40 待ち伏せ
夜の郊外。
木立と草原。
その牧歌的な場所に、突然闇の球が現れる。
ブオンという音と共にそれは一気に拡大し、そして、すぐに縮小して消えた。
球が消えた後には二人の人影が現れる。
一人は輝く鎧を着た金髪のリアンナ姫。
もう一人は、とんがり帽子にローブと象頭のロッドを持った女魔法使いターニャ。
「ここでいいのだな」
象頭のバリーが声を出す。
「ええ、この牧場の調教師は顔見知りよ」
うなずくリアンナ。
ここは、アーロン城下町の街壁外。
街の北側に広がる平原である。
軍馬の育成のための牧場があった。
王家御用達の馬も調教している。彼女の愛馬もここの生まれだった。
「ここで馬を借りて一気に王宮に行きましょう」
リアンナ。
「ちょっと距離があるわ、やっぱり街中の方がよかったんじゃ」
ターニャが不満げに言う。
「テレポートで街に入れば敵の術者に気づかれる恐れがある。少し手間だがこのほうがより安全だ」
バリーが答える。
「気づかれない呪文はなかったの」
「さすがにテレポは強力すぎる術だから、都合良くごまかしが効くものではない。警戒系の術にはからきし弱いのだ」
「馬を使えば半刻で街に着くわ、問題はここの主がちゃんと起きるかと、街門の兵士ね。彼らが私たちのことを通してくれればいいんだけど」
リアンナは文句を言わず現実的だった。
「姫様の威光で何とかならないの?」
ターニャが問う。
「幾ら貴族でも、夜中に来て開けろと言って、そう簡単に行くかどうか……士気の高い兵士ほど怪しんで開けないかも知れないわ」
「お主が兵士の疑いを解く呪文をかければ楽々開くだろう」
バリーが不思議そうに言う。
「不勉強で悪かったわね」
ターニャが肩をすくめる。
「本当にありえない。私が初めて冒険に出た時でも、記憶していた術は百以上あったぞ」
ぬいぐるみの象頭を振るバリー。
「うるさいわね。今知らないものは仕方がないでしょ。それだったらあなたがかけてくれたら万事解決じゃない」
「ブー、ダメ」
「なによそれ、テレポしてくれたじゃない」
「あれは、私がお主たちを私の意思で遠くに飛ばしたから、それの対価として戻したのみ。やはり、直接運命に関わる些事はそなたらが解決せねばならぬ」
「でも、あの時助けてくれたのは運命への介入ではないのですか」
リアンナ。
「そうだ、介入した。だから、私は重大な罪を負っている。逸脱するほど、罪は重くなる。だが、そなたらがみすみす目の前で死なれるよりは、私は罪を選ぶということだ」
「その罪を問うのは誰ですか」
「それは私自身であり、死の安息を約束された神でもある」
「その神とは一体……」
「もうやめてよそんな話。平和になったらいつでもできるわ!」
気の強いターニャは少しイライラして対話を止める。
「……そうね」
リアンナは牧場の主を起こし、馬の借用を頼む。
彼は驚いていたが、ただならぬリアンナの雰囲気に押され、何も言わず馬を貸してくれた。
二人は馬を駆り、急ぎ出発する。
カンテラで照らし、夜道を限界ぎりぎりの速度で走る。
道は想像以上にでこぼこで、馬が怪我をする恐れがあった。
「私、あんまり乗馬得意じゃないの」
ターニャはぶつぶつこぼしている。
しかし、二人は可能な限りの速さで馬を疾駆させた。
とある地点で、突然、
「止まれ!」
バリーが切迫した声を上げる。
「どうしたの」
ターニャが問う。
「すまぬ、見つかってしまったようだ。これなら、街に直接入ればよかった」
「ふふふ。流石ですな。私が待ち構えていたとよくお気づきになられました」
木陰の闇から、不気味な声が聞こえる。
「魔黒十傑衆の『因果を弄ぶ者』ヴォルガンだな」
バリーが答えると、上質な赤い魔道士用のフードローブを着た病的な白い顔の男が現れる。
蛇の目、酷薄な顔。
「まさか、あの塔の妖術師!」
ターニャが叫ぶ。
無言で剣を抜くリアンナ。
「あの塔に来た小物の一人ですか。しかし、今はあなたの相手をしている暇はない。私の相手は象の男です」
