第19話 祖竜
「固有技能、『万魔殿』」
『南の祠』に用意した閉ざされた空間へ、俺の指定した配下の魔物と、
触れた対象を一定時間転移させる能力。
ゼノとガームを処分した俺は、結晶島に再転送される。
統率者を失った奴隷の集団は、俺が命じた死体の群れと入り乱れていた。
悲鳴と怒号が交錯し、敵味方の区別すら曖昧になっている。
「聞け!」
奴隷たちがこちらを向く。
「お前たちの頭は討ち取った!
今降伏するならば、命までは奪わないと約束しよう!」
混乱する奴隷達。
抵抗する者は死体兵に殺される。
やがて一人、また一人と武器を降ろしていった。
ラビリリスとリリは満身創痍ながらも、ケレッゾを救出している。
麻袋を外すと、ケレッゾの息はあるようだ。
「よかった……本当に……」
ラビリリスはその場に膝をつき、支えを失ったように崩れ落ちた。
彼女はそのまま、意識を手放した。
***
***
窓から差し込む陽光が、まぶたを刺す。
「……ここは、痛ッう……」
体を起こした瞬間、全身に痛みが走る。
裂傷から滲んだ血が、包帯を赤く染めていた。
「目覚められましたか」
「ヒトツ……」
「昨日は助けるのが遅くなり申し訳ありませんでした。
なかなか隙のない奴で……おっと」
「ああ、あああああ!」
感情が溢れ、言葉にならない。
喉が震え、ただ涙だけがこぼれ落ちた。
彼は優しく私の頭をなでていた。
***
***
「ごめんなさい、みっともない真似を……」
「いえ、あんな状況だったんです。今はお心の整理をされてください」
「ありがとう……、貴方が生きていて、本当に良かった」
「ええ、ありがとうございます」
これで、エントリア王国の王女に恩を売れた。
全て、計画通りだ。
宿屋の階段を下りると、リリが椅子に座り手帳を読んでいる。
「リリさん……で、いいんですよね」
「え?ああ。まー……そうっすね」
「聞いても?」
「もう見られちゃってるしね。いいっすよ。
ウチの固有能力は式神っていって。
そっくりのコピーを作れるんす。でも」
でも――
彼女はタグを見せる。
「コピー側のレベルは半分になるんだよねー。
それに記憶も半分しか引き継げない。だから、これね」
手帳にびっしりと記された毎日の記録。
「ちっさい時から、ラビリリス様の残機として育てられてるってわけっすね。
だから名前をちょっともらって”リリ”。面白いでしょ」
「笑えませんよ」
彼女は天井を見上げる。
「では、本当のリリさんは……」
「あはは、本物ってなに?そんなのとっくの昔に死んでるっすよ。
ウチは何回も何回も生みだされたコピー。手帳を見ると……四回目、みたいっすね」
彼女は椅子を前後に漕がせ、まるで今日の献立でも話すような軽さで、
自らの死を語る。
気まずそうにする俺の顔に彼女は気づく。
「しんみりするのは無しー!別に、本人が納得してるんだから!
