後編
真っすぐ見つめてくるグレースに対し、セオドアは視線を逸らした。
「……言えないのだ」
「セオドア! どういうことだ!」
少し離れた場所から、国王の怒鳴り声が聞こえる。
「……もしかして、夢枕ですか?」
「!!」
そのグレースの問いかけに、セオドアと国王、その他国王の側近の高位貴族数名が驚き、目を丸くした。
他の者たちは、「夢枕って何のこと?」と騒めく。
カトリーナは、先程までのにんまり顔はどこへやら驚愕の表情を浮かべていた。
「……そうなのか? セオドア」
側に来た国王がセオドアに問いかけると、セオドアは観念したように口を開いた。
「……はい。先日、母上が夢枕に立たれました」
「なんと……!」
「グレースと、このパーティーで婚約破棄しないと、この国が……グレース自身が危ないとそう仰っていました。……そしてこのことは口外するなと」
セオドアの言っている『夢枕』とは、荒唐無稽な話ではない。
かつて、王妃が亡くなる数日前に、既に故人であった王妃の父、セオドアの祖父がセオドアの夢枕に立った。
祖父はセオドアに「我儘を言うと、一週間以内に母が死ぬぞ」と、そう忠告したのだ。
しかし、セオドアはそれをただの夢だと思い、あの日、母に強請り庭へと連れていってしまい、結果的に母は命を落とした。
そのこともあり、セオドアは当時自分を余計に責めてしまい、精神が不安定になったのだ。
そしてこの夢枕のことは、グレースと国王とその側近だけが知る話であった。
「……。今日のパーティーで婚約破棄しろと王妃様がおっしゃたのですね。それで、何故殿下はパーティーの日まで私に近づくななどと?」
「最初に母上が夢枕に立ったのは、一週間前だ。十八歳の誕生日当日までグレースを遠ざけなさいとおっしゃるだけだった。そしてその通り私はグレースを遠ざけた。……エスコートも出来ないのにパーティーに出てほしいと言ったのは、グレースに祝いの場にいてほしかった私のエゴだ。……今日を乗り切り、明日グレースには誠心誠意謝ろうと思っていたのに。
……昨日の晩、再度母上が夢枕に立たれた。そしてパーティーで婚約破棄をしろと、そうおっしゃったのだ」
会場内がシーンと静まりかえった。国王も、夢枕の話を初めて聞いたオリバーも沈黙している。
「なるほど……。それで私と離れている間に、こんなに霊達に憑かれてしまったのですね」
「……え?」
グレースは、セオドアの後ろの、数体の死霊達を凝視した。
片足のない女の霊、目玉が空洞の全身血まみれの男の霊、手と足が逆についている、楽しそうにはしゃぐ子供の霊……個性溢れる死霊達が、セオドアの背後に覆いかぶさっていたのだ。
「――――」
グレースは短く呪文を唱えると、死霊達に向かい手のひらを向けた。その瞬間、死霊達は『ぎゃあああああああああ』と悍ましい悲鳴をあげながら、すべて消滅する。
「さすがグレースだ!! 霊たちを一瞬で祓うとは!!」
オリバーがガッツポーズをし、妹を称える。
オリバーは霊をオーラとして感じることはできるが除霊はできない。そんな芸当ができるのはオリバーの知る限りグレースだけだ。
周りの貴族達は、当然霊など見えていなくぽかんとしていたが、中には感じ取れている者もちらほら居るらしく、すごい……と感嘆の声を漏らしている。
「まあ、殿下がそのブレスレットを付けてくれていたおかげで、懸念していたほどは憑かれていませんでしたわね」
グレースは、セオドアの右手首に付いているブレスレットを見て微笑んだ。
セオドアに渡したアメジストのブレスレットは、グレースが直接霊力を込めた魔除けのアイテムだ。即席で作ったものなので(本来は数ヶ月単位で儀式を行い、霊力を込める)、効果は気休め程度だったが、結果的に死霊には何体か憑かれたものの、とくに悪質な霊等には憑かれていなかったようで、グレースは安心した。
