為だったよね。

 ……アレクさん。

 あんな最後で良かったのかな。

 師匠なのに。

 あれ?アレク様?

「マリユス、アレクさんと仲良くなったの?」

「それは……」

 マリユスが肩を落とす。

『アレクに、主君以外の呼び方を考えろって言われてるんだよ』

「公私を分けた呼び方をするように言われてるんだけど、呼び捨てなんて恐れ多くて出来なくってさ。アレク様って呼ばせて頂いてるんだ」

『ツァレンとシールは諦めてるみたいだけど、ローグとマリユスには名前で呼んで欲しいって言ってたぜ』

 アレクさん、そういうところは強制しないよね。

「呼んであげたら喜ぶと思うよ」

「騎士として、主君に敬意を払わない言い方をするなんて出来ないよ」

「グリフとロニーは呼んでるのに?」

「二人は幼馴染じゃないか」

『お堅い奴だなー』

「リリーは本当に誰とでも仲良くなれるよね。ハルトヴィヒ殿下まで名前で呼ぶなんて、冷や冷やしたけど」

 そうだ。ハルトさんは異国の王子様。

「公式の場所では、ちゃんと王子様って呼ばなくちゃいけないよね」

『王子様ぁ?』

 カートとマリユスが笑う。

「正式な言い方としては、王子殿下、もしくは王太子殿下だね」

 ハルトヴィヒ王子殿下。

「ごめんなさい」

 気を付けなきゃ。

 リックさんも、公式ではフェリックス王子殿下になるんだよね。

 あれ?

「リックさんは、フェリックス伯爵って呼べば良いの?」

『そんなわけねーだろ』

 また笑われた。

「今まで通り、フェリックス王子殿下で大丈夫だよ。王子であることに変わりはないからね。爵位をつけて呼ぶなら……」

 マリユスが回りを見て、言葉を切る。

 あ。伯爵って単語は出しちゃだめって言われてたっけ。

『領地の名前に伯爵とか、辺境伯ってつけて呼ぶんだよ』

 辺境伯。

 宮中伯じゃないから、別の場所を統治しに行くんだ。

「リックさんが行く領地って、どこにあるの?」

「ラングリオンの東。初代国王の長男が治めていたことで知られる由緒正しい土地なんだ」

「長男?」

『エイルリオンに選ばれなかったんだよ』

「そっか。エイルリオンに選ばれた人が国王になるんだっけ」

「と言うより、そのシステムを作り上げたのが長男だって言われてるよ」

「え?初代国王が決めたんじゃないの?」

 マリユスが頷く。

「長男が選ばれず、次男が選ばれたことを知った初代国王は、国王として国を治める者と、エイルリオンの所有者を分けようと考えたんだ。でも、長男は反対した」

「どうして?」

「王家の正当性を保つ為とか、国が分裂する可能性を排除する為っていうのもあったみたいだけど。一番は、エイルリオンの所有者が全ての指揮権を持っている方が、有事の際に迅速な対応が出来るって考えたからなんだって」

『飄々としてたけど、頭の良い奴だったぜ』

 カートも覚えてるんだ。

「新年に飛来したフォルテを追い払ったのもアレク様だし、立て続けに街中で起きた戦闘で市民の避難が順調だったのも、アレク様の指揮があったからって聞いてるよ。僕はロザリー様の護衛を任されていたから詳しいことは見てないけどね」

『お前たちが空でフォルテと戦ってる時、観客を避難させてドラゴンを落とせる場所を作ってやっただろ』

 そういえば、あの時だって、何の打ち合わせもしてないのに、エルは花火の合図の意味をちゃんとわかってた。

「アレクさんって、すごいよね」

 マリユスが頷く。

「エイルリオンの所有者が国王になるってことは、すべてを一人で背負うってことなんだ。だから、オルロワール家とノイシュヴァイン家で王家を支えていくことになったんだって」

