42 国王暗殺事件
しとしとと弱い雨が降る。
薄暗い朝。
開かれた城門に入って行く人々。
彼らは様々な事情を抱えて、王への謁見を希望する人々であった。
自称マグレスの陳情団は、冷たい雨の中、城に向かって進んでいく。
無表情で無言、不気味な四十人程の男たち。
そして、リーダーはフリッツという男。『白髭亭』よだれをたらしていた人物である。
不思議なことに、今は普通の人間のように出会う人に挨拶し上機嫌な雰囲気だ。メンバーは不気味この上ないが。
一団にはヴォザナと部下の劣化吸血鬼十人弱、そして、デリクも紛れ込んでいた。
デリクは地味なローブと付け髭で変装している。
入城のチェックは魔法の検知が行われていた。
もちろん、陳情団には何らかの魔法がかかっており、通常ならすぐに発見されて侵入できない。
しかし、そこは既に調べがついている。
魔法の感知を妨害する魔術を全員に施し、城の魔道士がかける魔法のチェックをすり抜けた。
(当然だわな。魔術への検知妨害は)
デリクはそう思う。
プロの隠密や暗殺者なら検知魔術は天敵であり、対策を持つのが常である。
尚、ヴォザナの仲間は彼女が妨害魔術を施し、デリクにもかけられていた。
実はデリクもその手の効果のある高価な呪物を個人的に所有している。
(俺のはエルフから買った指輪だけどな)
ふと、オーディナル王妃からもらったアミュレットを思い出す。
そっと、胸の中を見るとなぜかいつもより輝いているように見える。
(反応している。やはり、城には何かあるな)
陳情団は城壁の門を抜け、城の玄関に入った。
広間には直接入り込めないように、衛兵が五人ほど立っている。
フリッツがにこやかに書類を出すと、すんなり広間に通れた。
王の聴聞が行われる『朝廷』は、文字通りの庭で開かれるわけではなく、城の広間で開かれる。
ただし、暗くはない。
高い位置に大きな窓が幾つもあり、朝日が全開で入ってくるようになっている。
もちろん、今は雨で光は鈍い。
広間は石の床に質素な絨毯が敷かれ、そこかしこに官僚や貴族が立ち話をしていた。
陳情団は人数が多いので、入り口付近でぼんやり突っ立っている。
(衛兵は……ざっと見て、十人。隠れているのがいるとしても三十人くらいか)
入り口や控え室の広さなど、色々考えると、即座に対応できるのはそれくらいだろう。
(官僚と貴族は爺さんや文弱ばかりだな、こりゃ、戦力にはならんわ)
「王妃様のおなり!」
全員、一斉に跪く。
王妃と侍女がやってくる。
王妃は五十代ぐらいの美しい女。王妃の冠に質素なゆったりとした服装。
(若い時はさぞかし美女だったのだろうという感じだ、今でもかなりの美人だが)
侍女の一人は見目麗しい少女で、オレンジ色の髪が特徴的だった。
(見たことあるな、誰だっけ? たぶんハーフエルフだよな)
彼女は冒険者のエルヴィだが、デリクは侍女と冒険者の存在が脳の中で結びつかない。
王妃が座り、合図とともに立ち上がる人々。
「見て、あの娘。とってもかわいいわ。私の侍女にしたいくらいね」
こっそり、黒いローブのヴォザナが話しかけてくる。
昨日辺りから妙に親しげで、何かあると、デリクの肩や頭を撫でたり指で突いたりする。
「ええ、それに王妃も綺麗な人ですね。堂々としてる」
少女のことを思い出せないので話題を変える。
「王妃は有名な女英雄ミランダね。若い時には冒険者だった」
「へー。王妃ってそんな人だったの? 知りませんでした」
意外とデリクは全く知らなかった。
ミランダの武勇伝は二十年近くも前で、今は全く話も聞かない。
知らなくとも無理はなかったのだ。
「有名な女騎士だった。でも、結婚と同時に剣を捨てたのよ。昔より上品になったかもね、年は隠せないけど」
そんなことを話していると、
「国王陛下のおなり!」
また一斉に跪く。
輝く金の王冠をかぶり、綺麗に刈り込んだ髪と髭の壮年の男。思ったよりは質素な服。
国王セドリックは落ち着いた雰囲気だが、少し疲れているようだ。
「あら、何だかしょぼくれちゃったわね、前はもっと溌剌としてたのに」
ヴォザナがつぶやく。
王が座り、臣下が奏上して様々な課題への議論が始まる。