セオドアは霊媒体質である。亡霊、死霊、生霊、怨霊……あらゆる霊がセオドアに取り憑く。――精神が不安定なときは特に。
♢♢♢♢♢♢♢♢
母を亡くした当時、悲しみにくれるセオドアは霊達の恰好の餌食であった。今日の死霊達とは比べ物にならないくらいの大量の霊達が取り憑き、中には悪霊も数体憑いていた。
その影響で衰弱し寝込んでいるセオドアを心配し、国王は腕利きの医者数名にセオドアを診せた。しかしどの医者も原因が分からず、「心の病」ということで、経過を見守るしかなかった。
そして、セオドアの不調は霊の仕業では、と最初に気付いたのは王宮で働く父の付き添いで来ていたオリバーである。
当時は存命であったオリバーの父は霊感等まるで無かったが、故人であった母は霊能力のある家系の出身だった。その血を受け継ぎ、オリバーは霊をオーラとして感じとれる体質であった。
オリバーはセオドアの部屋を通りかかったとき、ここまでの禍々しいオーラを目の当たりにしたことがなかったため驚愕した。父にそのことを話し、自分より霊感のある妹を連れ、国王と父と共にセオドアの部屋を訪れたのだ。
部屋の中は、邪悪なオーラで包まれており、オリバーはすぐにこの場から逃げ出したいほどだった。ベッドで虚ろな表情を浮かべているセオドアに、国王が話しかけるが、セオドアの目には光がまったくなく、反応も薄かった。
連れてこられた当時十一歳のグレースは、「うーん」と少し呟いた後、セオドアの手を取り、目を見つめて優しく語りかけた。
「殿下、安心してください。王妃様は、殿下を恨んでおりません。もう苦しんでおらず、天国にいらっしゃいます。天国では病気もなく、楽しく暮らしておりますわ」
「……え……?」
ふと、セオドアの焦点の合わない目に光が宿り、グレースの顔を見つめる。この部屋中の邪悪なオーラが少し薄まったのをオリバーは感じた。
そしてその隙をつき、グレースは呪文を唱えると、大量の霊達を一瞬で祓ったのだ。
国王や、オリバー達の父は、グレースが何をしたのかは全く分からなかった。
しかし、セオドアに生気が戻っていることに気付き、歓喜する。
そしてセオドアは。霊こそ見えてなかったが、苦しみ、奈落の底にいたかのような自分を、目の前の美しい少女が救ってくれたことははっきりと認識していた。そして、母が天国にいる、自分を恨んでいない。本当のことは分からないがそう励ましてくれたことに、心がすっと軽くなるような感覚を覚え、それと同時に胸がズキズキと痛み出した。グレースに初恋を奪われた瞬間である。
その日のうちにグレースに求婚したセオドアに周囲は驚いた。しかし後日名のある霊媒師にきてもらい、息子が霊媒体質だというお墨付きをもらった国王は、グレースが息子を救ってくれたことに感謝し、霊を祓う力を持っているらしいグレースと生涯を共にすれば安心だ、と二人の婚約を後押ししたのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
背負っていた霊達を祓われたセオドアは、先ほどまであんなに悪かった顔色やよどんだ瞳が軽快し、文字通り憑き物が落ちたように、元の煌煌とした美しい容貌を取り戻していた。
憂いのあるルックスも素敵と話していた令嬢達も、前言撤回とばかりにその完璧な容姿のセオドアに見惚れた。
「……あ、ありがとう、グレース。祓ってくれたのか。体調が優れないとは思っていたが、霊が憑いていたなど……気付かなかった」
「ええ、私も久しぶりに祓いました」
出会って以来、セオドアがほぼ霊被害にあっていなかったのは、グレースが目を光らせて霊に付け入る隙を与えなかったのもそうだが、セオドアの精神がずっと安定していたのも大きい。
しかし、この度一週間程度であるが、グレースと離れ、精神が不安定になったセオドアは霊に取り憑かれてしまった。
