↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境王国と冒険者たち  作者: 弓師啓史


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/43

37 静寂の国

 リアンナ姫と魔法使いターニャは恐怖の表情を浮かべて倒れ、体をけいれんさせている。


 漆黒の闇の中で黒いフードの男が笑う。

 その目は蛇のような人間とは思えないものに変貌していた。


「フフフ。動けまい。貴様らは無数の怨霊に取り付かれ魂を食い荒らされて潰えるのだ。永劫の恐怖の中で地獄の苦しみを味わうが良い」

 男の手から珠は消える。

 塵となって手から零れ落ちた。

「だが、王宮で使う予定のものが……妖術王のお叱りは覚悟せねば」

 男はターニャの体を蹴り、ロッドを掴む。

 ロッドの象頭、バリー・セスも術にかかったように見える。

「『静寂の国』も敵になるか、魔黒教国に逆らうとは愚かなり」

 そうつぶやく男。

 しかし、突然、象の目が開き、魔力で輝く。

「ほう、なるほど、確かに強力な術だ、さすが妖術王」

「なに! なぜ貴様は意識を失わぬ」

「フフ、魔黒十傑の一人、キューディス殿の言葉とは思えませんな」

 象頭のぬいぐるみがにやりと笑う。

「くそ!」

 黒ローブの男、キューディスは思わずロッドから手を放す。

 しかし、ロッドは床に落ちず、宙に浮いた。

「痴れ者め。亡者である私に効く術ではないとわからぬか」

「貴様、殺してやる」

 慌てて、何らかの術を行おうと焦るキューディス。

「では、さらばだ妖術師殿」

 ブオン。

 そのような音と共に漆黒の闇の球が形成され、二人の女とロッドを包み込む。

「死ね!」

 キューディスは黒い魔力の矢を飛ばすが、それは球体に当たると煙のように消失してしまった。

 闇の球は一度大きく膨らむと、スーっと小さくなって行く。

 極限まで小さくなると球は見えなくなる。

 ロッドも女二人も、元から何もなかったかのように消え失せた。 


「逃がしたのか……まずい、まずいぞ……しかし、『妖珠』を使ったのは呪詛王様にはわかって……事態を報告しないわけには……」

 男は寒さに震えるように、体を両手で抱え、いつまでもぶるぶると震え続けた。




 ふっと、頬を柔らかい毛皮が触れる。

「ん……」

 気がつくと、そこは明るい部屋だった。

 柔かい巨大なベッドに寝かされ、毛布がかけられている。

 リアンナははっとして、飛び起きる。

(ここはどこだ!)

「にゃー」

 黒い子猫が枕元にきて起こしたようだ。

 気がつくと、全裸である。

 慌てて服を探すと、ベッドの脇にハンガーがあり、白いゆったりとした女物のドレスがかけてあった。

 リアンナはそれを着込む。

「あなた、どこの子なの」

 黒い子猫を胸に抱き、辺りを見回す。

 部屋は土と石で作った質素なもので装飾は全くない。

 ベッドは大きくふかふかで快適だが、あまり見慣れない文化の物である。

 部屋には窓があり、ガラスも何も入っていない。ただ、壁をくりぬいただけのもの。

 外は昼のようだ。

 部屋にある素朴な木製の扉は閉まっていないようだ。


 開けて外に出ると、自分が見たこともないような場所にいることに気がつく。

 

