第3話 海賊
時は遡る。
俺達は森を抜け、港町”マ”を目指していた。
「うえっ、口に虫入った、ひゃひょぉ~ほっへぇ~」
「見せるな」
”南の祠”は出張中店じまいだ。
魔物が一匹もいないダンジョンに、冒険者が来る理由もない。
「それで、俺は炭鉱夫の応援ということで乗り込めばいいんだな」
「ほうへふ。ぺっ!……炭鉱夫ってぇ、ほとんどドワーフなんだケド☆
商会が数合わせで現地で”信頼のある”穴埋めを雇ったりするんだよネ」
乗り込むのは王族専用の特別船。
上層には王族と護衛――優雅な船旅。
下層には炭鉱夫。
そして最下層には、罪人と奴隷。
最下層じゃないだけリンリンに感謝しなければな。
「”例の件”首尾は?」
「バッチリ~☆」
リンリンが一枚のメモを渡す。
「そこに行けば、愛しの人に会えるよん♡」
「上出来だ」
***
港町”マ”は、南の祠からさらに下った先にある。
町に着くと日も暮れかけていた。
港町らしく、市場の闊達なやり取りと粗野でいて気持ちのいい笑い声が響いている。
リンリンは宿屋に行き、俺は目的地を目指す。
路地裏を歩き、人気がどんどんなくなっていく。
薄暗く、ゴミが転がり、猫が走る路地裏。そこに灯りがある――バーだ。
土で作った仮面を着ける。
中から町とは性質の違う荒々しい笑い声や怒声が響く。
扉を開けた瞬間、視線が突き刺さる。
「悪ィな、ニィチャン。ここは”フージン海賊団”のたまり場なんだわ?知らねえなら回れ右だ」
「取引にきた」
静寂。
「おいおい、なんの冗談だ」
青いバンダナをした筋骨隆々の男が立ち上がり、目の前に立ちふさがる。
「顔を晒せない無礼は詫びよう。だが、聞いてほしい」
「ほぉ~」
近くの机に「座れ」と促され、乱暴にジョッキを置かれる。
「俺様と勝負に勝ったら話を聞いてやるよ」
「いいでしょう」
俺はジョッキを飲み干す。
「開始の合図はまだだぜ?」
「貴方も勝負の前に飲んでるじゃないですか。フェアにいきましょう。もう一杯」
「ギャハッ!漢じゃねえか!オイ!次のがきたらもう開始の合図していいぞ!」
机に互いのジョッキが置かれると、海賊たちが雄たけびを上げる。
勝負開始の合図だ。
―—
―—―—
―—―—―—―—
「ほ、ほはへ、なはなはひゃふひゃへえは」
「それほどでも」
三十五杯。
気づけば、誰も笑っていなかった。
魔物はアルコール耐性がある……わけでは無い。
ジョッキを置くたび、足元の砂がわずかに湿り気を帯びていく。
喉を通った琥珀色の液体は、砂に吸われ、そのまま外へと流れ落ちる。
砂にいくらアルコールをぶちまけても意味はないってだけの、ある種のチート技。
飲んでるわけでは無いのだ。そりゃ酔わない。
「で、儲け話なのですが…」
「ほ、ほひ…」
「ああ、もう。……ったく、船長は。デビット!上で寝かしてきてくれ!」
切れ長の目をした、青バンダナの男が現れる。
「お前の漢気見せてもらったぜ。船長はスマン。今日は使い物にならねーな、ありゃ」
「貴方は…」
「俺はシェス。副船長だ。儲け話ってのを聞かせてくれねえか?船長は脳筋だから、脳みそはオレがやってんだ」
「そういうことなら。単刀直入に言います。
王家の船舶を襲い、王女を攫い身代金で儲けませんか」
「なっ」
男がこちらを見据える。
「馬鹿か?お前。騎士団が乗ってるんだぞ!?勝てるわけねえ。」
「勝てる、と言ったら?」
「ハハ!どうやって」
僕は懐から羊皮紙を取り出す。
「お前……これ」
「乗船許可証です」
「マジかよ!スゲぇ、初めて見たぜ…、ドワーフ専用じゃねえのか?これ」
「ツテがありまして。俺はあの船で罪人でない自由に動ける唯一の”ニンゲン”。
きっと役に立ちますよ」
シェスが唾をのむ。
「策はあんのか?」
「最下層の奴隷を解放する。
混乱が広がったところで、”信号弾”を上げる。
――そこを叩いてください」
「……へぇ」
「夜襲であれば騎士団といえど、崩せるはずです」
シェスは目を細める。
「それなら、確かに勝算があるかもな……。
それに俺達にとって狼煙っていう保険があるのも気に入った」
「でもな」と続ける。
「話は分かった。
だが、お前は何者だ? 炭鉱夫がなぜ海賊にこんな話を持ちかける。」
「金じゃないところに俺のメリットがあります」
「クッフフ、ハハハハ!