そして、その元凶である夢枕。
「……グレース、このまま私と婚約したままだとこの国が……君の命が危ない。母上はそのことを心配して私に忠告しにきたのだ」
「……殿下、私言いましたよね。王妃様は天国に召されたと。あれから数年経ち、既に王妃様の魂は生まれ変わっております。……その夢枕は王妃様ではありませんわ」
「何……?」
グレースの発言にセオドアが目を丸くした。
「そこのカトリーナ・ミッチェル侯爵令嬢の策略です」
静かにグレースが告げると、カトリーナがひっと声を上げ、セオドアに助けを求めるようにその身を寄せた。
セオドアは、その精悍な眼差しでカトリーナを捉える。
「あ、というか君はなんなんだ。最近やけに私に纏わりついてきて。気力が湧かなくて追い払う気にもなれなかったが」
「ええ……?」
ここだけの話、セオドアは影でグレースにカトリーナが嫌味を言ったりしているのを知っていた。グレースが特に気にしてるそぶりもなく、自分に相談もしてこなかったので口出しはしなかったが。なので、セオドアは当然カトリーナに良い印象を持っていなく、正気を取り戻した今、ついつい冷たく言い放ってしまった。
カトリーナはその言われように愕然とした表情を浮かべる。
「……おそらく、カトリーナ様は昔殿下のお祖父様が夢枕に立ったという話を父親である侯爵様から知り、今回の件を思いついたのですわ。生霊を飛ばし、王妃様のふりをして殿下の枕元に立った。そして婚約者である私を遠ざけるよう言った」
「な、何を言ってるのよ……」
「最初の日に婚約破棄をしろと言わなかったのは、いくら口外するなと釘を刺しても、婚約破棄など事が事ですし、殿下が周囲の人間に相談し、自分の仕業だと発覚する可能性を恐れたせいですわ。だからまずはテストとして、達成しやすい、ただ十八歳の誕生日まで私を遠ざけるだけの指示を出した。それが上手くいき、貴女は昨日の晩、再度生霊を飛ばし枕元に立ち殿下に、パーティーの当日に婚約破棄を命じた。既に私が遠ざけられてるのは王宮でも噂になっていたし、周りからは私が何か殿下を怒らせて、婚約破棄されたという流れに見えますわね」
わざわざパーティー当日に婚約破棄させようとしたのは、先日言っていたロマンス小説を再現したかったのだろうか、とグレースは思ったが口には出さなかった。
カトリーナは声を荒げ、激昂した。
「……証拠が、証拠がありませんわ! なんなの生霊って!! 私、そんなことできませんわ!!」
「そ、そうだ! 娘を疑うとは、王太子殿下の婚約者とはいえ、たかが子爵家の娘が何を考えている!」
カトリーナの父であるミッチェル侯爵もそばに寄ってきて、娘を庇った。
「証拠? ……その着けている首飾り。呪具ですよね?」
「!!」
その言葉にカトリーナと侯爵は驚愕し、ぶるぶると震えた。
「私、この前貴女と会った時、その首飾りから何やら不穏なものを感じて、気になって調べましたの。東国で古くから伝わる、自らの生霊を飛ばす呪いのアイテム……文献にありましたわ。ああ、王妃様のふりをできたのは、その呪具は生霊の姿形も自分の思いのままに操れるからです」
グレースは淡々と説明する。
「な、なに言ってるの。これは普通の首飾りよ」
「そんなわけないでしょう。……だって、そんなに黒ずんでいるのに。元は違う色だったのでしょう?」
「え……?」
カトリーナは自分の首飾りを見る。
初めて手にしたとき、確かにこの首飾りは古くはあるものの鈍く発色していてそれがアンティーク品らしく上品でありカトリーナは気に入っていた。
――しかし、今気付いた。今自分が身につけているものは。首飾り全体が黒ずみ煤のようなものが出ており、今にもボロボロと腐れ落ちてしまいそうだった。
「……人を呪わば穴二つ。呪いなんてさっさとやめないと貴女、死んでしまいますわよ」
