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「宮城くん、宮城くん! ヤバい! 超ヤバいって!」
騒ぎが起こったのは、昼休みだった。
秋村が大声を上げて教室に入ると、かなり慌てた様子で宮城の席まで駆け込んだ。
ただならぬ様子に、宮城と雑談していた高田が声をかけた。
「どした? つーか、落ち着け」
「ゴージャスでセレブオーラぱなくて髪つやつやでえっちくて良い匂いするファビュラスな先輩がうふふで宮城くん呼んでるんだけど!?」
「滑舌すっげぇ。なにも聞き取れん」
宮城は教室の入口に顔を向けた。廊下から藤乃森が笑顔で手を振っている。珍しい。一年の教室まで顔を出すのははじめてだ。
席を立つ。秋村たちの視線を背中で受けながら廊下に出た。
「どうしたんですか?」
「ごめんね~。金曜日の見回りなんだけど、わたし、行けなくなっちゃったのよ~」
謝罪のためにわざわざ直接言いに来たらしい。律儀な先輩だ。
「藤乃森先輩に手伝わせるような仕事じゃないですよ」
はじめから、くだらない幽霊探しにつき合わせるつもりはなかった。本来なら姫咲一人で十分だ。宮城も参加したくないが無理だろう。
「怜凪ちゃんは怖がりだから~。守ってあげてね?」
「逃げ足は一流じゃないですか」
「冷たいこと言わないの。宮城くんだから甘えられるのよ」
姫咲の表の顔だけを見ている他の生徒からすれば喜びそうな話だ。が、さんざん迷惑をこうむっている宮城からすれば憂鬱でしかなかった。甘えられるというよりも舐められているだけだ。
諦めがちに宮城は目を伏せた。断れる空気ではなかった。
「わかりました。できるかぎりのことはします」
「ありがとう。夜は怖いから男の子がいてくれたほうが安心よね」
「幽霊はなぐれませんよ」
「宮城くんもそんな冗談を言うのね~」
冗談のつもりではなかったのだが。
「じゃあ、お願いね。それと――」
藤乃森が一歩進んだ。宮城の首元に手を伸ばした。
「ネクタイ、緩んでる」
「……自分でやれます」
「遠慮しないの~」
にこにこ笑って、宮城の制服のネクタイを結び直す。強く拒むわけにもいかず、宮城はなすがままになった。
距離が目と鼻の先まで近づいている。甘くて華やかな香りがした。
ネクタイを結び終えると、藤乃森は満足した様子で廊下を歩いていった。すれ違う男子生徒が魂を抜かれたみたいに呆けていた。
女子の知名度は姫咲が一番だが、藤乃森もかなりの美人だ。大人の雰囲気だろうか。聖母とも魔性ともいえる、魅入られるような危うい包容力があった。
宮城が教室に戻ると、秋村がパックのりんごジュースを手にしたまま詰め寄った。
「なに話してたのっ?」
「生徒会」
「テンション普通!」
リアクションが大きい。相当驚いたようだ。
ふと、背後に圧力を感じた。
「…………宮城」
高田である。いつの間に回り込んだのか、宮城の真後ろにいた。
「い、今の誰だよ!?」
「藤乃森先輩。前の生徒会で副会長だった」
「へえー。生徒会にあんな人いたんだ」
秋村が感心する中、高田はうつむきがちにつぶやいていた。
「マジか……実在したのか」
「? 大丈夫か?」
様子がおかしい。心ここにあらずといった調子だ。
「頼む! 紹介してくれ!」
突如、高田が宮城の両肩を力強くつかんだ。目が血走っていた。
……ああ、なんだ。
事態を察して、宮城は脱力した。
どうやら藤乃森が気になったらしい。一目惚れだろうか。
「紹介できるほど親しくない」
話せるといっても、藤乃森とは生徒会の繋がりしかない。プライベートの接点はなかった。
「くっ、諦めねえぞ……ッ!」
希望が折れてなお、高田の熱意は燃えているようだった。
……すごいな。
恋愛で熱くなる心境を宮城はあまり理解できなかったが、前向きな姿勢は尊敬できた。普段から冷めている自覚はある。感情をはっきりさせられる高田が少しうらやましかった。
「翔陽くん、まさか」
秋村がハッとした表情になった。
「ああ、やっとだ。長かった……」
高田がどこか遠い目をした。窓の外は青空が澄み渡っている。
「ついに見つけちまったんだよ……おれの、お母さんをな」
……気持ち悪いな、こいつ。
宮城は、一瞬でも高田を尊敬した己を恥じた。
「翔陽くんのママ、昨日会ったけどね」
秋村があっけらかんと言って、りんごジュースを飲んでいた。




