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翌日。移動教室の授業を終えて、宮城が一年の廊下を歩いていると、見覚えのある人物とすれ違った。
「宮城くん? だよね」
合唱部部長の川本だった。宮城に対して丁寧に頭を下げた。
「この前はありがとう。助かったよ」
「御礼は聞いています。姫咲先輩の力です」
後輩相手でも態度を変えない川本に好感を抱きながら、宮城は疑問を口にした。
「一年に用事でもあったんですか?」
「ちょっと友達と話していたんだ。雛形さんって知ってる? 面接をしたって聞いたんだけど」
雛形は覚えている。生徒会役員を志望した、一組の女子だ。姫咲の歪曲な妨害を受けて辞退したが、宮城としては採用したい人材だった。
二人は家が近所だと聞いている。雛形からも川本の名前が出てきた。仲が良いのだろう。
「諦めちゃったみたいだけどね。やっぱり生徒会って忙しいんだ?」
「姫咲先輩は心配性なので脅すような言い方になったんだと思います。決して能力不足を指摘したわけではありません。今も生徒会に興味があれば歓迎します」
「そう言ってくれるだけで喜ぶよ。ぼくが生徒会を勧めたから、ちょっと気にしていたんだ」
「川本先輩が?」
「少し後押ししただけどね。前から生徒会に興味がある感じだったんだけど遠慮していたからさ。ほら、姫咲さんに釣り合う人しか入れない、って決まりがあるよね」
「あれは、ただのデマです。姫咲先輩目的で生徒会に入るのは問題ですが、そこまで厳しくないですよ」
「ああ、そうだったんだ。誤解が広まるくらい人気があるなんて、やっぱり姫咲さんはすごいなあ……」
川本がどこか浮かれたようにつぶやく。以前の悩みが解決したこともあって、すっかり姫咲に対する評価が高まっているようだ。
「そういえば、最近、二年の間で怪談がはやってるんだよね。知ってる? 『金曜日の自主練』って話なんだけど」
ちょうど、宮城が調べていた話題だった。
「生徒会に相談が持ち込まれたばかりです」
「幽霊の調査までお願いされるんだ」
大変だね、と川本が苦笑いした。
「詳しく教えてくれませんか?」
「ぼくも先輩から聞いたことがあるくらいなんだけどね。たぶん一年を怖がらせるための作り話じゃないかな。どんな話だったっけ……」
考え込む仕草をして、川本が話を続けた。
「〝幽霊は実験の授業で亡くなったから化学実験室に現れる〟だったかな。それで夜の七時から九時の間、三階中を走り回るんだって」
幽霊が実験室から現れる情報は初耳だった。役立つとは思えないが、覚えておいて損はないだろう。
「参考にします」
「あまり力になれないけど、なにかお返しできそうなことがあったら協力するよ」
控えめに笑って、川本が階段の方向に歩いていった。