ケレッゾ様も起きないし、ラビ様も休んでた方がいいしさー。
動けるのはウチらだけなんだから、船でも直しにいこーよ」
「ヒトツ様」
「おわっ」
扉の壊れた宿屋の出入り口に立つ巫女。
「祖竜様がお呼びです」
***
巫女に連れられ、火山を抜け、里の反対側、未踏の地。
そこに巨大な”山”があった。
『おお、最も貢献したのが……貴様とはな』
”山”がうごめく。
その存在感だけで気を失いそうになるほどの圧力。
その山が、太陽を遮るように立ち上がる、まばゆい輝きを放った。
「この姿では初めましてだな、土くれ」
光が収まった後に現れたのは、
盛り上がった筋肉と、2mを優に超える長身の美丈夫だった。
人の姿を模してなお、大気が震えるほどの圧を放っている。
「望みを言ってみろ、余が叶えてやる。何でもだ」
鋭い黄金の瞳が光る。
「ああ、すまんな。勝手に観えてしまうんだ」
「……俺の望みの前に、謝らねばならないことがあります」
俺は膝をたたみ、地面に頭をこすりつける。
「貴方の娘を許可なく、三人孵化し、俺のダンジョンで預かっています」
「ほう……」
「願いは、その子らが今後も不自由のない魔力を供給していただく事です」
「……、何故己を偽る」
「は……?」
「貴様の望みは”それ”ではないだろう。
内に燃える、煮えたぎる”それ”を何故、余に願わぬ。
叶えられるかもしれんぞ、余なら」
見抜かれているのだろう。恐らくはクリスフィアスの時のように。
俺は懐から真っ黒な魔石を出す。
「俺の家族です、彼女の復活を……」
「……」
「願いません、今はまだ」
「理由を聞こうか」
「まだ、今の俺ではこの子を守れない。守り抜く力が足りない」
「く、ははは。はははは!いや、試すような真似をした。許せ。
余は蘇生の魔法を使えない。
時が来たら教会にでもやらせればいい」
豪快に笑い飛ばす。
「その程度の望みであれば、叶えてやろう。それはそれとして」
大男がズンズンと音を立て俺に近づく。
肩をたたいた彼はニカッと白い歯を見せ笑う。
「人の娘に何してんだぁああああああああああ!!!」
「ぐああああああ!!」
突然の咆哮と共に、視界が上下に回転した。
バックドロップ、逆エビ固め、チョークスリーパー……。
岩をも砕く剛腕で、俺の土の体がミシミシと悲鳴を上げる。
何故この世界にプロレス技がある!?
「ふぅ、この体になると色々試せて良い」
「ハァ……ハァ……」
「あの子らが選んだ事なのだろう。癪だが。
であれば、親がどうこう言うものではない。本当に癪だが。
こんな土くれごときにやるのは本当に癪だが……、
こんな時を余は待っていたのかもしれん。」
全然怒ってるじゃないか……。
腰を下ろすと、ずしん地響きがする。
「余の敷いたしきたりを真面目に守り続けて、長い時を過ごしてきた。
いつしか、それが当たり前になった。当然だ、皆余の子らなのだから。
親が恐ろしくて、簡単に反対の言を述べる者はいない。
そのように余がこの島を作ってしまったのだ。長い長い年月をかけて」
遠いまなざしで彼は海岸を眺める。
「疑問を持つ者は反発することなく、自ら島を離れる。
誰も余に異を唱える者はおらんのだ」
「シルキー……ですか」
「ああ、あ奴もそうだ。だが余はこの島の子らが愛おしくてたまらない。
竜も竜人も、大切な余の家族だ。
だが、そんな余の怠慢のせいで、この状況を変えられんのだ」
「変えてしまえばいい」
「無理だ。現実問題として、産めや増やせやで増え続ければ、
この島の魔力は確実に枯渇する。」
現実的な問題と、極端な解決策。
「余はな、お前が連れ出した子らが”竜”の新たな可能性を見つけてくれる事を
願っている。
あとな、子供のうちは親の脛を齧ればよい」
祖竜が地面をたたく。
「今、魔力経路をつなげた。あのヤンチャ共が腹を減らさない程度にな。
ついでにお前たちくらいの雑魚なら食い残しで生きていけるだろう」
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げる。
「子を見捨てる親などおらん。
これはお前の願いとは関係なくやるつもりであった事だ。
無論、この件を言わずに己の欲望にまみれた願いを言うような不届き者だった時は、
その限りではなかったがな」
「ハ、ハハ……」
「だから、もう一つ願いを言え」
想定外の言葉。
本来はここまで確約できれば、王国側には成果を得られなかったと説明するつもりであった。
「……では、エントリア王国との魔石採掘量の交渉に、色よい返答を」
「そんなことで良いのか?」
「ええ」
「ハハハ!面白い奴だ。……いや?まて。
あの国を乗っ取ろうと言うのだから最終的にはお前に利があると言う事か」
俺は否定せず、深く、不敵に口角を上げた。
「ええ、その通りです。俺は欲深いですから」