 そして、その約束が今も続いてる。

「きっと、それも見越してたんじゃないかな」

「どういうこと?」

「何でも一人でやろうとしちゃうから、常に仲間が居る状態を作っておこうとしたんだと思う」

「確かに。そうかもしれないね」

 アレクさんの周りには、アレクさんを慕っている人がたくさん居る。

 そして、アレクさんの傍には、アレクさんが信頼してる人が居る。

「この辺りは、いつも通りだね」

 さっきよりも衛兵がまばらだ。

 息苦しいほどの緊張感から解放されて、大きく息を吐く。

「そういう事情がある由緒正しい領地だから、次の伯爵も王族の中から選ぼうって話になったんだ」

―高貴な血筋とは縁遠い者ですよ。

 って言ってたけど。エドムントさんは、初代国王の長男の血筋の人ってことだよね。

「でも、適任なのがフェリックス王子しか居なくってさ。近縁の王族は別の領地を任されているし、末のエリオット王子が成人されるまで待っているわけにもいかないし」

『揉めたんだよなー』

「揉めたの?」

「ほら。リリーが皇太子近衛騎士として挨拶に行った時の会議もそれ。話はまとまらないし、フェリックス王子が怒って会議を抜けちゃうし、大変だったらしいよ」

―王子はさっきまで会議に参加してたからな。

 アルベールさんも言ってたっけ。

「結局、国王陛下に説得されて承諾したって聞いたけど」

『リックは、国王に言われたぐらいで態度を変えるような奴じゃないぜ』

 そうだよね。

「どうして承諾したのかな」

「研究が捗るからじゃない?砂漠と隣接する場所だから、王子にとっては慣れた土地のはずだよ」

 そういえば、リックさんは、砂漠の緑化に貢献してる学者さんでもあるんだっけ。

「そろそろフォション辺境伯の姫君との結婚を考えてるのかもしれないし」

「えっ?」

 辺境伯の姫君?

「リックさんはマリーが好きなんだよ?」

「マリアンヌ様にその気はないんじゃなかった?」

「それは……」

 そうなのかな。

 マリーはリックさんのこと、嫌いじゃないみたいだけど。

「姫君は、小さい頃からずっと王子を慕っていて、結婚の申し込みを待ってるんだ」

 小さい頃から?

「それ、有名な話なの?」

「有名だよ。姫君っていうのはフォション辺境伯の孫娘のことでね。伯爵には男の嫡子がいらっしゃらないから、長女の娘である姫君とフェリックス王子を結婚させて、王子に辺境伯の名を継がせたかったんだって」

「女性が爵位を継ぐことはできないの?」

「出来るよ。ただ、女性だと大変なことが多いかな。政治はともかく、騎士として領地を守る必要もあるから」

「そっか……」

「高齢のフォション辺境伯のことは王子も気にかけていらっしゃったそうだね。今のところ、長女が辺境伯の名を継ぐらしいけど。彼女の夫は騎士ではないから、伯爵は爵位を譲るのをためらっているんだ。……後継者問題はどこも大変だからね」

『どいつもこいつも、困ったら王族を頼ろうとするからな』

 マリーも、このことを知ってるんだよね。

「もうすぐ図書室に着くよ。ベルクトは図書室に居るの?」

「うん」

 また、事前の連絡のない訪問になっちゃったけど。

 リーディスさんに、ベルクトを連れて行きたいって頼まなくちゃ。

「あの人の居場所って礼拝堂なの?」

「うん。グリフが言ってたよ」

「どうやって調べたのかな。伯爵の動向なんて、アレク様にも知らされていない極秘情報なのに」

「そうなの?」

『そんなもん、今夜の厳重警戒区域を調べればすぐにわかるだろ』

「でも、それを利用しよう。僕たちの目的を悟らせないように行動すれば、礼拝堂まで上手く行けそうな気がするよ」

『あー。だからマリユスを連れて行けって言ったのか。リリー、余計な事してマリユスの足引っ張るんじゃねーぞ』

 余計な事?


 ※


 北の図書室。

 衛兵に頼んで、リーディスさんに取り次いでもらう。

 ベルクトを連れ出したいとお願いしたら、就寝の時間までに必ず帰って来ることを条件に許可して貰えた。

「リリー!」

 ベルクトが走って来る。

「久しぶり、ベルクト」

「なんだ。リリーだけじゃないのか」

 ベルクトがマリユスを見上げる。

「こんばんは。マリユスです」

「よろしく。リリー、どこに行くの?」

『会える保証はないんだから、期待させるようなことは言うんじゃねーぞ』

 そうだ。上手くいくとは限らない。

「礼拝堂に行こうと思ってるの」

「えー。俺、お祈りなんてしないぜ」

「良い事があるかもしれないよ」

「良い事?それって、リーディスが言ってた奴?」

「え?」

 リーディスさん、ベルクトになんて言ったんだろう?

