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辺境王国と冒険者たち  作者: 弓師啓史


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1 三人の冒険者

 急峻な山脈と霧.


 人知れぬ深い谷。

 山脈のふもとには針葉樹の森が広がる


 森の奥、深い峡谷の中に白い塔がひっそりと立つ。

 その塔の白さは、自然の浸食により石材が干からびたためだろうか。

 塔の周辺には木はなく、深い草が生え、塔と同じ色をした岩がそこかしこに転がっている。塔の一部が崩れて落下してきたのだ。

 空は晴れているが、この地方特有のくすみが空気にあり、どこか日の光に弱さがある。


 シュッ!

 ごく僅かな音と、草の不自然な揺れ。

 ウサギでも潜んでいるのか。

 不注意な人間にはほとんどわからない。

 しかし、確かに塔の草地には何者かが潜んでいる。

 その者は非常に小柄で、自然に溶け込む色のマントを着込んでいる。

 体の大きさは人間の子供くらいであり、岩陰に潜んで塔の入り口を伺っているようである。

 塔の入り口は壊れた両開きの扉が床に倒れている。

 中は暗くてよく見えない。


「おい、どうだ、そこに誰かいるか!」

 突然、意識に流れ込む野太いがなり声。

 小さな人物の張り詰めた意識を壊し、たちまち頭痛を引き起こす。

「ツッ……いてっ、おい、もっと静かに話せよドーリン。これだからがさつなドワーフは」

 ぶつぶつ独り言を言う。

「おい、聞こえているぞ。デリク。それより、どうだ、魔物の気配はないのか?」

 塔の中は暗くてよくわからないが、枯れ草や砂が堆積した床を観るに何者かの気配は感じられない。

 デリク、その小柄な人物は額の小さなサークレットに手を当てて思念を送る。

 そのサークレットには魔法の力が込められており、誰かと思念で通信できるものらしい。

「とりあえずは何もいない、塔の一階は扉が開けっ放しになっているから外から近付くと丸見えになる。念のために一階を調べ終わるまで待機してくれよ」

 そう念じると、頭に思念が伝わってくる。

「わかった、たのむ」


 デリクはそっと、そして、素早く動く。

 その動きは小動物のようであり、忍ぶ時と大胆に動く時を見極めた、プロの忍びの動きである。

 入り口の階段の横からそろそろと這い寄り、中をこっそり観察する。

 中は、歳月がもたらす塵と埃が積もっている。

 床には精巧な細工の大理石が敷き詰められているのがそれとなくわかる。

 内部の壁と天井は真っ白に蜘蛛の巣が張り、彫刻や壊れた家具があるようだが、輪郭がわかるだけである。

「やはり誰もいないね。でも、妙に蜘蛛の巣がびっしりと張り付いている」

「そうか……ターニャ、どう思う?」

 野太いドワーフの思念以外に、もう一人の思念が伝わってくる。

 軽快な雰囲気は若い女性特有のものだ。

「デリク、その蜘蛛の巣の特徴は無い? 色が変わっているとか」

「……そうだな、蜘蛛の巣というより、粘液が張り付いているような感じだね。色も紫がかっている」

「……」

「これは間違いなく巨大毒蜘蛛の巣だろう。デリク、一人で突入して確認してくれ。俺は蜘蛛が苦手なのだ」

「ドーリンみたいなガサツで下品なおっさんが蜘蛛が苦手とか嘘に決まってる。だいたい、貴重なイケメン忍者であるこのデリク・ヴィクター様の命より、どこにでもいる野良ドワーフの命の方が明らかにどうでもいい。ドーリンこそ突撃しろ!」

