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2 妖術師との戦い

 廃墟の塔、一階。


 デリクはすぐに上階に続く階段を発見する。

 石の柱の影にあり、蜘蛛の巣が分厚く張られて、見た目にはわかりにくい。


 少し上って二階を覗くと、塔の上に向かって螺旋階段が続き、最上階までは一気につながっているようだ。

 つまり、二階部分が非常に大きな空間になっている。

 塔の途中には所々に採光用の窓が開き、それなりに明るい。


 戦いの始末を終え、再び、三人は探索を再開する。

 デリクは慎重に二階に忍んでいく。

 二階の床部分は倉庫であり、朽ちた武器や壊れた家具、空箱などが積まれている。

「誰もいない、危険は無いぞ」

 一階で待つ二人に思念を送るデリク。


 二階で合流した三人は作戦を練る。

「どうやら、女の子は最上階に監禁されているようだな」

 ドーリンが髭をひねる。

「こんなへんぴな所に誰が住んでいるんだ。少なくとも歩いてここにやって来てるわけじゃないな」

 デリク。

「目撃情報によると翼の生えた悪魔みたいな生き物が、攫われた場所で時々出没していたみたいよ」

 ターニャ。

「それで、なんでこんな危険でへんぴな土地に金持ちのお嬢さんが居るって分かったんだ」

 デリクが問う。

「依頼者の話だと、人探し専門の術者に依頼して場所を調べたという事だ。もともと、お嬢さんは夢遊病の気があるとのこと。でも、依頼者の町から何日も離れているから、何か魔術が絡んだ話かもな」

 ドーリン。

「悪い妖術師が犠牲者を引き寄せたとか。そんな感じかしら」

「ま、いずれにしてもあの最上階に行かないと何もわからないね」

 デリクが肩をすくめる。

「ここは、デリクは斥候をせずに固まっていこう。螺旋階段の足場が悪いし、一人で危機になっても簡単に助けに行けないからな」

「そうね……」


 三人はドワーフを先頭に、デリク、ターニャの順で行く。

 螺旋階段は階段と言うのも恥ずかしいような作りで、太い丸太を壁に突き刺しただけの非常に心細い物である。よほどバランス感覚に自信がなかったら走れないだろう。

「これは、人間用だな。よいしょっと。間隔が広いぞ」

 デリクは丸太にしがみつきながら登る。

 小人系のデミヒューマンであるデリクとドーリンにはかなりの苦行で、見た目以上に登攀には時間が掛かった。

 汗をかいて丸太にしがみつきながら、デリクがドーリンに話しかける。

「ドーリン。ちょっと聞いていいか」

「なんだ?」

「つまらない怪我なら、プリーストの奇跡で簡単に治るはずじゃないのか。信仰者のことに詳しいわけじゃないけど、強い冒険者プリーストなら瀕死の怪我でも奇跡で治すと言うぞ、ましてや、簡単な怪我なんか」

「……俺は」

 ドーリンは足を踏み外さないように、慎重に飛びつきながら、ポツリと言う。

「?」

「破門された」

 ズルッ。

「ぎょぇ。あ、あぶねぇ。足踏み外しかけたぞ。何だ、それじゃ奇跡使えないの!?」

「気をつけて、デリク。足短いんだらか」

 ターニャの心配そうな声。

「正確には使えないのではない。使わないと誓言したのだ」

「奇跡が使えないのなら、それって単なる戦士じゃね?」

「そういわれても仕方がないかも知れぬな」

「誓言したのなら、何か条件を満たしたら奇跡を使えるということなの? ドーリン」

「そうだ、しかし、それは俺の口から言うわけには行かないのだ」

「整理すると、何らかの理由で破門されてるけど、誓言をしていてそれに抵触しなければ使えるのね。もしかしたら、誓言を果たせば破門もチャラにしてもらえるのかしら」

「……」

「どうせ、あんたの事だから酒の飲みすぎで、神殿で大暴れしたんだろ?」

「……」

(図星か!?)