「良いことをしてたら良いことが起こるんだって。今のところ、全然だけどさ」

 そっか。

「ベルクト、頑張ってるんだね」

「まぁね」

 ベルクトが得意げに鼻をこする。

 やっぱり、会わせてあげたい。


 ※


 マリユスの案内で礼拝堂へ向かっていると、途中で衛兵に止められた。

「マリユス様、リリーシア様。どちらへ?」

「れ……」

「王子殿下がポインセチアを御所望とのことで、取りに来ました」

 ポインセチア?

『何、馬鹿正直に言おうとしてるんだよ。黙ってろ』

「ポインセチアでしたら、別の御庭にも咲いております」

「真っ赤に色づいたものを好まれるそうですから。こちらの庭で美しく咲いていたのを思い出したのです」

「もう遅いお時間ですし、明日にされては……」

「夕食に添える予定ですから、急いでいるんです。では、失礼」

「マリユス様、」

 強引に通り抜けたマリユスを追って、衛兵の横を通り過ぎる。

 特に追ってきたりはしないみたいだ。

「何?何かまずいことでもあるの?」

 ベルクトが私の方を見る。

「ちょっと、ね」

『ベルクトの方がよっぽど空気読めるな。大人しくマリユスに任せておけよ』

 そっか。上手く誤魔化さなきゃいけないんだ。

「あの兵士は、大したことを知らされていないんだと思うよ。だから、皇太子近衛騎士の行く手を阻むなんて出来なかったんだ」

 こういう時、偉い人の肩書きが役に立つんだ。

「でも、そろそろ事情を知ってる衛兵も出てきそうだから、見つからないように行かなきゃね」

『魔法をかけてやるか?』

「闇の魔法で隠れていく?」

「今のところは大丈夫。上手く辿り着けるルートがあるんだ。ついてきて」


 アレクさんの部屋に侵入した時を思い出す。

 衛兵の歩くルートを確認しながら、草木や建物の陰に隠れながら移動する。

 ベルクトも上手くついて来てくれる。もしかしたら、私より静かに移動してるかもしれない。

 マリユスが植木の陰で止まる。

「あそこが礼拝堂だよ」

 明るく照らされているから、少し距離のある場所からでも良く見える。扉の前には、衛兵が二人。

『あの中に居るのは伯爵だけみたいだな』

「マリユス、中には一人しか居ないみたい」

「そうなんだ。なら、こっそり中に入る方法を考えないとね」

「こっそり?肩書きは使えないの?」

「ここの指揮を取っているのは陛下の近衛騎士だから無理だと思うよ」

『お。俺様の出番か?』

 闇の魔法を使って強行突破をしてみる?

 でも。

「魔法で姿を消しても、急に扉が開いたら、闇の魔法で隠れてるってばれちゃうと思う。窓とかはないの?」

「嵌め殺しのステンドグラスしかないよ。出入口は、あの扉だけなんだ。リリーが扉を開けるように、僕が衛兵の気を引き付けてみる?」

 ローグみたいに?

 そっか。これって、ローグに手伝ってもらって光の間に侵入した時と似てるんだ。

 あの時は、ローグが騒ぎを起こしてくれたっけ。

『あいつに逃げられないように気を付けろよ。闇の魔法で隠れられたら、俺でも探せないからな』

 エドムントさんを逃がすことは出来ない。

「騒ぎを起こすのは避けた方が良いと思う。ここが混乱したら、きっと大変じゃないかな」

「そうだね。衛兵の邪魔は出来ないか。何か友好的に近づける理由があれば良いんだけど」

 友好的?

「そうだ。アレクさんから、花を渡して欲しいって頼まれてるの」

 アニエスにラッピングしてもらった花。

「これを渡したいって言ったら、会わせてもらえるかな」

「良い案だけど、直接渡すことは難しいんじゃないかな。預かるって言われるだけだと思う」

「そっか……」

 警備が厳重すぎる。

 他に何か良い案……。

「リリー。扉が開いていれば、衛兵に気づかれずに中に入れる?」

『上手くやれば出来るんじゃねーか?』

 開いてる状態なら、こっそり中に入るだけだよね?