「はいはい、微妙イケメンクソチビ。偉大な慈愛の神エクセレスの神官であるこの俺が安物のクソ妖精小人より価値が低いなんてあるわけが無い」

「誰が微妙だ! この酔っ払い!」

「偉大な神官様に嫉妬か? 冴えんチビなので仕方がないが」

「その偉大な神官様が奇跡の一つも起こした所を見たこと無いぞ。口先だけだろ」

「奇跡というのは真に偉大であるが故にそう簡単に見せるものではないのだ」

「いいかげんにしてよ! もう!」

 ターニャがうんざりして、思念の罵り合いをさえぎる。

「今はそんな話をしている場合じゃないでしょ。行方不明の女の子を早く見つけなきゃ」

「フン……」

 鼻を鳴らすドーリン。

 軽く肩をすくめるデリク。

「で、蜘蛛の巣で何か心当たりは無いのかい」

「そうね……デリクの説明を聞いた感じだと地蜘蛛の魔性化体が潜んでいるのじゃないかしら。地蜘蛛なら毒は持ってないかも。でも、魔物なら予断は禁物よ」

「でもどうするよ。巣の裏側に大蜘蛛が潜んでいるのかもしれない。が、見た感じはわからない。かと言って、のこのこ部屋に入れば、がぶりとやられるんじゃないか」

 デリクの推測。

「魔物が待ち伏せしているなら、ターニャの火球を叩き込んでやれば、労せず圧勝だろう?」

 ドーリン。

「ダメよ、それじゃ。消えた女の子が蜘蛛に捕まっていたら一緒に焼かれてしまうわ」

「そうだな、彼女が死んだら報酬はもらえない」

 彼らは行方不明者の捜索に来ていたのだ。

「結局、装甲固い人が蜘蛛を引き付けて出てきてもらって、ぶん殴って退治する他ないんじゃねーの。へへへ」

 デリクの笑い。

「そうね、私もドーリンの頑丈さを頼るしかないと思うわ」

「よ! ドーリン様、超頑丈!」

 おだてる妖精小人。

「フ、仕方がないな。偉大な装甲を誇るこのドーリン様が敵を食い止めるから。君達は俺のカッコイイ活躍を見ればいいぞ」

(僅かでもおだてると簡単に調子に乗ってくれる。単細胞を使うのは楽でいい)

 ほくそ笑むデリク。

「じゃあ、俺が閃光弾を放り込むから、蜘蛛が出てきたところをドーリンが斧でぶった斬る。手に余るようなら背後から蜘蛛を攻撃するから、ターニャは支援ヨロシク!」

「私は異存ないわ」

「うむ、ではそうするか」

 重々しく応じるドーリン。


 デリクが待っていると、針葉樹林から二人の人影が近付いてくる。

 一人は麻色の髪と茶色の瞳を持つほっそりとした背の高い少女である。とんがり帽子を被り、紺色のワンピースを着ている。トネリコのロッドと、魔法書。魔法使いの弟子ターニャ。人間の女十七歳。

 もう一人はターニャの半分程の身長だが横幅は倍。灰色の長い髭、異常なくらいにがっしりした体型で丸太のような腕を持つ。彼がドーリンである。オープンヘルムと黒鉄色のボロボロの板金鎧を着用している。獲物は大斧。自称神官のドワーフ、男、年齢不詳。

 二人が見えた時点で、デリクも立ち上がって手を振る。

 デリク・ヴィクター。妖精小人族の自称忍者。男。背はドーリンより更に低く、横幅はターニャより細い。全体的に黒を基調とした服装に、周辺に溶け込む魔法の施されたマント、弓、刀、その他隠し武器を多数持つ。年齢は成人したばかりの三十歳。妖精小人族はハーフエルフを小型にしたような生き物で、人間よりはエルフに近い。非常に俗っぽく、農業や商売を好む。中にはこのデリクのように冒険に勤しむものもいる。


 三人は配置に付くと、早速作業に取り掛かった。

「閃光弾を放り込むぞ、配置はいいか?」

 思念にうなずくドワーフとターニャ。

 デリクはそっと入り口の横から錬金術の閃光弾を放り込む。そして、俊足の動きで柱の影に潜む。

 数秒おいて……。

 ドシュ!

 破裂音と共に閃光弾に仕込まれた魔力物質が化合し、塔の一階に圧倒的な光が溢れる。

「ギシャーーーーーーーー!!!!」

 おぞましい叫び声が内部から起きた。

 特大の何かが壁と天井這い回るような音がする。

「気をつけろ! 何匹かいるぞ!」

 デリクが声を出す。

「一匹じゃ物足りない所だったぜ!」

 不敵な笑いのドーリン。

「えぇぇぇ。嫌よ」

 ターニャは若い娘らしい反応。


 やがて、生き物たちはパニックが終わると、毛の生えた細い棒のような足を覗かせる。

 やはり、ターニャの予想通り、地蜘蛛的な姿をしている。しかし、自然にいる蜘蛛とは似て非なるものである。強いて言うなら蜘蛛のパロディのような生き物であり、異次元から漏れ出してきた渾沌の魔獣である。

「来るッ!」

 デリクの警告。


 蜘蛛は巨大な牙をいっぱいに開きドーリンめがけて飛び掛る。

 ドーリンは特大の斧を正眼に構えるとじっと身構える。

 ガキッ!

 蜘蛛はドーリンの腹に噛み付くが、ドーリンはびくともしない。

 もし、鎧が板金鎧以外なら、彼はかなりのダメージを受けていただろう。

 しかし、蜘蛛の顎は硬さに負けて上滑りしている。

「死ね! バケモノ!!!」

 ドンッ! 