 周辺を見回すと、ここはどこかの山岳地帯に建つ城。

 彼女がいるのはその城の屋上だった。

 屋上と同じ高さに山岳の峰がある。

 東西と南は山であり、北側が谷。

 北に向かって見下ろすと、非常に深い谷になっており、その急斜面にくねくねした山道と、へばりつくような建物群が見えた。

 谷の出口に大きな門があるようだ。小さく見える。

 門の先は広大な平原が広がり、霞んでその先は見えない。


 彼女がいた小さな部屋は城の屋上にある。

 部屋の外には広いベランダがあり、石を刻んで作った机や椅子も置いてあった。


「ここはどこかしら」

「にゃー」

 猫に問うても返事はない。

 強い日差しだが、風は冷たい。


「お目覚めですか。良かった」

 不意に後ろから声をかけられる。

 振り向くと、黒い薄物のドレスに黒いつば広の帽子を被った女が立っていた。

 顔を薄いレースの布で覆って表情はわからない。

 黒猫はリアンナの手から飛び出すと、その女の足元で喉を鳴らす。

「あなたは?」

「私はディア。リアンナ様のお世話を命じられている者です」

 彼女の手には小さな盆があり、その上には水差しと青銅の杯がある。

 ベランダの机の一つにそれを置く。

 ディアはその前の椅子に座るように促した。

 リアンナがおずおずと座ると、彼女は青銅の杯に何かの液体を注ぐ。

 少しピンクがかっている。

「薬水です。衰えた体に効果があります。どうぞお飲みください」

 そう言われて、リアンナは体全体に力が入らないことに気がつく。

 少なくとも彼女に悪意があるなら、今頃、命はなかっただろう。

 親切の理由はわからないが、疑う理由もなかった。そっと喉に流し込む。

 甘く、美味で、体に力が湧いてくるようだった。

 黒ドレスの女はリアンナが飲み干すのを確認してから、

「女王陛下がお会いになりたいそうです。ご一緒に来てくださいな」

「女王陛下?」

 うなずくディア、リアンナはついて行く。


 屋上から階段を下り、素朴だが壮大な城をぐるぐると降りていく。

(ほとんど人はいないわね)

 土と石でできた城はまるで廃墟のような寂しさがあった。

 凡そ、人が住んでいるように感じられない。


 やがて、非常に広い広間に出る。

 アーロン宮廷の倍はあった。

 広くはあったが、装飾はほとんどなく、やはり、廃墟のようにも見える。

 広間は日光を巧みに取り込んで明るい。


 そこには王座がぽつんと一つあり、王座に座る人物とその側に立つ異様に背の高い人物。

 そして、その前には見覚えのある一人の少女。

 彼らはリアンナを待っていたらしい。

 黒ドレスの女はリアンナを促すとどこかに消えてしまう。

 リアンナはゆっくりとその三人に近づく。

 王座の前に立っているのは、あの宿屋で戦っていたターニャと言う女魔法使い。

 王座の側に侍るのは、人間離れした背の高さの壮年の男。

 そして、王座には異様に青白い肌をした銀髪の女性が座っている。

 長い髪を片側に垂らし、黄金に輝くドレス。

 完璧に整った顔立ちで非の打ち所がない。

 微笑を浮かべて座る。

(なんて美しい!)

 女のリアンナでもそう思う。

 側の男は通常の人間の頭三つ分は大きい。

 髭の生えた顔に特徴はないが、大きさだけで十分異様だ。

「ようやく目覚められましたか、リアンナ姫」

 大男が声をかける。ロッドと同じ声だ。

「あなたは、確かバリーと仰るのかしら」

「そうです。さすがは聡明なお方。私の声だけで正確に把握なされている。私は魔道士バリー・セス。惨めな死をさまよう者です」

 男は恭しく頭を下げる。

「……」

 リアンナは王族らしく無言で礼を受ける。

「ターニャ嬢はご存知でしょうか」

「ええ、アーロンの捜査資料で」

「宜しくね、リアンナ様。でも、私、犯罪には加担してません。そのことはわかってください」

 ターニャが親しげに言う。

「そして、こちらが『静寂の国』のフェリーゼ女王陛下でございます」

 バリーが王座の人物を紹介する。

「ようこそ、リアンナ姫」

 フェリーゼの声は若いような老いたような不思議な声だった。

「『静寂の国』! 聞いたことがあります。はるか南方の山岳地帯に、亡者や幽鬼が国を作っていると。そして、そこの国民は全員邪悪で、通りかかる生ある者を食い殺している……失礼。そのようなうわさなのです。一見したところ、あなた方はそのようには……」

 思わず、非礼なことまで口走ってしまうリアンナ。

「ふふ。凄いうわさですね。もちろん、我々はそのようなことをしておりません。それどころか、生ある者に理由もなく襲い掛かったら、法で罰せられるのです。しかし、我らが亡者であることは事実です。真の道を模索することによって悪の力を封印しています」

