01 稀代の天才アルフレッド・リブ・バロウズ
「貴方が新しい教育係なの?」
俺はアルフレッド・リブ・バロウズ。本日付けでソフィア殿下の教育係を拝命した。
眼前にいる女性こそがソフィア殿下であり、グリフィス王国の次期施政者である。
(噂にたがわぬ美少女だな)
姫様は成人したばかり。これまで公の場に姿を見せたことはない。よって俺は彼女の容姿に見惚れていた。
「初めましてソフィア殿下。俺はアルフレッド・リブ・バロウズです」
麗しき姫殿下の教育係だなんて幸運だ。
授業を通して恋愛に発展したりして、キャッキャウフフな生活が始まるのかもしれん。
ふと叶いそうにない妄想をしたけれど、現実は理解している。俺は侯爵家の嫡男。姫様とは身分が違いすぎたんだ。
「何だ? 急に頭が……?」
ソフィア殿下と挨拶を交わした瞬間、どうしてか脳裏がざわつき始める。
頭痛を伴いながら、大量に脳裏へ流れ込む情報。俺の記憶ではない情報を俺は見ていた。
(誰だ……この男は?)
見知らぬ男が何かしている。なぜか俺はこの男の人生を強制視聴することになった。溢れんばかりの情報量だけど、天才である俺は瞬時に察知している。
(これは俺の前世か……?)
明らかに異なる文明だ。俺の未来ではなく前世の記憶が蘇ったと考えるべき。
(姫様、ご乱心って……)
それは前世の俺が廃プレイしていた姫様育成ゲーム(エロゲー)らしい。流れ込んだ情報の中で『姫様、ご乱心!』のプレイ内容だけ、やたらと詳細な記憶が蘇っていたんだ。
また、その内容には息を呑むしかない。何しろ蘇るゲームの記憶は現状を彷彿としていたのだから。
ゲームはF世界G国が舞台。主人公ダニエルがソフィア姫殿下を孕ませたらゲームクリア。しかし、姫君に悪い影響を与えるアルフレッドという教育係がいたんだ。
(現状と完全に一致!!)
F世界とは女神フローリス様が治めるフローリス世界のことであり、G国とはグリフィス王国のことだろう。
俺は『姫様、ご乱心!』のソフィア殿下に惚れ込んで廃プレイしていたので、世界観やキャラの相関図も把握しているし、ゲームと現実の類似点に気付いていた。
とても悪い予感がする。
なぜなら、ゲーム内の俺は悪役。姫様に悪い教育を施すお邪魔キャラであり、プレイヤーである主人公に敵視される存在なのだ。
(よりによって教育係だなんて)
概ねエンディング前に俺は死ぬ。
姫様の教育失敗を罪に問われ、斬首刑処分となるからだ。
『アルフレッド、待ちなさい』
彷彿と蘇るゲームの記憶。
断頭台へと向かう俺にソフィア殿下が頬にキスをするシーンがあった。
別れの口づけだと思うだろう?
しかし、『姫様、ご乱心!』のソフィア殿下は可愛いのにドS。めちゃ好きだったけど、超ドSであらせられるのだ。俺にM属性はなかったのだが、彼女の事が俺は好きだった。
まあそれでソフィア殿下は今生の別れを惜しむ人ではなく、むしろ彼女は死に逝く教育係を嘲笑うタイプのキャラクターだった。
『絶命あそばせ──』
悪戯な笑みは記憶に強く残っている。
このあと教育係は断頭台に固定され、無惨にも頭と胴が切り離されてしまう。
主人公を操作する俺にとっては、お邪魔キャラを排除した痛快なシーンであったけれど、断頭台に上るのは教育係アルフレッドなのだ。
ああ、うん。
その感想は一つしかない。
(死にたくねえええ!!)
