73. 実戦講義?
どうやらアレクは最初の私との握手で手の骨にヒビが入っていたらしい。
赤雷を撃ち返されるたびに骨に衝撃が入って、耐えられなくなったせいで隙を晒してしまったのだろう。
1人の武人として言い訳みたいになるから、とあまり言いたくなさそうにしていたが、このまま放置するのはこちらとしてもあまりいい気分じゃない。
ハンデを貰って勝っても嬉しくは無いからね。
というわけで、歓声が上がる中こっそりポーションを手渡して『決着は大会で』と耳打ちするにとどめたのだった。
それにしても、あのまま続いてたらどっちが勝ったのだろうか?
やっぱり若干スタミナに余裕があった私の方に理がありそうな気もするが、彼の手があれだけとは思えない。
私だって切ってない札はいくつもあったし。
「他に挑戦者はいないのかしら?」
ジュンが呼びかけると、歓声を上げていた冒険者たちが別の意味でざわついた。
「赤雷と互角にやりあう子供を相手にするだって?」
「むりだろ、あの身のこなし見ただろ?」
「剛傑ならあるいは耐えるかもしれねえが……」
「いやあいつは堅いだけだろ、俺でも避けれるぞ」
「ここにはいないがな」
「やれそうなやつって言うと、狡猾卿はどうだ?」
「あいつ今隣国だろ?」
「まじかよ、最近見ないと思ったら……」
どうやら、我こそはと名を上げる者はいないらしい。
「それなら、今日1日貸切らせてもらってもいいかしら?」
「それなんだけど、別に貸切る必要はなくない?」
ジュンの発言に割って入る。
「ジュンはただ、思いっきり新しい武器の使い心地を試したいだけでしょう?
だったら、少しスペースを確保してもらうくらいでいいんじゃない?」
「……それもそうね」
ジュンが素直に頷くと、周囲で話を聞いていた冒険者の1人が苦笑した。
「おい、聞いたかお前ら。貸し切りじゃなくていいらしいぞ」
「だったら少し詰めりゃ充分だな」
「おい、そっち空けろ! 中央使わせてやれ!」
誰かの声をきっかけに、訓練場にいた冒険者たちが次々と端へ寄っていく。
「ずいぶんと協力的なんだね」
アレクを見上げながら尋ねると、彼は肩をすくめながら言った。
「お前の試合をもっと見て学びたいんだろ。
動きはトリッキーだし速いが、できない挙動ではないからな。
俺もいくつか参考になったし」
「私の動きが?」
信じられない、と片方の眉を持ち上げて見せる。
「わかるわ。
だって私、武器の上に飛び乗って接近するなんて芸当、思いつかなかったもの」
「ああ、小型の魔物がたまにやることはあるが、人にもできるとは思われてなかったからな」
「私にとっては古典なんだけど……まあいいや」
牛若丸と弁慶の戦い。
個人的には有名どころだが、異世界だしなぁ。
改めてスペースが出来上がった訓練場を見て肩をすくめる。
「そういうことなら、私ができる限り教材になってあげましょうかね」
やれやれ、と腰の刀に手をかけて前に進み出ると、四方八方から拍手と歓声が上がった。
後ろをジュンがついて歩いきながら手を振って応えて見せると、何処からともなく口笛が響いた。
「よっ、太っ腹!」
「おい年頃の娘に太っ腹は酷いだろ!?」
「慣用句じゃないか!」
「聞いたことねえよ!」
笑い声。
ここの冒険者は、どうやらみんな陽気らしい。
「ユーリ、胸を借りるわ。
でも覚えてなさい、いつか絶対、今度は私が胸を貸してあげるから」
「それは楽しみだ」
「馬鹿にしちゃって。
覚えてなさいよ、本当に」
笑って返すと、彼女はベー、と舌を出して少し離れた位置に陣取った。
***
「──始め!」
再び介添人を受け持ってくれたエリーゼが手を振り下ろした次の瞬間だった。
ジュンは、目にも留まらぬ速さで目の前まで接近してきていた。
「うおっ!?」
撃ち込まれる初太刀を打ち払い迎撃するも、すぐさま回り込むように離脱されて下段からの斬り上げが足元を狙う。
──速い。
〈高速思考〉のおかげで実際はゆっくりに見えているはずなのに反応が難しい。
事実として速い上に初動が小さく気配を感じにくいこと、加えて視線誘導によるブラフの予測ノイズが彼女の本命の攻撃から意識を退かせていることが原因だろう。
あとは単純にサーベルの軌道が読みにくい。
フルーレを使っていた時の名残か、あの頃ほどではないがフリックのように回り込んでくる突きを、刀身のカーブを応用して再現している。
というか、サーベルの方が軌道が直線的で読みにくい。
なるほど、手の内で柄を返しているのか。
だから途中で軌道が変わったように見える──。
私には〈不意打ち耐性〉があるから、若干攻撃を読みづらいくらいだけど、これがなかったら多分どれだけ目が良くてもかすり傷くらいは受けていたに違いない。
「くっ、当たらないわね!