「あなたたちの目的は一体……」

「亡者に堕とされた魂の救済です」

「……」

 リアンナにはその救済の意味することはわからなかった。

 知りたくもあったが、今はそんなことを詮索している場合ではないと思い、それ以上は聞かなかった。

 とりあえず、害がない。

 それだけで十分だった。

「ねえ、バリー。あなた、本当はそんな姿だったの」

 紹介の後、ターニャが問う。

「う、この姿はご婦人方のお目汚しにならないようにしている仮の姿。本来なら、世を欺くようなことはせず、正体を晒すべきなのですが……」

「バリー殿。私のことなら気になさらないでくださいな」

 リアンナ。

「私も、あの姿平気」

 ターニャもうなずく。

「皆様もそう仰っているのですから、変化を解かれてはどうですかバリー」

 フェリーゼが言う。

「……ではお言葉に甘えましょう」

 そう言うと、バリーの外観がぼやけ、象の頭に灰色のローブを着込んだ不気味な化け物の姿を現す。

「きゃ!」

 思わず、女らしい悲鳴を上げてしまうリアンナ。

「やはり、やめたほうが良かったでしょう? 陛下」

 骨の手で象頭を掻く怪物。

「いえ、すみません。思わず取り乱してしまって。大丈夫です」

 リアンナはそう言うと居住まいを正す。

「リアンナ姫は知りたいことがおありなのではないですか」

 女王がバリーを見る。

「そうですわ、あの後のことを教えて頂きたい」

 リアンナ。

「あなた方お二人を妖術師の魔手から救うために、私は瞬間移動を使いました。この『静寂の国』まであなた方を運んだのです。お二人の魂は酷い攻撃を受け、何百にも上る悪霊に取り憑かれていました。それを除霊により退去させたのです」

 バリーが説明する。

「では、あれから何日も……」

「三日目です」

「こうしてはいられないわ。父上が危ない。あの妖術師が父に何をするか」

「あの者たちの謁見の日取りは明日です」

「助けていただいたのは感謝しますが、すぐに私を父の城にお帰しください!」

「私たちもすぐにそうしたいのですが、一連の行動が妖術王の怒りを買ってしまい、魔術の結界を張られています。魔黒十傑の内、四人が出動して国を包囲しています。瞬間移動は出来ません」

 フェリーゼが答えた。

「出来ないことはありませんぞ、陛下。しかし、危険は伴います」

 バリー。

「どのような危険でも厭いません!」

 リアンナははっきり言い切る。

「結界は四人の内一人でも打ち破れば崩れます。武力でいずれかの妖人を倒せば」

「魔黒十傑?」

 ターニャ。

「邪悪な魔黒教国の英雄たちをそう呼ぶ。筆頭の呪詛王以下、魔女や人狼、魔法戦士など様々な魔術や戦闘力に秀でた者たちが就任する。彼らは妖術王その人から寵愛を受けているから、力は侮れぬ」

 バリーが説明した。

「じゃあ、その四人はどんな奴らなの」

「それは私が……」

 先ほど、リアンナを案内した黒ドレスの女がいつの間にか戻ってきている。

「彼女は『見る者』ディア。姫は既にお会いになられてますな」

 バリーが紹介する。

 ディアは上品に挨拶する。

「私は初めてお会いしますわ」

 ターニャ。

「何が見えた?」

 バリーが問う。

「急峻な南に魔剣士のソルイン様。西の峰に魔女リセリア様。東の丘陵にマール様の魔狼隊。正面出口、北の平原には牙将軍のヴォカーン様が布陣されてます」

「比較的簡単なのはマールとヴォカーンだな数は?」

「マール様は十名。ヴォカーン様は五百名です。あとはお一人ずつ」

「ちょっとぉ、それっておかしくない? 簡単なのはお一人ずつの方じゃないの?」

 ターニャ。

「その二人は中原の大英雄でも躊躇する魔物だ」

「例え相手がどのようなものでも私は躊躇(ためら)いませんわ」

 リアンナが決然と言う。

「常識的に考えたらヴォカーンを蹴散らすしかない。陛下、国民から有志を募り、この気高い姫に兵をおあたえください」

 バリーが跪く。

「魂の平安を願う民を決起させるのは本意ではないが、目の前で困っている人を助けないのは我らの考え方に反します。良いでしょう。バリーもお二人についていっておあげなさい」

「ディア、戦に興味のある者は何人ほどだ」

「上古の英雄方が十名と、現世の英雄方が四十名です」

「思ったより多いな。リアンナ姫の高貴な姿に打たれた者が多いのだろう」

「リアンナ様は上古の血筋を引くお方。陛下とも良く似ていらっしゃいます」

「わが家系にどのような血が流れているのです? 初めて聞きました」

 リアンナがちょっと驚いて尋ねる。

「ディア!」

 フェリーゼが少しだけ声を荒げた。

「は、申し訳ございません。今申し上げたことはお忘れください」

「教えてはくれぬのか」

「……」

「我らの禁忌に触れるのです。どうか、この件はお許しください」

 バリーが懇願する。

「わかったわ。それより、私の武器はどこに」

 ディアが合図すると、上品な姿をした召使たちが机を運び込み、武器などをその上に手際よく並べる。




2029/6/21~8/23 微修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。