ゴクリと唾を呑み込む。
見目麗しい姫様の教育係。幸運どころか破滅へと進む道程だったらしい。
(こんな美少女がドSだなんて……)
世も末だと感じるけれど、彼女は『姫様、ご乱心!』のメインヒロインに酷似している。やはり蘇った記憶はこの世界の顛末を示しているのだろう。
「ソソ、ソフィア姫殿下、本日付で姫様の教育係を拝命しております」
「アルフレッド先生、よろしくお願い致しますわ」
とても丁寧なカーテシー。一見するとドSな姫様には見えない。
しかし、俺は騙されんぞ。
ゲームでは狂気の姫君というイカれた二つ名を持っていたのだ。ドSな彼女は常にナイフを携帯し、主人公ダニエルや教育係を滅多刺しにしていた。
(ゲームではドSが面白かったんだけど)
茨の鞭で百叩きとか、無数に突き刺されるナイフ。ゲームであったから楽しめただけだ。
「今さらですけど教育係を辞めたいのですが……」
「わたくし、先生が良いですわ! とても優秀だと聞いております!」
クッソ、無理か。
ドSな姫様にとって俺は都合の良い玩具。ハイヒールまで使いこなす俺は幾ら刺しても死なないゾンビなのだから。
「しょ、承知しました……」
こうなると前世の記憶を総動員して、何とか生き残る術を見出すしかない。
挨拶もそこそこに俺は考え込んでいた。
(やはり『姫様、ご乱心!』の世界なんだろうな)
前世の記憶を思い出すタイミングがそれを肯定している。
魂に刻まれた記憶。あのソフィア殿下が姫様だからこそ、俺は前世を思い出したはずだ。
(だったら主人公ダニエルもこの世界に存在するのか?)
ダニエルは主人公であり、俺を殺す筆頭キャラ。事あるごとに現れる『教育係を殺す』という選択肢は俺を斬首刑に処するという意味だ。
(ダニエルがいなければ、ゲーム世界を否定できる?)
ソフィア殿下に背を向けて、俺は確認してみることに。
「姫様には婚約者とかおられましたかね? L……公爵家のダニエル様とか?」
「わたくしはまだ……。ライオール公爵家のダニエル様とはお会いしたことなどございませんが」
滝のような汗が流れ落ちる。
願望的予測は脆くも崩れ去った。
(ダニエル、いるし!!)
やはり蘇った記憶は神の啓示らしい。
ダニエルまで存在するならば、この世界は『姫様、ご乱心!』を模した世界だと確定したようなものだ。
女神様が世界のために生きろと、あの記憶を見せたに違いない。
超天才である俺を世界が失うなんて大損失だからな。
ならば俺は女神様の意図を汲もう。
女神フローリス様、俺は必ずや生き残りますから。
「ご婚約の予定もないのでしょうか?」
「先生はわたくしの婚約が気になるのですか?」
訝しむように睨みを利かす姫様。
マズい。この表情はゲームの記憶にあるものだった。
狂気の笑みを浮かべたソフィア殿下は平然と言ってのけるんだ。
『わたくし、機嫌が悪いので死んでくださる?』
これまた記憶と完全に一致!
この表情は不機嫌だからと斬り掛かる寸前ってことだ。
「ししし、失礼しました。どうなのかなぁと思いまして……」
教育係の死は二通り。正規のルートは断頭台なのだが、姫様やダニエルに斬り殺されるというルートもあったんだ。
この窮地を乗り切るには廃プレイしていた『姫様、ご乱心!』の記憶をフル活用しなければならない。
(俺が生き残るルートは?)
ゲームの記憶を思い出せば、必ずや突破口が隠されているはずだ。
その刹那、脳裏に電撃が迸った。
俺はようやくと解答を得る。教育係が生き残る唯一のルートを思い出していたんだ。
やはり俺は天才すぎる。あのルートであれば、俺は断頭台を回避できるだろう。
(ダニエルのドMルートしかねえ!)
ゲームの記憶によるとダニエルは姫様に会うたび刺されていた。
俺もプレイヤーであったから、姫様を教育したアルフレッドに殺意を覚えていたんだ。
だが、教育係へのヘイトが溜まらないルートが存在する。
(痛みを快楽に変換したダニエルのみが教育係への憎悪を募らせない!)
