43 最終話 冒険者たち
「本当にこんなので役に立つの」
食堂に響く無遠慮な女の声。
「こ、こんなの?」
ブーンは「こんなの」の対象が自分ではないかも知れないと、きょろきょろする。
しかし、今現在、食堂には自分以外いない。
「仕方がないわ。今はまともな隊長があまりいないの」
その声は弱々しいが、ブーンがこの世で最も聞きたくない声だった。
食堂の扉は二つあり、遠いほうの扉が開いている。
そこに二人の女が立っていた。
一人は魔法使い風の少女でイスカニア系。
もう一人は金髪のリアンナ姫。
後ろには数人の兵もいる。
「こ、こここ、これは、リアンナ様。ご心配申し上げましたぞ、今までどこにいらっしゃったのです!」
慌てて、駆け寄るブーン。
揉み手の連続技も繰り出した。
リアンナは荒い息をつき、息も絶え絶えである。
魔法使い風の女が支えないと立っていられないらしい。
(か弱いリアンナ姫! そんな、まさか)
なぜか心の底から衝撃を受けるブーンだった。
二人は人目を避けて城の通用門から入り、ここに来ている。
なお、道すがら出会った兵は全員連れてきていた。
「ブーン、お父上はご無事か?」
「え、ええ。特に変わったご様子は……何かございましたか」
「実は……」
魔法使いの少女ターニャが説明しようとしたその時、何か、異様な喧騒が聞こえてくる。
物音と悲鳴。
三人は押し黙った。
「化け物だ!!!」「助けて!」「逃げろー!」
耳を澄ますと、そんな声が聞こえてくる。
「こ、これは一体!」
ブーンの声が大きくなった。
「話は後よ。今、広間に王がいるのね」
ターニャが問う。
「はい。今は聴聞の最中です」
「客の中に暗殺者が混じっているのよ。姫と私はそれを伝えに来たの」
「何ですと!」
「急いで兵を集めて。敵は尋常のものじゃない。城の全兵士を動員して」
リアンナが強く言う。
「兵舎に行きます。あそこが一番多い」
「私はすぐに王の救出に向かう」
リアンナは顔面蒼白である。
「し、しかし、ご病気なのでは……」
「私の心配はいい。出会った兵には全て広間に向かうように言え」
「は!」
きびすを返して、ブーンは出て行く。
いざとなれば顔つきも違うようだ。
「ターニャ」
「はい」
「すまぬが、私を広間に連れて行ってくれ」
ターニャは肩をリアンナに貸し通路に出る。
聴聞が行われている広間と思しき方向から人々が走り出てきた。
広間からは放射状に通路が延び、リアンナたちは南西の通路にいる。
走り出てくる者は、城の召使や文官、貴族など。
広間の入り口付近に人型爬虫類の怪物が現れ、剣を振るって無造作に人々を殺害していく。
「姫、あれは!」
若い兵士の一人が怯えた声を出す。
「リザードマンか蛇人間ね」
ターニャ。
「あれが暗殺犯だ! 皆、我に続け!」
リアンナは聖剣リュセリオンを抜くと高く掲げる。
聖剣の光は薄暗い通路を満たした。
リアンナは全力を振り絞って向かって行く。
体に力が入らない。
しかし、気力だけで歩いて行く。
兵士たちは怯えていたが、姫の勇敢さに心打たれ、槍を構えて突進する。
「姫を守れ! 突撃しろ! 命を懸けろ!」
男たちは広間の悲鳴に負けないように声を嗄らして叫ぶのだった。
「どうだ! そろそろ目を開けてもいいか!」
何かの喧騒が止み、静寂にこだまするドワーフの声。
ティルクは完全に黄金の光を抜けたあと、固い床に立っていることを感じた。
左目は一瞬の光の爆発の後、一時的に麻痺したように闇に包まれている。
がやがやとした何かの喧騒が聞こえていた。
大勢の人がいるのだ。
そっと右目をあける。
どこかの虚空に落ちるような気配はない。
しばらく、光の氾濫に目が慣れなかったが、徐々に見えてきた。
そこは城の広間で、大勢の人がいる。
否、人だけではない、それどころか目の前には殺意をみなぎらせた大柄な蛇人間が大勢いる。
はっと振り向くと後ろには玉座と数人の男女。
ありあわせの武器を構えていた。
「いいですよ、すぐ目を開けてください!」