「お、俺は信心深い男なのだ。そ、そんなことするわけないぞ」

 汗をかきつつ引きつった笑いを浮かべるドーリン。

(九割がた当ったようだな)

「バカねぇ、デリク。エクセレス神殿はそんな理由で破門したりしないわよ。たぶん」

「そうそう、エクセレス大神は心広きお方なのだ。ハハハ。不信心者にはわからんよ」

 しらじらしい笑いでごまかすドワーフ。

(何をやったんだこいつは? いつか吐かせてやる……滅茶苦茶飲ませるか? でも、それは金がかかるな)

 どうでもいい算段をするデリク。


 そんな話をしている内に、やがて、最上階に到達する。

 螺旋階段の行き止まりは、はねあげ戸になっている。

「ドーリン、開けるのは俺がやるよ」

 デリクはそう言うと前に出る。

 入念に動きを確認し、罠の存在をチェックする。

 鍵も罠もないようだった。

 僅かに戸を上げ、周りをうかがう。

「誰もいないようだ」

 デリクは思念送信に切り替えて伝える。

「誘拐犯がいるかもしれない、極力静かに入ろう」

 思念で答えるドーリン。

 三人はゆっくりとその無人の部屋に入る。

 ドーリンだけはどうやっても鎧の金属音がするが、大きな音は立てない。

 そこは小さな部屋で、北側に両開きの扉、東側に厨房と思われる部屋に続くアーチがある。厨房には人の気配が無い。

「両開きの扉の向こうが核心だな」 

 ドーリンが告げる。


 両開きの扉を調べるデリク。

 鍵も罠もかけられていない。

 扉に集音器を当てるとなにやらゴショゴショとした声が僅かに聞こえる。

「誰かいる、呪文を唱えてるみたいだ」

「妖術の生贄の儀式なんてこともありえるわ。すぐに飛び込みましょう」

 ターニャはロッドを構えて言う。

「俺は殴られたくないから床に擬態するぜ。ドワーフ突撃、ターニャとオレが支援」

 そう言うとデリクは微かにコマンドワードを唱える。

 デリクが床に伏せると、マントは床と同じ模様になり、小人一人分の盛り上がりすらわからないような擬態になる。

 それを確認したドーリンは、大きく息を吸ってから扉を大斧で激しく叩いた。

 バリッ!

 扉ははじけるように開く。


 そこは塔の中では一番大きな部屋。窓が幾つもあり、塔の張り出し部分なのだろう。どんより曇った空と針葉樹林の雄大な眺望が見える。

 広間には一人の黒いフードローブの男が背を向けてしゃがみ、呪文を唱えていた。

 部屋の中央には魔法陣が描かれ、そこかしこに灯された蝋燭。魔法陣の中央には縛られて猿轡を咬まされた十六才くらいの少女がいる。

 彼女が誘拐された少女なのだろうか。

 部屋周りには幾本かの太い柱が高い天井を支え、部屋の四隅にガーゴイルの石像。


「おい! 貴様、何をしている!」

 吼えるドーリン。

 ターニャはドーリンの背後で身を縮めている。

 ローブの男は術の詠唱をやめた。

 しばし、無言。

「何か言え! 悪党め!」

 男はぼそぼそと、小声だが、何故か耳に響く声で、

「フフフ。見てわからんのかね。ご想像通り、生贄の儀式をしている。単にそれだけだ」

 不敵な笑い。

 ローブのために男の顔は良くわからないが、フードの下から口元だけは見える。髭はなく、病的に青白く痩せている。

「二人で来るとはいい度胸だ。だが、愚かとも言える」

 独り言のようにぶつぶつ喋る男。

 だが、確実に耳に響いている。

「この男、言葉にまで魔力があるわ。ちょっとやばいかも」

 ターニャが蒼くなる。

「当って砕けろ、だっ!」

 そう言うと、突進するドーリン。

 奇妙な印を結び、術を唱える男。

「ほら、喰らえ!」

 突然、何も無い床の上からデリクが出現し、男に丸い物体が投げつけられる。

 男は避ける間もなく、直撃を食らった。

 その球は男に当ると破裂し、ネバネバのとりもちで包んでしまう。

「つまらぬ技を!」

 男は転倒してもがき、術を行うための動作は中断する。

「どりゃ!」

 ドワーフの重い一撃。

 ガン!

