序章
「…神よ。祝福を与えたまえ」
白いローブを身にまとった男がしわがれた声で言った。そして青白い顔をした娘に手をかざす。ステンドグラスから光が差し込む。娘の顔を光が照らす。すると娘はぱちりと目を開けた。
「アン、アンなのね」
娘の傍らにいた妙齢の女性が娘に向かって声をかけた。女性は髪をとりみだし、人目をはばからずボロボロと泣いていた。隣に若い男も立っていた。彼も目を赤くして、鼻をすすっている。娘は焦点のさだまらない眼で二人を見て声をかけた。
「どうしたの、」
「アン、あなたはね、死んでいたのよ」
「えっ、じゃあ神父様が…」
「そうよ」
娘の顔が歓喜の色に染まった。
「よかった。じゃあ、私は生き返ったのね」
「もう、喜んでないで。神父様に感謝しなさい」
「ありがとうございます、神父様」
素朴な笑顔を浮かべて、娘は白いローブの男に感謝の言葉を述べた。白いローブの男は笑い皺を深くして彼女に答えた。
「感謝されるほどのことではないよ。これから神への信仰を捨てずに持っていてくれればそれでいい」
「もちろんです。私、これからも教会に毎日通いますね」
「本当に、本当に娘を生き返らせてくれてありがとうございます」
親子は繰り返し感謝の言葉を述べながら教会から去って行った。親子がでていき、白いローブの男は一人取り残された。雲が通り、窓から光が消えた。
「私は知ってしまった。本当のことを。しかしこれは、話してよいことでは」
白いローブの男の言葉は苦悶が滲んでいた。しかし彼の言葉は誰にも届かずに、闇に消えた。