「ターニャ、手を離してくれ」
ターニャがロッドを手放すと宙に浮き、ロッドは象頭の巨大な幽鬼になる。
「私はあなたを討ち取って、真の力を手に入れる。それに比べたら、王の暗殺なんて小さなことです」
「なぜ、私に気がついた」
バリーが怖い声で問う。
「私は『因果を弄ぶ者』。因果の歪みの象徴である、テレポートに気がつかないわけがないでしょう。意外と抜けてますな」
「ぐぬぬ。しかし、私の力を手に入れても、それは、空しいだけだぞ。必ず後悔する」
「ご謙遜を。あなたがマナを持っているのは知っているのです」
「……この力は哀しいものだ。やめたほうがいい」
「口先で誤魔化しても、それは通用しませんぞ」
ヴォルガンが呪文を唱えると、地面にぽっかりと黒い穴が開き、三匹の鉄のゴーレムが現れる。
「リアンナ姫、ターニャ。先を行ってくれ。私はこの者を引き止めなければならない」
バリーが二人を守るように立つ。
「追いついてくるわよね?」
「それはわからぬ、ヴォルガン殿次第だ」
バリーはターニャに何か手渡すと、ヴォルガンと対峙する。
二人の女は後ろ髪引かれながらも、その場を後にした。
少し行くと背後で、稲妻や火球がはじける音がする。
「大丈夫かしら、あんな変な奴でも心配だわ」
ターニャは少し目を潤ませながらつぶやく。
ターニャの手には先端が六角の水晶で出来た、小さなロッドがある。
今渡されたのはこれだったようだ。
「信じましょう。どちらが正しいか、私にはわかります。正しい方が最後に勝つ。例え、今、悪が強く見えても」
街門に着くと、兵士たちが門の前で眠そうにして立っている。
「何だ、あんたたち。女二人で外を旅行していたのか? 信じられん、命が惜しくないのか」
兵士の一人が問う。
「私はリアンナ姫だ。緊急の事態である! 門をあけよ!」
リアンナが怖い顔で答えた。
「へ、まさか、リアンナ様が何でこんなところに来るんだよ」「偽者だろ」
兵士たちは口々に言って、二人を疑いのまなざしでじろじろ見る。
リーダーらしき男が、
「何か証拠はないのか、身分を偽る奴なんて幾らでもいるんでね」
「では、これを見ろ」
リアンナは宝石の入った黄金の指輪をかざす。
それには王家の紋章が刻まれていた。
カンテラで照らして、まじまじと見ていた兵士は驚き仰天する。
「これは王家の指輪! ちょっとおまちください、上司に報告しないと門は開けられないのです。今はお屋敷にいらっしゃいますので」
「門の責任者が交代制ではないのか? 今日に限らず緊急の早馬が来たらどうする! たるんでおるぞ! 全速力で責任者を呼びに行くのだ!」
姫の恐ろしい剣幕に飛び上がって慌てふためく兵士たち。
この分なら、すぐに開きそうだ。
ターニャは少し安堵した。
しかし、門はすぐに開かなかった。
「遅い、既に半時は経過しておるぞ! もう責任者は構わぬから、門を開けろ!」
リアンナがいらいらして兵士を怒鳴りつける。
門の前の兵士は走って行ってしまったので、対象は門の上の兵士だが、彼らはひたすら恐縮するだけで行動を起こそうとはしなかった。
「ねぇ。リアンナ様。すごく嫌な予感」
ターニャが不安げな声。
「……」
「絶対、何かあるわ。そんな気がするの」
やがて、門が開いた。
立派な鎧を着た指揮官が待っている。
彼はしきりに、開門が遅くなったことを謝罪した。
「すみません、仕事を終えた後に酒を飲んでしまい、熟睡が過ぎたようです」
指揮官はひたすら詫びの一手である。
リアンナは鼻を鳴らすと、一目もくれず先を行く。
「あなた、名前は」
ターニャが聞く。
「は、トマソンです」
酒の臭いは体からしたが、息は酒臭くなかった。
門を抜けしばらく行ったところで、
「リアンナ様。先ほどの指揮官、酒のにおいはしましたけど、息は酒臭くなかった、絶対嘘つきだわ。わざと、時間稼ぎしてたんじゃない?」
「……ターニャ、懸念は当たったようだ。囲まれている」
「え、嘘」