「たぶん、大丈夫」

 ベルクトも、とても静かについて来てくれるから。

「じゃあ、僕が、その花を今すぐ渡すように頼んでみる。そうすれば、誰かが花を渡しに行く為に扉を開くかもしれない」

「その時に、魔法で隠れた私とベルクトが中に入れば良いんだね」

「この作戦で行く?」

「うん」

 頷いて、マリユスにアレクさんから預かった花を渡す。

「カート、闇の魔法を使ってくれる?」

『了解』

「え?精霊?」

 顕現したカートに、マリユスが驚く。

「お前、いい加減慣れろよ」

 カートがマリユスに話しかける。

「申し訳ありません」

 マリユスって精霊が苦手だよね。

「魔法をかけたら、こっちの姿は全く見えないからな。上手く立ち回れよ」

「はい」

「ベルクト、手を繋ごう」

「ん」

 カートが私達に魔法をかける。

「おぉ。魔法って、自分の姿も見えなくなるんだな」

「声は聞こえちゃうから、静かにね」

「了解」

「じゃあ、移動するよ」

 ベルクトの手を引いて、マリユスの後に続く。

 礼拝堂の入り口は、ランプが灯されていて明るい。

『ちょっと光が強いな。あんまり明かりに近づくなよ。魔法が解ける』

 少し離れて待っていよう。ベルクトの手を軽く後ろに引いて、立ち止まる。

 マリユスが礼拝堂の入り口に近づくと、衛兵が槍を構えた。

「立ち止まれ。現在、礼拝堂は閉ざされている」

 マリユスがその場に跪いて、花を差し出す。

「この花を、礼拝堂に居られる方に渡しに来ました」

「マリユス様?」

 衛兵が槍を引く。

「申し訳ありませんが、現在、礼拝堂を開くことはできません」

「では、直接お渡し出来る機会が来るまでの間、ずっとこの場で待たせていただきます」

 え?

『大人しくしてろよ』

 何か作戦があるってこと?

「礼拝堂は朝まで開かれることはありませんが……」

「構いません。待たせていただきます」

 大丈夫かな。

 衛兵が顔を見合わせる。

「少々お待ちください」

 衛兵の一人が別の場所に行く。

 少し間を置いて来たのは……。

『上手くやったな。一番偉い奴を呼び出せたじゃねーか』

 あの衣装、国王陛下の近衛騎士だ。

「マリユス殿。これはアレクシス様の主命か?」

「いいえ。我が主君は、このような雑事に主命をお与えにはなりません」

「ならば、何故、ここに?」

「主君が花を贈ることを願われておいでなら、騎士としてその願いを叶えるのは当然のことです」

「独断で、貴重な祈りの時間を邪魔しに来られたと言うわけか」

「非礼は承知の上です。これは、単なる私の我儘ですから」

「皇太子殿下を御守りする立場にも関わらず、朝までここで油を売ると言い張るのは我儘が過ぎるぞ。マリユス殿。あなたはそんな方ではなかったと思うが」

「任命されて日が浅いからこそ、主君の御心に沿う努力を欠かしたくはないのです」

 騎士が頷く。

「その心掛けは評価できるというもの。しかし、これ以上、この場に留まるというのは納得しかねるな。その花は、私が丁重にお預かりさせて頂こう」

「いいえ。私が渡せないのならば、主君へ報告など出来ません」

「それが不可能であることぐらい、わかっているだろう」

「無理な願いであることは理解しています。ほんの僅かな時間でも頂けませんか」

 騎士が、首を横に振る。

「たとえ皇太子近衛騎士であろうとも、許可出来ない」

 きっぱり断られちゃった。

 マリユスが言っていた通り、肩書きなんて通用しない。

「では、私が直接渡すことが叶わずとも、せめて、直接手に取って頂けたことを確認させて頂くことは出来ませんか」

「何度も繰り返すが……」

「出来ないのならば、やはり朝まで待たせて頂くほかありません」

 騎士が溜息を吐く。

「花ひとつで、皇太子近衛騎士を朝まで縛り付けて置くわけにもいかん。仕方ない。今、私が、その花を贈りに行くとしよう」

「ありがとうございます」

『おー。良くやったな』

 マリユスが騎士に花を渡す。

「扉を開けよ」

 騎士の命令で、衛兵が扉を開く。

『ん?おかしいぞ』

 煌々と、昼間のように明かりが灯る見通しの良い礼拝堂には、誰もいない。

「いない……?」

「そんな馬鹿な」

『さっきまであいつの気配がしたはずなのに』

「伯爵はどこだ!」

 居なくなってる?