 男は左腕をかざして、ローブの下に隠していたバックラーで重い斧を受け流す。

 斧は流れて男の脇腹を少し斬って床を削る。

「ガーゴイルよ! 目覚めろ、こやつらを殺せ!」

 血を流しながら叫ぶ男。

 次の瞬間、石像のようなガーゴイルたちの目に光が宿り、動き始める。

 ガーゴイルは石のような擬態がなくなり、爬虫類的な皮膚の質感があった。

 どうやら動く石像というよりは、そう擬態できる魔物と考えるべきかも知れない。

 しかし、魔物が動き出すのと同時に、ドーリンの大斧が男の体に無情にも振り下ろされた。

 斧は男を、ずんっという音と共に叩き斬ってしまう。

 戦士ではない男はバックラーでの受け流しに失敗したのだ。

 腕を切り、胸を割って床まで刃が到達する。

「ぐぅぅ……」

 断末魔のため息をついて、血を吐いて死ぬ男。

 フードがめくれ上がる。

 爬虫類のような目を見開き、尖った耳、無毛の頭部があらわになった。

「やった……のか」

 デリクのつぶやき。

 動きを止める、ガーゴイルたち。

 しかし、戸惑ったのは一瞬で、激しい叫び声を上げて動き始める。

「げ、妖術師が死んでも止まらないのかこいつら」

 慌てるデリク。

 床に溶け込み、再び見えなくなる。

 ドーリンは斧を即座に引き抜くと、魔方陣の少女を守るように身構える。

「喰らえ、稲妻!」

 静かにしていたターニャはいつの間にか術の詠唱を終え、ガーゴイルに向かって得意の雷攻撃を行う。

 雷は直線的に発射され、二匹のガーゴイルを貫く。

 ぶすぶす煙を上げ、倒れるガーゴイル。

 しかし、残り二匹は、一匹がドーリンに、一匹はターニャに肉薄する。

 ドーリンは大斧で器用に爪を受け流す。そして、横殴りの反撃。

 だが、敵もさるものでそう簡単に直撃を受けない。

 ガーゴイルの爪に斬られるが、ドワーフの重装甲には通じない。

 装甲の分だけ有利であり、斧を食らってじわじわと怪物は力を失う。

 魔物を倒すのは時間の問題である。

 しかし、ターニャはいきなり腕を激しく切り裂かれる。ロッドで身を守るが、魔物のラッシュに耐えうるわけもない。

 トネリコのロッドの木くずが飛び散る。

 苦痛のあまり、しゃがみこむターニャ。

「ターニャ!」

 ドーリンは叫ぶが、目の前の血塗れのガーゴイルは内臓を撒き散らしながらも、しぶとく粘ってくる。

 こいつは運がいいのか、致命傷をかろうじて回避しているのだ。

 目をつぶるターニャ。

 体が動きを止め、死を覚悟する。

 しかし、その瞬間。ターニャの足元の床から二本の矢が飛び出す。

 ブツッ、ブツッ!

 二本の矢は爬虫類めいた両目を貫く。

 ガーゴイルは、苦痛のあまり動きを止め、そして、二三歩後退する。

 デリクが、いつの間に足元に忍び寄っていたのだ。

 デリクは姿を現すと、更なる速射で、三本四本と魔物の体に矢を叩き込む。しかし、体に刺さった矢はいずれ傷が浅く、死に至らせる威力は無いようだ。

「思ったより硬いなこいつ。ターニャ、魔法でとどめさせるかい?」

 首を振るターニャ。

「む、無理よ……」

 両腕から血が吹き出ている。ショックで口を利くのもやっとなのだろう。

「それならこれで、動きを封じてやる。喰らえ、必殺鎖呪縛陣!」

 デリクは何処から取り出したのか、鎖を出すと、視力を失ってめちゃくちゃに暴れるガーゴイルに巻きつける。

 魔物の周りをぐるぐる回り、転倒させた。

「すごい……そんな技……いつ覚えたの」

「今だぜ」

「デリク、どけ!」

 殺気の篭ったドーリンの声。

 ひらりと身を避けるデリク。

 気合と共に斧が振り下ろされ、哀れなガーゴイルの頭蓋が叩き潰される。飛び散る脳漿。

「うげげ、きたねぇ」

 ハアハア、と荒い息をつくドワーフの背後には、上半身を原型なく切り刻まれた、もう一匹のガーゴイルが倒れている。魔物の執念のように、その右爪はドワーフの脇腹にぶら下がっていた。

「そうだ、止血、止血!」

 あわてて包帯を取り出すデリク。

 ターニャの腕を見るとかなり深く切れている。

 だらだらと血が流れ止まらない。

「包帯なんかじゃ気休めだな。おい、自称プリーストさんよ。下手するとやばいぜこれは!」

 斧を置くと、のそりと立ち上がるドーリン。

「………」

 怪我を確認しているのか無言である。

「どうなんだ、何か言えよ!」

 突然、言葉をつぶやくドーリン。

「エクセレス神、この者に癒しを授けたまえ。血を止め、肉を戻し、苦痛を和らげん!」

 信仰者の光り輝く両手。

 そっと押し当てると血は止まり、抉れた肉が再生していく。

 意識を失いかけていたターニャの顔に赤みが戻り、目に活力が戻ってくる。

「オオ、やれば出来るじゃん。俺にはわかっていたぞ、お前はやれば出来る子だ」

 デリクは嬉しそうに胸を張る。

「……俺はちょっと休憩するぜ」

 そう言うと、座り込むドーリン。

 よく見ると、彼も鎧の隙間から幾つか出血している。

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