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辺境王国と冒険者たち  作者: 弓師啓史


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40/43

40 待ち伏せ

 夜の郊外。

 木立と草原。


 その牧歌的な場所に、突然闇の球が現れる。

 ブオンという音と共にそれは一気に拡大し、そして、すぐに縮小して消えた。

 

 球が消えた後には二人の人影が現れる。

 一人は輝く鎧を着た金髪のリアンナ姫。

 もう一人は、とんがり帽子にローブと象頭のロッドを持った女魔法使いターニャ。

「ここでいいのだな」

 象頭のバリーが声を出す。

「ええ、この牧場の調教師は顔見知りよ」

 うなずくリアンナ。


 ここは、アーロン城下町の街壁外。

 街の北側に広がる平原である。

 軍馬の育成のための牧場があった。

 王家御用達の馬も調教している。彼女の愛馬もここの生まれだった。


「ここで馬を借りて一気に王宮に行きましょう」

 リアンナ。

「ちょっと距離があるわ、やっぱり街中の方がよかったんじゃ」

 ターニャが不満げに言う。

「テレポートで街に入れば敵の術者に気づかれる恐れがある。少し手間だがこのほうがより安全だ」

 バリーが答える。

「気づかれない呪文はなかったの」

「さすがにテレポは強力すぎる術だから、都合良くごまかしが効くものではない。警戒系の術にはからきし弱いのだ」

「馬を使えば半刻で街に着くわ、問題はここの主がちゃんと起きるかと、街門の兵士ね。彼らが私たちのことを通してくれればいいんだけど」

 リアンナは文句を言わず現実的だった。

「姫様の威光で何とかならないの?」

 ターニャが問う。

「幾ら貴族でも、夜中に来て開けろと言って、そう簡単に行くかどうか……士気の高い兵士ほど怪しんで開けないかも知れないわ」

「お主が兵士の疑いを解く呪文をかければ楽々開くだろう」

 バリーが不思議そうに言う。

「不勉強で悪かったわね」

 ターニャが肩をすくめる。

「本当にありえない。私が初めて冒険に出た時でも、記憶していた術は百以上あったぞ」

 ぬいぐるみの象頭を振るバリー。

「うるさいわね。今知らないものは仕方がないでしょ。それだったらあなたがかけてくれたら万事解決じゃない」

「ブー、ダメ」

「なによそれ、テレポしてくれたじゃない」

「あれは、私がお主たちを私の意思で遠くに飛ばしたから、それの対価として戻したのみ。やはり、直接運命に関わる些事はそなたらが解決せねばならぬ」

「でも、あの時助けてくれたのは運命への介入ではないのですか」

 リアンナ。

「そうだ、介入した。だから、私は重大な罪を負っている。逸脱するほど、罪は重くなる。だが、そなたらがみすみす目の前で死なれるよりは、私は罪を選ぶということだ」

「その罪を問うのは誰ですか」

「それは私自身であり、死の安息を約束された神でもある」

「その神とは一体……」

「もうやめてよそんな話。平和になったらいつでもできるわ!」

 気の強いターニャは少しイライラして対話を止める。

「……そうね」


 リアンナは牧場の主を起こし、馬の借用を頼む。

 彼は驚いていたが、ただならぬリアンナの雰囲気に押され、何も言わず馬を貸してくれた。

 二人は馬を駆り、急ぎ出発する。


 カンテラで照らし、夜道を限界ぎりぎりの速度で走る。

 道は想像以上にでこぼこで、馬が怪我をする恐れがあった。

「私、あんまり乗馬得意じゃないの」

 ターニャはぶつぶつこぼしている。

 しかし、二人は可能な限りの速さで馬を疾駆させた。


 とある地点で、突然、

「止まれ!」

 バリーが切迫した声を上げる。

「どうしたの」

 ターニャが問う。

「すまぬ、見つかってしまったようだ。これなら、街に直接入ればよかった」

「ふふふ。流石ですな。私が待ち構えていたとよくお気づきになられました」

 木陰の闇から、不気味な声が聞こえる。

「魔黒十傑衆の『因果を弄ぶ者』ヴォルガンだな」

 バリーが答えると、上質な赤い魔道士用のフードローブを着た病的な白い顔の男が現れる。

 蛇の目、酷薄な顔。

「まさか、あの塔の妖術師!」