この付近は街壁用の資材置き場である。人気は少ない。
露天の野原に石や木材が積んである。
その陰に何十人もの人間が隠れていた。
「出て来い! 私に用があるんだろう」
リアンナが吼える。
すると、正面の石材の陰から、数人の男が出てくる。
カンテラを持ち、地味な革鎧。
一人だけ派手な赤い服を着ており。歩くと片足を引く。
「見つけたぞ、女侠客レティ!」
派手な服の男が叫ぶ。
「何者だ!」
「俺はラパレイ・バルガス。お前は俺たちバルガス家の体面に泥を塗った。そんな奴は生かしておけねぇんだ。悪いが死んでもらうぜ」
ラパレイが合図すると、ぞろぞろと大勢の男たちが出てきて二人を包囲する。
ざっと見ただけでも五十人はいる。
「ちょっとまずいわ。リアンナ様」
焦るターニャ。
「凄い数だな」
あまり凄そうにない感じで言うリアンナ。
「お前はうちのもんを五人以上殺した。その償いは命でしてもらう!」
ラパレイは大声で告げる。
「へへへ、坊ちゃん、この女、俺の指を切り落としやがった。捕まえて、俺にくれよ」
ラパレイの横には見覚えのあるリガルがいる。
なぜか片目だ。
「お前のせいで、親分に目を潰された。レティ、覚悟しろよ。金まで盗みやがって!」
吠えるリガル。
「それは可哀想にな。しかし、財産のことはしらん」
「うるせぇ! お前とあの小人野郎が盗んだにちげぇねえんだ! 囲め! この女を捕まえろ!」
リアンナは悪人たちの様子を観察する。
リガルの声で動いたのは約二十名。
皮鎧と剣や棍棒で武装した連中。
正面南側に多い。
武装が統一されているのでバルガス家の人間と思われる。
残りの三十名は動かない。
こちらはもっと雑多であり、武装はばらばら、素手の奴までいる。
助っ人の傭兵やならず者なのだろう、いわゆる、侠客と呼べるような連中だ。
彼らは建築資材に座ったり、もたれたりしている。
高みの見物と言ったところか。
「何よ、あんたたち、女二人に大勢で襲い掛かるの? どこの大英雄さんたちか知らないけど、それでも侠なのかしら」
ターニャが皮肉を込めて毒づく。
単純な挑発だが、彼らのような侠客連中にはそれなりに意味がある。
喧嘩で勝っても不名誉なら馬鹿にされるのだ。
「オオ、そうだな。おい、リガル。恨みがあるなら、男一匹、自分の腕だけで勝負したらどうだ」
誰かがそう言う。
そうだ、そうだ、と同意の声が助っ人連中から上がる。
彼らははした金をもらっただけの、物見高い連中でしかなかった。
「おい、リガル。まずはお前が一騎打ちしろ」
ラパレイが部下を見る。
「坊ちゃん。あっしの体を見てくださいよ。一人でどうにも出来ないから、助っ人の皆さんに来ていただいたんですよ」
「皆さん、リガルはこの女に拷問されて、不自由な体になっています。凶悪なこの女に鉄槌を下すべきではありませんか。我と思わん方は名乗り出てください。もちろん、バルガスは相応のお礼はいたします」
「ふむ。面白そうだ」
一人の剣客はそう言うと、すたすたとやってくる。
それにつられて、数人が名乗り出る。
「私は剣客、シベールだ。恨みはないが、腕前を試したいのでね」
まっすぐの長髪、酷薄そうな顔。革鎧に細剣の男。
「俺はケレヌス。お前に兄弟を殺された。ハーフオークだ」
不気味な輝きのシミターを持つ男。
がっしりした固太りの体型。彼も革鎧。
「……」
全身にナイフを装備している妖精小人の男。
自己紹介すらしない。
更に二人、白人大男の剣士と斧使いがいる。
彼らは上半身裸で刺青だらけ。北方蛮族なのだろう。
「このくらいでいいでしょう。一騎打ちでその方たちに勝ったら、この場は許してやる」
ラパレイはそう宣言した。
「その言葉に偽りはないな」
そう言いながら、リアンナは馬を下りる。
「我が名はリアンナ。レティは仮の名だ。そして、この剣は聖剣リュセリオン」
するっと、長剣が抜かれた。
闇に光り輝く長大な両刃の利剣。
一様に、男たちは剣の迫力に息をのんだ。
2026/7/4 8/29 微修正