ティルクの声は焦りのために裏返ってしまう。
「おお、そうか、では早速」
「……」
「……」
「……」
「やべぇ」
ドーリンがつぶやく。
「どうしましょうドーリン!」
おろおろするティルク。
「戦うしかないだろ!」
「どちらと!」
「蛇人間に決まってる! 常識的に考えて!」
ティルクは慌ててメイスをベルトから抜く。
ドーリンもブンブン斧を振って、がしっと身構える。
「なんとも……もっとすごい援軍が来るのかと思いましたよ。フフフ」
蛇人間の中央、黒いローブのキューディスが失笑した。
二人は蛇人間たちと激突する。
城の異世界で出会った蛇人間より二回りは小さい。
「こいつら前のより小さくないですか?」
剣を盾で受けながら叫ぶティルク。
「爬虫類だから、年を取るだけ大きくなるんだよ!」
二人は蛇人間の武器をかわしながら、叫ぶように会話する。
「ということは、こいつらは若いんですか」
「そうなる、な!」
そう言いながら、ドーリンは一体の蛇人間の肩を叩き折る。
ティルクは盾とメイスで必死に防御しているが、経験不足は否めない。
防衛の隙を突いて、二人の蛇人間が王に迫る。
王を守るのは王妃とエルヴィ。
エルヴィはティルクの生存に驚き喜んでいたが声をかける間はなかった。
必死に毒針を使って蛇人間を追い払う。
王妃も小さなナイフで防戦するが、回避するだけで何もできない。
(武器があれば)
エルヴィはそう思うが、ここには弓も斧も持ってきてはいない。
まさか、こんな事態は考えてもいなかったのだ。
(油断したわ。武器がないなんて)
風の魔法を身に纏い疾風のように動き回るが決定打が出せない。
毒針は蛇人間に効かない様だった。
「きゃあ!」
悲鳴と共に王妃が倒れる。
腕をざっくりと裂かれあふれ出す血。
「ドーリン、女の人が!」
気が付いたティルクが叫ぶ。
エルヴィが目の前の蛇人間をすり抜け、王妃を守る。
「クソ! 何匹いるんだ!」
叫ぶドーリン。
「王が危ない!」
エルヴィが叫ぶ。
一人の蛇人間が王を弑しようと突撃する。
ヒュン! ヒュン!
突然、何もない柱の上、彫像の影から矢が飛び出す。
矢は狙いたがわず蛇人間の両目を貫き苦痛にのたうちまわさせる。
「おい、ドーリン。生きてたのかよ、クソ髭」
嬉しそうなデリクの声。
「お、その声はデリクか! 生きていたのか、こそ泥め!」
ドーリンの声が弾む。
デリクは光の氾濫の後、ヴォザナの元を離れている。
ヴォザナは、光で盲目になり、
「目が見えない、目が!」
と叫んで闇雲に走り回り、パニックを起こす人々の中に紛れ込んでしまった。
そして、あっという間にそのまま消えてしまう。
劣化吸血鬼たちも目が見えなくなったのか、牙をむき出しにして闇雲に暴れている。
デリクはそれを見てドーリンを助け出す好機と思い、駆けつけたのだ。
隠密状態になり、鎖で少し高いところに上ってから矢を放った。
王を助けるのはそれほど本意ではなかったが、毅然とし、庶民を気遣う王の何気ない一言に少し好感を持っていたのも事実だった。
王は逃げも隠れもしない。
文人でありながら、危機にあって動じない。
蛇人間に襲われた時も身じろぎもしなかった。
覚悟を決めた強さがある。
その姿を見た全員が敬意の念を抱いた。
もちろん、一介の盗賊であるデリクも。
「さすが王様だな。俺はこそ泥だけど全力で支援させてもらう。今日は矢もたっぷりあるぜ!」
デリクはそう言うと、蛇人間にバスバスと小さな矢を打ち込んでいく。
急所に当たらないと効果は薄いが、牽制としては十分。
目を正面に向けると打ち抜かれるのだ。
蛇人間の勢いが弱まる。
キューディスは焦っていた。
なぜか突然邪魔が入り、王の周りにおかしな護衛が集まっている。
広間は既に掃討状態のようだが、王のいる一角のみ蛇人間で制圧できないのだ。
キューディスは直接呪文で殺すことにした。
「セドリック、今日が貴様の命日だ」
剣を捨て、不気味な言語で呪を唱える。
魔力で暗黒の矢を作り、放つ。
ボム!