それこそがダニエルのドMルート。教育係を生かす唯一のルートだった。
何しろ刺されても斬られてもダニエルは満面の笑みを浮かべるだけなのだ。
(むしろ教育係は感謝される立場となる)
血だらけでアヘ顔をするダニエルは苦笑ものだけど、そのダニエルのみ『教育係を殺す』という選択肢がない。俺を断頭台へと送る手段が失われるのだ。
とりあえず、姫様が常に携帯しているナイフの確認をしなければならない。
殺傷力がありすぎてはダニエルが一撃で死んでしまうからな。
「姫様はナイフを携帯されておりますよね?」
「わたくしはナイフなど持っておりませんけれど?」
やれやれ、惚けるつもりか。
だとしたら実力行使しかない。ナイフの殺傷力は事前確認が必須なのだから。
「身体検査をさせていただきます」
「ししし、身体検査ですか!?」
動揺しているな?
やはりナイフを隠し持っているはずだ。
「失礼……」
「せせ、先生!? あん!!」
顔を紅潮させる美少女は眼福だが、相手はソフィア殿下だ。
あまり怒らせると刺殺されてしまう。ナイフの確認ができたらそれで……。
「ねぇよ、ナイフ……」
「だから持っていないと言ったではないですか!?」
これはヤバい。何度も見た邪悪な表情だ。狂気モードの前兆に違いない。
ダニエルの腹を斬り裂き、小腸を引き摺り出したソフィア殿下は大きな笑顔を向けて言ったんだ。
『わたくし、腸で蝶々結びしますの!』
記憶にある中でも最悪のバッドエンドだった。
これ以上怒らせると、ガチ目に笑えない駄洒落を実行されていたことだろう。
「ナイフは俺がプレゼントいたします。名匠ドワン親方に依頼しておきましょう」
「どうしてもナイフなのですね……」
どうも姫様の反応が悪い。
ナイフも持っていなかったし、姫様のドS成分はどうなっているんだ?
(現状はダニエルの登場以前だ。まだドSが開花していないのか?)
ドMルートはダニエルを斬り刻む姫様のドSが必須。だというのに、姫様のドSはまだ眠りについたままのようだ。
「先生は貴族院を歴代最高得点で卒院されたと伺っております」
呆然とする俺に姫様が言った。
それは間違いじゃない。俺は歴代でもトップの成績で卒院した稀代の天才なんだ。
「大したことではありません。教育に関しては俺にお任せください」
「大臣補佐業務もございますのに引き受けていただきありがとうございます」
「姫様、俺は貴方様が正しき道を選択できるよう全力を尽くしますので」
やはり、このソフィア殿下は大人しい。
ゲームでは初見でダニエルを滅多刺しにしていたけど、今も俺は傷一つ負っていないのだ。
だとすれば俺は姫のドS成分を呼び覚ます必要がある。
「クック……」
これはやり甲斐があるってものだ。
前世で好きだったソフィア殿下を育てるのだ。あるべき姿に俺は彼女を成長させるだけ。
麗しき姫君、覚悟したまえよ。
刺さぬなら、刺させてみせようプリンセスってね。
「それで本日はどのような授業を?」
話を切り替えてきたか。
ドSであると自覚していないのなら、覚醒させてやるだけだ。
徐に資料を手渡し、俺は授業の説明を始める。
「姫は剣術を習いたいのだと理解しますが、本日は歴史について学ぼうと思います」
「はぁ……」
「特にナイフの扱いを学びたく思われていると考えますが、敢えて歴史です!」
「ああいえ、それは別に……」
無理をするな。俺は知っているぞ。
血を見るのが何よりも好きなのだろう?
さあ眠りから覚めろ。
自身の血脈が極悪非道の侵略者なのだと知ることによって!
椅子に座ったソフィア殿下。澄まし顔だが、いつまでその仮面を被っていられるかな?
狂気の姫君、貴方様は目覚めるべきだ。
婚約者をズタズタに斬り裂いては屈託のない笑顔を見せるべきだ。
貴方様には薔薇よりも赤い返り血が相応しい。
貴方様が大好きだった赤ワインのように、そのグラスを鮮血で満たせばいい。
「冷酷無慈悲なプリンセスであろうと俺は御するだけ」
十九歳で斬首刑だなんてあんまりだ。
俺は何に縋ってでも、この危機を回避してみせる。
「必ず生き残ってやるからな!!」
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