 ターニャが叫ぶ。

 無言で剣を抜くリアンナ。

「あの塔に来た小物の一人ですか。しかし、今はあなたの相手をしている暇はない。私の相手は象の男です」

「ターニャ、手を離してくれ」

 ターニャがロッドを手放すと宙に浮き、ロッドは象頭の巨大な幽鬼になる。

「私はあなたを討ち取って、真の力を手に入れる。それに比べたら、王の暗殺なんて小さなことです」

「なぜ、私に気がついた」

 バリーが怖い声で問う。

「私は『因果を弄ぶ者』。因果の歪みの象徴である、テレポートに気がつかないわけがないでしょう。意外と抜けてますな」

「ぐぬぬ。しかし、私の力を手に入れても、それは、空しいだけだぞ。必ず後悔する」

「ご謙遜を。あなたがマナを持っているのは知っているのです」

「……この力は哀しいものだ。やめたほうがいい」

「口先で誤魔化しても、それは通用しませんぞ」

 ヴォルガンが呪文を唱えると、地面にぽっかりと黒い穴が開き、三匹の鉄のゴーレムが現れる。

「リアンナ姫、ターニャ。先を行ってくれ。私はこの者を引き止めなければならない」

 バリーが二人を守るように立つ。

「追いついてくるわよね?」

「それはわからぬ、ヴォルガン殿次第だ」

 バリーはターニャに何か手渡すと、ヴォルガンと対峙する。

 二人の女は後ろ髪引かれながらも、その場を後にした。


 少し行くと背後で、稲妻や火球がはじける音がする。

「大丈夫かしら、あんな変な奴でも心配だわ」

 ターニャは少し目を潤ませながらつぶやく。

 ターニャの手には先端が六角の水晶で出来た、小さなロッドがある。

 今渡されたのはこれだったようだ。

「信じましょう。どちらが正しいか、私にはわかります。正しい方が最後に勝つ。例え、今、悪が強く見えても」


 街門に着くと、兵士たちが門の前で眠そうにして立っている。

「何だ、あんたたち。女二人で外を旅行していたのか? 信じられん、命が惜しくないのか」

 兵士の一人が問う。

「私はリアンナ姫だ。緊急の事態である! 門をあけよ!」

 リアンナが怖い顔で答えた。

「へ、まさか、リアンナ様が何でこんなところに来るんだよ」「偽者だろ」

 兵士たちは口々に言って、二人を疑いのまなざしでじろじろ見る。

 リーダーらしき男が、

「何か証拠はないのか、身分を偽る奴なんて幾らでもいるんでね」

「では、これを見ろ」

 リアンナは宝石の入った黄金の指輪をかざす。

 それには王家の紋章が刻まれていた。

 カンテラで照らして、まじまじと見ていた兵士は驚き仰天する。

「これは王家の指輪! ちょっとおまちください、上司に報告しないと門は開けられないのです。今はお屋敷にいらっしゃいますので」

「門の責任者が交代制ではないのか? 今日に限らず緊急の早馬が来たらどうする! たるんでおるぞ! 全速力で責任者を呼びに行くのだ!」

 姫の恐ろしい剣幕に飛び上がって慌てふためく兵士たち。

 この分なら、すぐに開きそうだ。

 ターニャは少し安堵した。


 しかし、門はすぐに開かなかった。

「遅い、既に半時は経過しておるぞ! もう責任者は構わぬから、門を開けろ!」

 リアンナがいらいらして兵士を怒鳴りつける。

 門の前の兵士は走って行ってしまったので、対象は門の上の兵士だが、彼らはひたすら恐縮するだけで行動を起こそうとはしなかった。

「ねぇ。リアンナ様。すごく嫌な予感」

 ターニャが不安げな声。

「……」

「絶対、何かあるわ。そんな気がするの」


 やがて、門が開いた。

 立派な鎧を着た指揮官が待っている。

 彼はしきりに、開門が遅くなったことを謝罪した。

「すみません、仕事を終えた後に酒を飲んでしまい、熟睡が過ぎたようです」

 指揮官はひたすら詫びの一手である。

 リアンナは鼻を鳴らすと、一目もくれず先を行く。

「あなた、名前は」

 ターニャが聞く。

「は、トマソンです」

 酒の臭いは体からしたが、息は酒臭くなかった。


 門を抜けしばらく行ったところで、

「リアンナ様。先ほどの指揮官、酒のにおいはしましたけど、息は酒臭くなかった、絶対嘘つきだわ。わざと、時間稼ぎしてたんじゃない?」

「……ターニャ、懸念は当たったようだ。囲まれている」

「え、嘘」