矢は王を貫くかに見えたが、ひょいと差し出された盾に当たり消えた。
「ティルク! やったな!」
ドーリンが血まみれで吼える。
ティルクは戦闘になって、徐々に左目が見えるようになった。
(あの時と同じだ!)
左目には魂と魔力の動きが見える。
蛇人間たちに前の奴のような文様はない。
単なる生き物に過ぎない。
目立った魔力の塊は、目の前のキューディス。
キューディスが手に魔力を集めたのが見えたので、盾に自分の黄金の光を溜めて、その力で魔力の矢の進路を塞いだのだ。
あっさり、黒い魔力は消滅した。
目の前の蛇人間を幾ら普通に叩いてもたいして効いてもいない。
しかし、メイスの先端に光の粒子を集め、その光の球で相手を叩くと、武器ごとぐしゃりと潰してしまう。
そうやって、一人を倒すと、二人が更に向かってくる。
シミターが来るが、緩慢な動きなのでひょいとかわし、メイスを叩きつける。
簡単に頭蓋が割れ痙攣して死ぬ。
もう一人も腕を叩いてシミターを落とし、胸を叩いて胸郭を潰す。
キューディスに迫るティルク。
「何だ、小僧、その左目は何だ」
傍目から見ると、ティルクの左目は金色に輝いている。
「ティルクやれ、倒せ!」
ドーリンの声が聞こえる。
ティルクは渾身の力でメイスを男に叩きつけた。
男のかざした手に命中する。
男の腕を枯れ枝のように砕く。
メイスの棘が体を掠めてローブを破り、その下に着ていた鎖帷子も裂いてしまう。
男の体に見える鱗。
この男も怪物なのだ。
「ぐは!」
男は転がり、必死に這う。
「蛇人間ども、他はいい。王を殺せ、全員で当たれ!」
キューディスは這いながら叫ぶ。
だが、それが彼の最後の言葉だった。
黄金の光を溜めて振り下ろされる鉄のメイス。
ティルクはグシャっと妖術師の頭を潰した。
しかし、声を聞いて、蛇人間全員が殺到し始める。
「チ、まずいぞ!」
ドーリン。
ティルクは首魁を倒すために突出してしまったので、四人に包囲された。
敵の動きは読めるが、さすがに苦しくなる。
ガシ! ガシ!