 違う。

「皆、目を隠して!」

 叫んでから、礼拝堂の中に入って手を伸ばす。

「光れ!」

 ベルクトの頭を抱いて、目を細めて光を放つ。

 眩しい……。

―あまり光に近づくと闇の魔法が解ける。

 これだけの光があれば、闇の魔法だって解けるはず。

 光が収まると、祭壇の前で祈りを捧げている人の姿が現れた。

「父さん!」

 ベルクトが走り出す。

 それを制止しようとした騎士の前に腕を出して、止める。

「お願いです。少しだけ時間を下さい」

 騎士が両手を軽く上げて、溜息を吐く。

「やれやれ。御手柄だからな。大目に見ておくとしよう」

「御手柄?」

『あいつ……。どうやって隠れてたんだ?』

「え?」

「全員、守備に戻れ。伯爵は中に居る」

 衛兵が返事をして持ち場に戻る。

「リリー、どうして伯爵が魔法で隠れてるってわかったの?」

「闇の精霊が、エドムントさんがここに居たはずなのに消えたって言ったから。闇の魔法で隠れているのかと思って」

「我々も、リリーシア殿の情報で、伯爵が闇の精霊を連れていることは把握している」

「リリー、そんな調査もしてたの?」

「調査じゃないんだけど……」

 呼び出されただけだから。

 騎士が唸る。

「ここまで明るければ、闇の魔法も無意味だと踏んでいたのだが」

『こんなに明かりを焚いてたら、礼拝堂に入った瞬間に俺の魔法も解けてたぜ』

「そうなの?」

 確かに、礼拝堂の中は昼間のように明るい。

 騎士が、ベルクトと一緒に歩いて来たエドムントさんの方を見る。

「何をなさったのか、御説明願えますか?」

「説明することは何もありません。……リリーシア様。あなたは本当に無茶をされる方だ」

「リリー。俺を父さんに会わせてくれるの、別の日でも良かったんじゃないの?こんな大変そうな日じゃなくってさぁ」

 それは……。

「ベルクト。お忙しい方に無理を言うものではない」

「はぁい」

「エドムント様。アレクシス様から花の贈り物をお預かりしておりますよ」

 預かっていた花を、騎士が渡す。

「金蓮花ですか。ベルクト、お前にも一輪あげよう」

「良いの?ありがとう。父さん」

「リリーシア様。アレクシス様に、これを渡して頂けますか」

 エドムントさんが、身に付けていた黒いマントを外して私に差し出す。

「わかりました」

 真っ黒いマント。柔らかい絹のような手触りなのに、光沢は全くない。

「ベルクト、もう御帰り。私はもう少し祈りの時間を過ごそう」

「わかったよ」

 ベルクトが私の側に来る。

「もう良いの?」

「早く寝ないと、リーディスがうるさいだろ?」

『暢気なもんだな』

「では、皆様は外へ」

 衛兵に促されて、礼拝堂の外に出る。

「皆様、お騒がせしました。貴重な御時間を頂きありがとうございます」

「ありがとうございました」

 マリユスに倣って、頭を下げる。

「エドムントさん、さようなら」

「さようなら」

 礼拝堂の中から、エドムントさんが応える。

「またね」

 ベルクトが、笑顔でエドムントさんに大きく手を振る。

 ……もう会えないなんて、言えない。


 ※


 ベルクトをリーディスさんの元に送り届けて、アレクさんの部屋に戻る。

 扉の番をしているのはグリフ。ロニーと交代したみたいだ。

「戻りました」

 マリユスと一緒に部屋に入ると、良い匂いがする。

「おかえり」

「遅かったね。先に頂いてるよ」

 ロニーがグラスを軽く掲げて言う。

 そういえば、夕食の時間だったっけ。

「アレクさん。エドムントさんからのプレゼントです」

 黒いマントをアレクさんに渡す。

「変わった手触りのマントだね。使い古されたもののようだけど」

「さっきまでエドムントさんが身に付けていたものです」

「ありがとう。無事に会えたようだね」

「はい」

『ひと騒動あったけど、目的は達成したぜ』

 ベルクトとエドムントさんを会わせてあげることが出来たし、ちゃんと花を届けることも出来た。

「後で始末書の提出を求められるかもしれません」

