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竜のエリンと人間の国~魔界最強の竜は黒猫と世界を結ぶ旅に出る~  作者: 野上紅葉


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第8話 光明と躊躇い

 熱気のこもる洞窟に、奥へと避難してきた人間が続々と戻ってくる。

 ボロボロになったエリンの服の切れ端は地面に残った水溜りの上にべちゃりと転がっていた。

「あんたのおかげで助かった。服くらい、いくらでも用意するよ」

 フッサが奪ったバルックの服を、袖をダブつかせて着ていたエリンに商人が声をかける。

 エリンは商人の手持ちの服から、自分が着ていたものとよく似た一式を見付けて身に纏った。

「もう街の方まで帰れるのか?」

「もう潮は引き始める時間の筈だが……しかし暑いな」

「けどなんだか良い匂いがするぞ。甘いような、古い木みたいな……」

 商人の一人の言葉通り、辺りには熱気と共に深みのある甘い香りが立ち込めていた。

「海水がここまできてたなら、捨てられた竜糞の悪臭がしそうなもんだが……この石から匂ってるのか?」

 地面にへばりつくように落ちていた、白い石を手に取ったバルックがその匂いを嗅ぐ。

「やっぱりそうだな。けど、こんなのどっから流れてきたんだ?」

 首を傾げるバルックの隣で、商人らは目を輝かせて「これは凄い!」と石をかき集めていた。

「今までに嗅いだことのない、神秘的な香りだ!」

「竜の国クウェンカの特産品として売り出せば、相当な金額になるぞ!」

 その言葉を聞きつけた客連中も、つられるように石を拾い始める。

「ついさっきまで命の危機だったってのに、人間ってやつは仕方がねえな」

 フッサは呆れた顔で首を振る。

「でも本当に不思議。海水を蒸発した後に残っていたけど、どこから現れたんだろう」

「海水を蒸発……? 待てよ、もしかして」

 フッサは鼻先を白い石に近付けて、クンクンと匂いを嗅ぎながら観察する。その前足で軽く叩くと、白い石はいとも簡単に崩れて真っ白な断面を見せた。

「こりゃ竜糞香じゃねえか」

「竜糞香?」

「海でたまに採れる香木の一種だ。お前も魔王の城でこの匂いを嗅いだことがあるだろ?」

 エリンは石を拾い上げて鼻に近づける。

「本当だ、覚えがある」

「翼竜の生息する海で採れやすいのと、糞みてえな形をしているから竜糞香と呼ばれてるらしい。だが、もしかすると正体は本当に“竜の糞”かもしれねえな」

「どういうこと?」

 首を傾げるエリンに、フッサは「お前、自分の炎で海水を蒸発させたんだろ」と問い返す。エリンは頷いた。

「これは仮説だがな。魔力を多く含んだ翼竜の糞が、お前の高濃度の魔力で急激に状態を変えたんじゃ無いのか」

「……どういうこと?」

 もう一度エリンが首を傾げる。

「魔界の海は魔力の濃度が高いだろ。そこで長時間漂うことでただの糞だった竜糞が、竜糞香に変わったんだとしたら、お前の炎で炙られた竜糞が同じ状態になってもおかしくねえってことだ」

「おい、それってつまりエリンの力を借りれば翼竜の糞の処理がどうにかなるかもしれねえってことか?」

 興奮した様子のバルックが横から口を挟む。

「まだわからねえよ。あくまで仮説だ」

 牽制するように、鋭い目でフッサが釘を刺す。

「でも、それが本当なら凄いことですよ!」

「ええ、ええ! 糞害が解決する上に、資源に乏しかったこの国の特産品が一つ出来上がる!」

 聞き耳を立てていた商人達もわっと興奮気味にエリンを取り囲む。

「役に立てるのは嬉しい。けど、私はこの国にずっといる訳には……」

 エリンが眉を下げて視線を逸らす。

 バルックはそんなエリンの表情に気が付いて、凍りついたように動きを止めた。そして少し躊躇うような素振りの後、エリンの周りに集まる人々を散らすように間に入った。

「あんまり迫ってやるなよ、エリンも困ってるだろ。とにかく、またさっきみたいに閉じ込められないようにさっさと街へ帰ろうぜ」

 エリンは目を丸くしてバルックの横顔を見た。笑顔を浮かべているが、どこか表情が固い。

「それなら、国王様に一応報告をした方が……」

「まだ確定でも無いことを国王に報告なんで出来ないだろ」

「まだ確定じゃ無いなら試せばいいじゃねえか」

 低く掠れた声の横槍に、バルックはハッと振り向く。

 言葉の主は、暗い顔をしたアクバルだった。アクバルはバルックへと詰め寄る。

「なあバルック。その嬢ちゃんが海を取り戻してくれるって、お前がついさっき言ったんだろ? 竜の糞ならどこにでもある、それで実験してみりゃ嬢ちゃんが俺たちを救ってくれんのかどうかはっきりするだろ」

「……っ、だが、それでコイツなら糞が処理できることがわかったらどうするんだ? こいつは一生この国から出られねえじゃねえか!」

 バルックが振り絞るように叫んだ。周囲の人々もざわざわとざわめく。

「確かに、実質処理場として働いてもらわなければいけないのか……」

「でも、糞の問題が解決する千載一遇のチャンスだぞ? あくまでお願いするくらい」

 フッサは目を細めて人間の議論をじっと見つめていた。

 エリンは「フッサ、私なら大丈夫」と小声で言うと、争いの間に挟まるように一歩前へ進み出た。

「皆さん、とにかく今は安全な場所に戻りましょう。竜糞を香石に変えられるかの実験は、街に戻ってからやりますから」

 エリンの答えに人々がわっ、と湧く。

「おい、エリン」

「大丈夫。ちゃんと"王様"の力を借りるつもりだから」

 エリンの答えにフッサは「アイツか……」と嫌そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。

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