何度か斬りつけられるが、とりあえず鎧が堅いので耐えた。
「ドーリン、助けてください!」
「無茶を言うな、俺もぎりぎりだ!」
その頃にはエルヴィは敵のシミターを拾って奮戦していた。
王は隙を見て怪我をした王妃を後ろに下がらせ、かばっている。
「矢が尽きた、クソ!」
デリクは贅沢に矢を放っていたので全て使ってしまった。
持っている手裏剣や粘着弾、爆雷などを必死に投げる。
運良く、爆雷は少年に脱出の機会を与えた。
後退するティルク。
「ハァ、ハァ」
荒い息でドワーフの横に立つ。目だった負傷はないが殴られた衝撃で体は痛い。
「振り出しか」
ドーリンは斧を構え直した。
蛇人間たちを睨む。
「そうでもないぞ」
デリクが答える。
「え、何です」
ティルクはきょろきょろした。
突然、広間に稲妻が走る。
バチバチと音を立て、数人の蛇人間が倒れた。
「王よ、リアンナ参上いたします!」
響き渡る、リアンナ姫の声。
「リアンナ! 遅かったな!」
王が破顔して大声で応えた。
広間の入り口には聖剣リュセリオンを抜いたリアンナと稲妻を放ったターニャ。
そして、二人の後ろにはぎっしりと槍と剣を構えた兵たちが並んでいる。
「者ども、王を守れ! 突撃!」
ブーンの声で兵士たちは殺到してくる。
蛇人間たちは慌てて迎え撃つ。
完全に形勢は逆転したようだ。
蛇人間は防戦一方となり、暗殺どころではない。
一気に敵の圧力が低下して、安堵するドーリンとティルク。
デリクがするすると壁から降りてくる。
「おい! 逃げるぞ、ドーリン!」
叫ぶデリク。
「お前もやっぱりそう思うか」
「そうですよね。縛り首ですから」
ティルクもうなずく。
既に、王の前に一隊の衛兵が守りに着いている。
彼らは全力で走ってきたのだ。
もういいだろう、そう思い逃げようとする三人。
「待て、お主ら……」
王が声をかける。
「王陛下、我らは冤罪です。義により参戦しましたが、むざむざ処刑されるわけには参りませんので、悪しからず」
デリクはそう言うと、ぼんぼんと、ありったけの煙球を投げつける。
広間に充満する煙。
「バカじゃないの、あいつら!」
エルヴィは煙を吸い込んでゲホゲホ言いながら悪態をつく。
風魔法で消したくても、魔力を使い切っていた。
「煙だ!」「王を守れ!」
叫ぶ衛兵たち。
三人は真っ直ぐ正面の出口に向かう。
今は敵がいないのでそこが一番手薄なのだ。
途中、ターニャとリアンナが突っ立っている。
二人は疲労困憊で、立っているだけで精一杯の様子。
ドーリンがひょいとターニャを担ぐ。
「ちょっと待ってよ。話をすれば逃げなくても大丈夫よ!」
ターニャが叫ぶが、
「バカモノ! 城の秘密を知った俺たちが生き延びられると思うか! しかも誘拐犯だぞ」
「待って、デリク!」
小動物のように走るデリクにリアンナが目ざとく声をかける。
もう立っているのも苦しい。
剣を杖にしていた。
一瞬、立ち止まるデリク。
「おっと、姫様。ご無事……ってこともなさそうですね。でも、生きてて良かった。しっかり養生してください。では、さらば!」
四人は混乱する城を必死に逃げる。
同じく城の外に向かって逃げまどう文官や召使。
そして、逆に兵士たちは化け物打倒に目を怒らせ広間に殺到していた。
兵たちにはしょぼくれた四人の冒険者など目に入っていない。
「待ちなさい! デリク!」
リアンナは大声を上げるが、喧騒にかき消される。
冒険者たちは走り去ってしまった。
姫の心に一抹の寂しさを残して。
『辺境王国と冒険者たち』 完
2026/7/12 8/30 微修正
『辺境王国と冒険者たち』を読んで頂きまして、誠にありがとうございます。
この話は大昔に下書きを書いたのですが、最近になって読み返し、発表するのも悪くないと考えて投稿いたしました。
最初は冒険者たちが小さな冒険を積み重ねる日常的な話だったような気がしますが、城の関係者を出すうちに陰謀劇に変化した思い出があります。プロットを固めて書いたものではなく、本能のままに書いたらこのような結末になったという感じですね。
状況を与えて、このキャラクターならどう動くだろうという積み重ねで結末に至る、やはり、私の中でTRPGの影響が大きな作品だと思います。自分の全作品でそれは言えると思いますが。
尚、この話の続編もありますので、いずれ、投稿開始になると思います。
その時には、何卒よろしくお願い申し上げます。