 アレクさんが笑う。

「その程度で済んだのなら上々だ。マリユスは交渉が上手くなったようだね」

「はい。ありがとうございます」

『リリー一人じゃ無理だっただろうな』

 絶対、無理だったよね。

「二人とも、食事にすると良い」

「はい」

「はい」

 マリユスに椅子を引いてもらって席に着く。

「お飲み物はいかがいたしましょう」

「丁度、珍しいエードを貰ったんだ。それを開けよう」

「かしこまりました」

 アニエスが、グラスにエードを注ぐ。

「緑色?」

「キウイと林檎のエードだよ」

「混ぜ物のエードなんて珍しい」

「今日、ウォルカが持って来たんだ」

「ウォルカさんが?」

「アレクが暇だから、肖像画を描きに来てるんだよ」

 そういえば、アレクさんから絵を頼まれてるって言ってたよね。

「アレク様の御時間がある内に仕上げるって言っていたけど。筆の遅い人だから、完成が全然見えないよ」

「本当にね。……あぁ、美味しいな。これ」

 私も飲んでみよう。

 あ。

「おいしい」

 林檎が混ざってると、キウイの酸味もこんなにまろやかになるんだ。この優しい甘さはミエルかな。

「良い味だ。ウォルカは良く変わったものを持って来るんだよ」

「仕入れルートは秘密らしいね」

 ラベルを見ると、原産国はティルフィグンと書いてある。

「ティルフィグンに行って来たってことですか?」

「まさか。毎日のようにここに来てるって言うのに、そんな暇はないんじゃないの」

「毎日?」

「私も近衛騎士も暇だからね」

「ツァレンとシールはどうしてるの?」

「二人は小部隊を率いて亜精霊討伐に行っているよ」

「今頃、伸び伸びやってるんじゃないかな」

 伸び伸び……?

「でも、ウォルカさん、そんなにお店を空けてて大丈夫なのかな?」

「店は奥さんに任せてるって言っていたよ」

「え?奥さん?」

 結婚してたんだ。

「私は見たことないけど。エミリーは会ったことがあるらしいよ」

 エミリーはここに居ない。ロザリーのところに行ったのかな?

 今度聞いてみよう。

「アレク様。明るく照らされた部屋の中で、闇の魔法で隠れることは可能ですか?」

『あの状況じゃ、エルだって無理だぜ』

「不可能だろうね」

「ですよね。でも、伯爵には可能だったみたいなんです。リリーが光の魔法を使わなければ、その存在を確認することはできなかったかもしれません」

『礼拝堂に入る直前に、あいつの気配が消えたんだよ。リリーが光れ!とか言って魔法を使ったからどうにかなったけど』

「そういえば、リリーシアは光を放つ魔法を使えるんだったね」

「エルに教えてもらったんです。練習中だから、あんまり使っちゃ駄目って言われてるんですけど……」

「力の加減がわからない内は、無暗に使わない方が良いね。もう少し簡単な魔法から教わると良い」

 簡単な魔法なんてあるのかな……。

 アレクさんが空のグラスを置いて立ち上がる。

「今日はゆっくりお休み。明日、マリユスは朝食の時間までに来ること」

「はい」

「リリーシアは、時間がある時に母上に会いに行ってくれるかい。腕輪が完成したそうだよ」

「わかりました」

 もう完成したんだ。カーバンクルの腕輪。

「少し、夜風に当たって来るよ」

 バルコニーに向かうアレクさんを、カートとコートニーが追う。

 あの黒いマント、持っていくんだ。

 やっぱり、エドムントさんのことを気にしてるのかな。


 ※


 夕食が終わって、マリユスと一緒に従者の棟に帰る。

 アレクさんがバルコニーから戻ることはなかった。挨拶をしようと思ったけれど、ロニーが、こういう時は一人にしてあげた方が良いと言ったから、そのまま出てきた。

 エドムントさんのことを考えてるのかな。


 寝る支度を整えて、ベッドに入る。

 人間も精霊も居ない部屋は、とても広い。

 早く帰ってきて。エル。

 


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