 この付近は街壁用の資材置き場である。人気は少ない。

 露天の野原に石や木材が積んである。

 その陰に何十人もの人間が隠れていた。

「出て来い! 私に用があるんだろう」

 リアンナが吼える。

 すると、正面の石材の陰から、数人の男が出てくる。

 カンテラを持ち、地味な革鎧。

 一人だけ派手な赤い服を着ており。歩くと片足を引く。

「見つけたぞ、女侠客レティ!」

 派手な服の男が叫ぶ。

「何者だ!」

「俺はラパレイ・バルガス。お前は俺たちバルガス家の体面に泥を塗った。そんな奴は生かしておけねぇんだ。悪いが死んでもらうぜ」

 ラパレイが合図すると、ぞろぞろと大勢の男たちが出てきて二人を包囲する。

 ざっと見ただけでも五十人はいる。

「ちょっとまずいわ。リアンナ様」

 焦るターニャ。

「凄い数だな」

 あまり凄そうにない感じで言うリアンナ。

「お前はうちのもんを五人以上殺した。その償いは命でしてもらう!」

 ラパレイは大声で告げる。

「へへへ、坊ちゃん、この女、俺の指を切り落としやがった。捕まえて、俺にくれよ」

 ラパレイの横には見覚えのあるリガルがいる。

 なぜか片目だ。

「お前のせいで、親分に目を潰された。レティ、覚悟しろよ。金まで盗みやがって!」

 吠えるリガル。

「それは可哀想にな。しかし、財産のことはしらん」

「うるせぇ! お前とあの小人野郎が盗んだにちげぇねえんだ! 囲め! この女を捕まえろ!」

 リアンナは悪人たちの様子を観察する。

 リガルの声で動いたのは約二十名。

 皮鎧と剣や棍棒で武装した連中。

 正面南側に多い。

 武装が統一されているのでバルガス家の人間と思われる。

 残りの三十名は動かない。

 こちらはもっと雑多であり、武装はばらばら、素手の奴までいる。

 助っ人の傭兵やならず者なのだろう、いわゆる、侠客と呼べるような連中だ。

 彼らは建築資材に座ったり、もたれたりしている。

 高みの見物と言ったところか。

「何よ、あんたたち、女二人に大勢で襲い掛かるの? どこの大英雄さんたちか知らないけど、それでも侠(おとこ)なのかしら」

 ターニャが皮肉を込めて毒づく。

 単純な挑発だが、彼らのような侠客連中にはそれなりに意味がある。

 喧嘩で勝っても不名誉なら馬鹿にされるのだ。

「オオ、そうだな。おい、リガル。恨みがあるなら、男一匹、自分の腕だけで勝負したらどうだ」

 誰かがそう言う。

 そうだ、そうだ、と同意の声が助っ人連中から上がる。

 彼らははした金をもらっただけの、物見高い連中でしかなかった。

「おい、リガル。まずはお前が一騎打ちしろ」

 ラパレイが部下を見る。

「坊ちゃん。あっしの体を見てくださいよ。一人でどうにも出来ないから、助っ人の皆さんに来ていただいたんですよ」

「皆さん、リガルはこの女に拷問されて、不自由な体になっています。凶悪なこの女に鉄槌を下すべきではありませんか。我と思わん方は名乗り出てください。もちろん、バルガスは相応のお礼はいたします」

「ふむ。面白そうだ」

 一人の剣客はそう言うと、すたすたとやってくる。

 それにつられて、数人が名乗り出る。

「私は剣客、シベールだ。恨みはないが、腕前を試したいのでね」

 まっすぐの長髪、酷薄そうな顔。革鎧に細剣の男。

「俺はケレヌス。お前に兄弟を殺された。ハーフオークだ」

 不気味な輝きのシミターを持つ男。

 がっしりした固太りの体型。彼も革鎧。

「……」

 全身にナイフを装備している妖精小人の男。

 自己紹介すらしない。

 更に二人、白人大男の剣士と斧使いがいる。

 彼らは上半身裸で刺青だらけ。北方蛮族なのだろう。

「このくらいでいいでしょう。一騎打ちでその方たちに勝ったら、この場は許してやる」

 ラパレイはそう宣言した。


「その言葉に偽りはないな」

 そう言いながら、リアンナは馬を下りる。

「我が名はリアンナ。レティは仮の名だ。そして、この剣は聖剣リュセリオン」

 するっと、長剣が抜かれた。

 闇に光り輝く長大な両刃の利剣。

 一様に、男たちは剣の迫力に息をのんだ。




2026/7/4 8/29 微修正

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