 振り下ろされた大斧は蜘蛛の上半身を突き抜けて縦に割る。

 飛び散る体液。

 ドーリンは一瞬で灰色の体液塗れになる。

 なんと、大蜘蛛はドーリンの一撃で即死してしまう。

 しかし、仕返しとばかりに白濁した大量の体液を撒き散らす。

「イヤー。汚い!」

 ターニャ。

「思ったより柔らかいぞ!」

「気をつけろ! まだ二匹出てくるぞ!」

 デリクの声。

 続いて、更に二匹がドーリンめがけて飛び出してくる。同じく正眼に構えるドーリンだが、しきりに頭を振っている。

「おい、どうした。早く倒せ!」

「チィ。目に体液が入りやがった」

 ドーリンは目が痛くてあけられないようだ。気配を頼りに大蜘蛛の攻撃を必死に受けるが、反撃する余裕は無い。

「いてて! 腕を咬まれたぞ」

「そこまでだ! 大蜘蛛どもめ! わが一太刀を受けよ!」

 すらりと細身の刀を抜くデリク。

「ま、まさかその刀は」

 ターニャ。

「フフ、そうだ、先日武器屋が勧めてくるから買ってみた銘刀おぼろ丸。今から必殺『真空霞斬り』で大蜘蛛を斬ってやるわ!」

(……能書きはいいから早くしてくれ!)

 ドーリン心の叫び。

「いつそんな技を習得したの」

「今思いついた。じゃあ。まあ、とりあえず。でやー!」

 デリクは刀を逆手に構え、ジャンプして斬り付ける。

 チィィィィン!

 安っぽい音と共に折れる刀。

 ぽと。

 力なく地面に落ちる刃。

「どうなった、敵は死んだのか」

 ドーリンは目をつぶって斧を振り回している。

「えーと、なんだか傷一つ付いてないようにみえるけど……」

 ターニャ。

「……くそチビ君。俺がピンチなのわかってる?」

 ドーリン。

「男というのは失敗をすればするほど大きくなるものだ」

 デリクが胸を張る。

「えーい、もう! 魔法でやっつけるからデリクは離れて!」

「や、やべっ」

 ささっと、小動物のように逃げるデリク。

 逃げ足は神速である。

 突然、影が濃くなるターニャ。魔道の力を特殊言語と指の印形で無から発生させる。

「稲妻!」

 バリバリという音と共に一条の雷がターニャの手より発せられ、

 後方にいた大蜘蛛を貫く。

 見事大蜘蛛は煙を上げて動かなくなった。

「やったー。さすがターニャ様」

 デリクが喜ぶ。

「フフン、私にかかれば大蜘蛛なんてこんなものよ。もう一匹も行くわよ!」

「待て! ちょっと待て!」

 ドーリン。

 ドーリンは利き腕を蜘蛛に咬まれ武器を封じられている。大斧の柄の石突でどかどか殴っているが、大蜘蛛は必死にしがみついてくる。

「電撃したら俺まで巻き込まれる! と思う」

「ドワーフは頑丈だから大丈夫じゃね?」

 デリクが適当な予想。

「固定観念に縛られると、足元をすくわれるぞ!」

「確かに、どうしようデリク。私、火球と稲妻しか知らないの」

「仕方が無いな……」

 するするとマントの中から短弓を出すデリク。

 目にも留まらぬ早業で矢を番え発射する。

 ターニャがまばたきした瞬間には四本の矢が蜘蛛を貫いていた。

 蜘蛛は動きを止め、ズルズルと力を失い地に臥す。

「すごーい、デリクって見た目以上に強いのね」

「弓より刀で倒したかった」

「オマエは弓だけ使ってろ!」

 ドーリンの怒声。


 大蜘蛛を倒し、安堵のため息を付いた三人は塔の様子を伺う。

「動きがないな。どうやら蜘蛛はもう出てこないみたいだ」

 デリク。

 ドワーフが腕の怪我を応急処置している間にデリクは一階を調べる。

 蜘蛛の巣を払うと背後には蜘蛛が潜むのに適したくぼみや穴が開いていた。

 そして、蜘蛛に殺された、ミイラ化した遺体がぞろぞろと出てくる。

「うげげ、最悪だ。血を吸われて死んだのがいっぱい出てきたぞ」

「きゃー。そんなもの見せないでね。死体は人間なの?」

 外から話しかけるターニャ。

「人間はざっと見たところ六人かな。金目のものは……あまり、ないな。貧乏な旅人ばかり襲っていたのか。後は鹿とか動物の死体だね」

「不幸な犠牲者から金を奪うか……手加減無いな。これだから不信心者は」

 ドーリン。

「死人に金は必要ないだろう」

「依頼の女の子は……」

「干からびてるからわかりにくいけど、女子供の死体はないぞ」

「よかった」

 胸をなでおろすターニャ。



2026/2/28~7/27 微修正


このお話は、かなり昔に書いて放置していたものです。

これ自体は完成していたのですが、続編の方が未完成だったので、発表するのも微妙かなと思い長々と手付かずでいました。

最近になって読み直した結果、続編の完成のめどが立ったので、この話を投稿しようという結論に至ったのです。

転生王子さんや熊君のお話にも顔を出している人物がいますが、時代が前なので、他作品を読んでいなくても問題ないと思います。

お話の全体としては、冒険者たちとそれに関わる人たちの群像劇、舞台となる王国の陰謀に巻き込まれるという感じです。

ご興味持たれましたら、お付き合いの程よろしくお願いいたします。

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