政治に興味があれば面白いのかもしれないが、農地改革がどうだとか、行政改革がどうとか言う話はまるで外国語のようだった。
デリクはさすがにうんざりした。
ヴォザナは「いつ終わるのよ」などとぶつぶつと小声で文句を言っている。
マグレスの陳情団は地位が低い分、最後に扱われる。
それまでは待つだけなのだ。
キューディスは異様に忍耐深く、黒いローブの後姿は身じろぎ一つしない。
午前もそろそろ終わる頃、ようやく、彼らの陳情を受ける時間になる。
フリッツは王の十歩程度前まで来ると立ち止まる。
そこに制止線があり、そこより近づいてはいけないのだ。
「国王陛下、マグレスへの投資効率は非常に高く、去年の投資は二倍の成果を……」
フリッツはそこでいきなり言葉に詰まる。
「?」
「成果、を、成果をおおお、上げ」
がくがく震え、言葉が出てこない男。
(そろそろ、決行か。どうしようかな。止めるべきか)
「どうした、緊張したなら一度水でも飲むか」
王は微笑を浮かべ優しい声をかける。
(王は意外と優しいのだな。庶民が来て緊張のあまり喋れなくなったりするのを良く見てるのだろう)
デリクはそう思った。
王は召使を見て水を持ってくるように促す。
「もういいだろう」
突然、キューディスがつかつかと歩いて、フリッツの後ろに立つ。
そして、バリッと服を破り上半身裸にする。
そこには、武器の絵が描かれた刺青が無数にあった。
どよめく人々。
「おい! 何をしている!」
衛兵隊長が叫び詰め寄る。
次の瞬間、フリッツの全身は剣やシミターなどの武器が生え、ハリネズミのようになっていた。
それを見て、キューディスの部下はバリバリと体が割れた。
人間の皮を脱いで、何かが出てきたのだ。
キューディスは剣を一本抜くと、衛兵隊長の口に突き入れる。
隊長は不意をつかれ、頭をぐらぐらにされて死んでしまう。
顔が出ているオープンヘルメットなのが彼の不運だった。
「王よ、死んでいただこう!」
吼える妖術師。
広間は悲鳴に包まれる。
逃げ惑う貴族と、慌てる衛兵たち。
人間の皮から出てきたのは、人型爬虫類の蛇人間である。
素手でも武器を持った人間と同じくらいに強い。
彼らは毒を飛ばして衛兵を牽制しながら、順に剣やシミターを手に入れて行く。
王は慌てて王座の後ろにある非常口から逃げようとするが、なぜか閉まっており、びくともしない。
「魔法の施錠ね。キューディスもバカじゃないわ」
退屈そうにヴォザナがつぶやく。
いつの間にか妖術師は術を使っていたのだ。
「ハハハ、惨めですな。逃げ道はありませんぞ!」
嗤うキューディス。
ヴォザナは退屈そうにしているが、部下の劣化吸血鬼は牙をむき出しにして哀れな文官などに襲い掛かっている。
デリクはどうするか迷った。
助けたいが命は惜しい。
とりあえず、弓だけは懐から出す。
王は脱出を諦めるとすくっと王座の前に立ち、きっとキューディスを見据える。
「暗殺でどうにかできる国家だと思っているのか!」
王の前には、果物ナイフを構えた王妃と、小さな暗器を持ったエルヴィが立ちふさがっている。
最初に立ち向かう衛兵隊長と数人の兵士は既に殺されていた。
「暗殺は有効です。優秀な王が立てば殺せばいいのですよ。そのうち暗君が立てば、おのずと国家は弱くなる」
にやりと笑うキューディス。
じりじりと詰め寄る暗殺者たち。
横から飛び出してくる衛兵を押し戻す蛇人間。
衛兵たちは王を守れないでいた。
人間の兵では蛇人間に一対一で勝てないのだ。
三十人はいる蛇人間。数の優勢がない限り衛兵は突破できない。
背後の広間では手の空いた蛇人間と劣化吸血鬼による虐殺が繰り広げられている。
その時、王とキューディス、その他関係者が見つめる空間に何かが落ちてきた。
小さな黄金の光が床にこぼれる。
(?)
キュラキュラ。
不思議な音と共に、光の粒が小さな滝のように落ちてきた。
「な、なんだこれは?」
キューディスは目をしばたく。
王も側近も、妖術師も蛇人間も呆気にとられた。
光は何もない空間から生まれている。
「まさか」
王がつぶやく。
光の粒はやがて増えていき、やがて一気に光の奔流として緊迫した広間を駆け巡った。
ビシャァア!!!