なるほどな、お前、”お偉いさん”の関係者か。仮面の意味も分かった」
「では」
「出航はいつだ?」
「一週間後です」
シェスはジョッキを置く。
「俺とは飲んでなかったよな」
「……」
「勝負に勝ったら、明日オヤジには話しておいてやるよ」
その晩、バーの酒はすべて空になった。
***
あれから一週間が経過した、夜も明けきらぬ早朝。
「これでいいだろう」
必要な荷物を麻袋に荷を詰め背負う。
扉を開けると、リンリンが立っていた。
「しゃちょ~、ん♡」
唇をつんと突き出している。
「はぁ……世話になったな」
おでこにチョップをしようとしたら、タイミングよく背伸びをしたリンリンの唇に手が触れる。
しまった……。
「しゃ、しゃしゃしゃしゃちょぉ……絶対無視されるとおもったのに……♡♡♡」
やってしまった。後ろでくねくねしているリンリンを置いて、宿屋を出た。
***
まだ登りきらない朝日が、船着き場で忙しなく動き回る人々を照らしている。
船を探すと、漁船とは比べ物にならないほど巨大な船が停泊していた。
出航の準備をする船員が、こちらもまた慌ただしい。
近くには、背丈の低い男たちが見える。ドワーフ族だろう。
せっかくだ。状況に溶け込むため、俺も”ドワーフ”になるとしよう。
闇に紛れ、己を構成する砂の形を変える。
徐々に太陽がのぼり、鎧を纏った規律ある動きの兵士に連れられる一団が現れる。
「此処で良いわ。先に乗っていてちょうだい」
朝日にキラキラと光るブロンドの長髪。
リンリンから聞いていた容姿と合致する。
――思ったより、綺麗だな。
エントリア王家 第二王女”ラビリリス・エントリア”
「いえ、万一があります」
「……はあ、好きになさい」
青を基調とした鎧を纏う白髪の男。
彼はラビリリスの騎士団長”ケレッゾ”だろう。
ラビリリスは船を物憂げに見上げる。
「”ドラゴニア”の交渉、私が赴いたところで、上手く事が運ぶかしら」
「何をおっしゃいます……、と言いたいところですが。
そう気負わず。彼らとの交渉など、儀礼的なもの。
変わらぬ魔石の採掘権の確認にすぎません」
「本来の目的は違うはずでしょう。より多くの採掘の許しをいただくこと。
これに他ならない。エントリアの国力を高めるには……」
「わかっております。だが、彼らは”万年”、あの調子なのです」
「……それもわかっているわ。だからこそ歯がゆいのよ。」
「お察しします」
王女の気が済んだのか、一団は船に乗り込む。
数刻が過ぎ、船員が声を張る。
「おぉい!ドワーフ達!乗り込んでくれー!」
のそのそとドワーフが集まり、列をなす。
「おん?初めて見る顔ダナ」
物珍しそうに此方を覗き込む、ふくよかで身長の低い男。
彼らドワーフ族の特徴だ。
「田舎に住んでまして」
「田舎?田舎ってどこよ。
オデ、大陸から出稼ぎに来てンだ。”ダボ”だ。よろしくナ」
「よろしく。俺はタ村の”イチ”」
「ええっ!?こん島で生まれたのか?珍しぃーな。
んー……なんかオメェ。やたらオデに似てねえ?」
しまった。コイツを参考に姿を変えたんだった。
砂の密度をミリ単位で操作し、鼻をわずかに低く、耳の角度を三度ずらす。
「そうか? 」
「んーーーー。まっ、ドワーフなんて皆こんなモンか!」
タンジュンな奴で助かった……。
世間話をしながら俺たちは船に乗り込んだ。
タコ部屋に押し込められるのかと思ったが、ドワーフの居住区は意外にも快適だ。
それぞれに個室が割り当てられており、食堂で朝から楽し気に酒を飲む者もいる。
外に目をやると鎖につながれた奴隷たちが、ここよりもさらに下層に押し込められていく。
事前にリンリンに手配させた、船内図によれば、
この下層から最下層につながる階段がある。
現物を確認しに行くと、当然、金属製の扉に、
しっかりと閂で出入りをふさがれている。
……『腐食薬』を閂の受け金具に塗っておく。
これだけでは木材は即腐ることなどない。
合わせ技だ。俺の魔法で閂の性質を土に寄せる。
腐食で滅茶苦茶になった繊維がちぎれ、夜には使い物にならなくなるだろう。
決行は今夜。