わかってたけど、前より格段に強くなってないかしら!?」
「ありがとう。
ジュンの方も強くなってると思うよ。
まあ、速度もブラフも申し分ないけど、狙いが正確すぎて──」
背後からの斬撃を見ずに屈んで回避し、そのまま足払いをするのをジュンはバックステップで回避する。
「──正直、物足りなさはあるけどね」
「言ってくれるじゃない」
基本的にヒット&アウェイ。
彼女の剣速も相俟って、相手を翻弄する剣としては似合っているかもしれないが、私には相性が悪いとしか言いようがなかった。
「何かアドバイスはあるかしら?」
なかなか有効打になりそうな手が入らず、若干イライラした声を上げるジュンに、私は顎先に指を当てて思考を巡らせた。
「そうだな。
今のジュンの剣は、技と速さがあっても威力が足りていない気がする。
もっと一撃で仕留めるという気概を持って、相手の防御ごと打ち砕くつもりできたらどうだ?」
「相手の防御ごと……」
私の言葉に何か思うところがあったのか、サーベルを握りなおしながらオウム返しするジュン。
例えば示現流や薬丸示現流といった薩摩の流派は『一の太刀を疑わず、二の太刀は負け』という思想を持ち、初太刀で敵を倒すことに特化していた。
幕末の新選組局長だった近藤勇や副長の土方歳三も『薩摩の初太刀は外せ』と言っていたのはかなり有名な話である。
「そうそう。
あとはそうだな、これは基本だけど1つの攻撃に2つ以上の理を持たせるというのも覚えておいた方がいい」
「2つ以上の理?」
アイザックから最初に学んだ技法だ。
ただ刀を振るにしても、それだけで終わるのはもったいない。
その一撃が相手を仕留めそこなった場合を考えて、相手の動きを誘導する、斬り終わりが次の攻撃のための溜めや準備に繋がる、視線誘導に繋がる──といったことを考える必要がある。
彼女の場合は視線による誘導はある物の、それはただ一撃をわかりづらくしているだけに過ぎない。
動きの誘導も少しはできているかもしれないが、まだ詰めが甘い感じがある。
「例えば私なら、次の相手の動きを誘導するということを積極的にしている。
足元に一太刀入れれば、相手は必ず跳ぶか何なりして場所を移すだろう? そして移動する際もこちらにとって不利になるような位置取りを必ず選ぶ。例えば最初にジュンが私の側面に回り込んできて足を狙ったような具合に。
要するに敢えて隙を作ってそこに誘導させて攻撃を打ち込ませるんだ。
するとカウンターが決まりやすくなるし、相手の攻撃も見えやすくなる。
隙を作ってないところに飛び込まれたって、事前に隙をなくしているのだから対処は容易い」
刀を肩に担ぎながら宣うと、彼女は複雑そうな顔で『やってるんだけど……』と呟いた。
「相手の思考をちゃんとトレースしなきゃだよ。
戦いは読み合いが9割だからね。
見てから反応するんじゃ遅すぎる」
「……難しいけれど、わかったわ」
ジュンはそうつぶやくと、再びサーベルを構えてこちらへと突進したのだった。
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