光が全てを真っ白にする。
殺しあっていた人と魔物も、逃げ惑う人々も、一瞬手を止め、清浄な光の氾濫に唖然とする。
やがて、光が収まり、その中心だった場所に人影があった。
二人。
あまり背は高くない。
古びた鎧と武器。
静まり返った広間に野太い声が響き渡る。
「どうだ! そろそろ目を開けてもいいか!」
デリクはその聞き覚えのある間抜けな声に全身脱力してずっこけた。
王城内の食堂。
豪華な調度と装飾が並ぶ。
衛兵隊長のブーンは優雅な朝食を取っていた。
半熟卵を割り、パンをかじり、上品なスープを飲む。
城では貴族であるブーンに相応の食事を提供してくれる。
ブーンは鼻歌を歌いながら、ぱくつく。
食欲も旺盛のようだ。
ブーンはひたすら機嫌が良かった。
あの悩みの種のリアンナ姫がここ数日、ぱたりと消息を聞かなくなったのだ。
もちろん、王国の姫君が行方不明なので大ごとではある。
すぐに城の隠密に事情聴取が行われ、宿屋の白髭亭で最後の目撃があったということは判明した。
しかし、そこからは全く足取りがつかめない。
宿の人間の話では早朝にどこかに行くといって、そのまま街に消えたという。
(そもそも、俺はこの件を外された、いつも全く働かない司法長官が直々に宿に行って調べたんだよな)
司法長官は特に子飼いの衛兵を連れて宿を捜索し、姫がどこかへ出奔したという結論に達したという。
王は秘密裏に探すように命じたようだが、そこから二日経つが足取りはつかめていない。
(そういえば、あのターニャも見つかってないし、マグレスの陳情団の件はどうなったんだ)
傲慢な司法長官が情報を抱えて部下に明かさないので状況はわからないのだ。
(気にはなるが、勝手に動いてあいつに目を付けられたくないし)
そう考えると、気が楽になる。
姫の件は司法長官が背負うのだ。
(しかし、あの男が捜索の責任を自ら背負いに行くのは珍しいな。普通、部下にやらせて怒鳴るだけだろ。あいつの行動パターンなら……もしかして、何か裏でもあるのか)
そうは思ったが、あの剣呑なリアンナ姫と司法長官の二人に関わらずに済むのなら無理をする気も起きない。
(あの姫のことだ、何かの気まぐれを起こしてどこかで「冒険」しているのだろう)
そう、心の中で結論付けた。
ブーンにとってはそれだけで十分であり、小さな幸せをかみ締めるひと時であった。
「ああ、このまま未来永劫リアンナ姫が見つからなければ」
思わず、願望が口に出る。
「おっと。思わず本心が。しかし、誰も聞いていないようだ。ププ」
辺りに人はいない。
一人ほくそ笑む。
しかし、残念ながら、それは人の耳に入ってしまったようだ。
いきなり、食堂の扉が開く。
「なんてことを言うんです。ブーンさん!」
出てきたのは姫付の侍女レティだった。
小動物のような可愛らしい少女が顔を真っ赤にして怒っている。
「うーん、この紅茶。まさしく大人の香り。食後のこのひと時が、人生の至福の時」
食事をしっかり味わい、小指を極限まで立てて、熱い紅茶を飲む。
「で、何の用かな、レティ君」
「今、すごーく、間を空けましたね」
「気にしないでくれたまえ。貴族の大人が味わう雅の瞬間に酔いしれてしまったのだ」
「とりあえず、何を言っているかわかりませんけど、すぐに姫様の捜索に出発してください!」
大きなため息をつくブーン。
「心配ご無用! 姫の捜索は司法長官自ら陣頭指揮に立って善処している。当然、私も必死に捜索している。命令されてないが、個人的な努力として」
「絶対、やる気ないでしょ。王様に言いつけてやるんだから!」
「な、何を言うか、失敬な。私は心の底から姫の行方を案じているのだ」
「とにかく、すぐに見つけてください。姫はか弱い女性なのですよ!」
「ああ、わかった、もちろん、全力を傾けて真摯に前向きに善処する」
「本当なの? お願いしますよ!」
レティはそう言うと、憤然として部屋を出て行く。
訪れる、静寂。
「今、人生最大のありえない台詞を聞いた。あの、女が、か弱い女性? ありえない! あの雌ライオンは一人でならず者十数人を殺害したんだぞ!」
笑いそうになったが、笑えなかった。
「人間とは不思議なものだ。世には様々な者がいる。外見、年齢、人種その他、人の違いは様々だが、その中で最も驚異的に違うことは人の認識かも知れぬ」
驚愕が強烈過ぎて哲学っぽい台詞を吐いてみたくなったブーンだった。
紅茶のお代わりをして、また、小指を立てて飲む。
「今、このひと時、最高!」
2026/7/11 8/30 微修正