「キャアアアア」
カトリーナは叫び、その場を逃げ出した。しかし、すかさずセオドアがカトリーナを捕まえるよう警備に指示を出す。侯爵も一緒に捕まり、別の部屋へと移動させられていった。
「黒ずんでいたか? あれ……」
とオリバーが呟く。オリバーにはあの首飾りは少し変わったデザインとだけの、変哲もない装飾品にしか見えなかった。それは周りの者達も同様であった。
「……文献によると、あの首飾りの使用者が窮地に立った時、まるで自分の罪を自覚させるように黒ずんで見えるらしいですわ。二回も使ったようですし、大分真っ黒に見えたんじゃないかと」
「なんだ、カマをかけたのか」
妹の機転の良さに感心し、オリバーは快活に笑う。
――後で聞き取りして分かったことだが。
国王と共に東国に来ていたミッチェル侯爵は、そこであの首飾りを見つけた。
この呪具を使い、夢枕の件を利用すれば、かつての自分の娘を王族に嫁がせる、という目論見を達成できるのでは、と考えた。
東国から首飾りをカトリーナに送り、父娘で何度か手紙をやりとりをして作戦を立て、カトリーナが実行に移したということであった。
さすがに王太子を呪ったという王族への攻撃と言える行為は看過できることではなく。役職と侯爵位は奪爵され、父娘ともども平民の身分へと落とされた。
それからどうなったかは誰も知らない。
「さすがグレース。これからも息子をよろしく頼む」
静観していた国王がグレースに声をかけたので、グレースは頭を下げた。
「しかしセオドアよ。グレースを遠ざけ、霊に憑かれるとは。まさか自分が霊媒体質なことを忘れていたのか?」
国王は呆れたように、セオドアに問いかける。
「い、いえ……忘れていたわけではないのですが。元々私は霊は見えませんし、実際、グレースと婚約してからは霊に憑かれた経験がなく、あまり実感がなかったというか。最近体調が少し優れない事は自覚していたのですが……」
「全く……少しどころではなかったぞ。帰国早々、死人が出迎えにきたと思ったわい」
国王とセオドアの会話に、グレースはくすりと微笑む。
「もう、たった一週間私と離れただけでこれですよ? 殿下は嫌でも私と一緒にいなくては駄目ですわ」
グレースは冗談めかしてそう言った。
「いや……霊のことがなくても、私はグレースと一緒にいたい」
「え」
セオドアに真剣な眼差しで見つめられ、グレースの心臓が跳ねた。
「この一週間離れて、とても辛かった。……でも君が死んでしまうほうが怖かったんだ。……いつも助けてくれてありがとうグレース。ずっとそばにいてくれ」
セオドアはそう言ってグレースの華奢な体を抱きしめた。
グレースはというと、セオドアの熱烈な言葉に真っ赤になった顔面を隠そうと、セオドアの厚い胸板に更に顔を埋めた。
「……で、殿下……。こちらこそ、ずっと一緒にいてください……」
と、胸板に顔面を押し付けてるせいで若干くぐもった声で返事をし、セオドアの背に手を回した。
この一週間、本当はずっと不安であった。カトリーナが策略を巡らしていたのは首飾りの文献を漁ったときに察しがついていたが、やはり先ほどセオドアの口から「婚約破棄してくれ」という言葉を聞いたとき、努めて冷静を装っていたものの、グレースの心臓はばくばくと跳ね、手先は震えていたのだ。
今、愛するセオドアに抱きしめられ、グレースは安心と幸福を味わっていた。
周囲の貴族達が歓声を上げる。
オリバーは涙をぬぐいながら、「良かったな、グレース……!」と力強く頷く。
国王も満足そうに笑みを浮かべた。
この国の王太子はたいそう憑かれやすい。でも隣に愛しの婚約者がいる限り、大丈夫のようである。
【終】
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