22. 自業自得?
優秀な奴隷の魔法使い、マーリンを仲間に加えたことで、私の家計はまさに火の車になろうとしていた。
人を養うというのにはとにかく金が要る。
食費はこれまでの2倍になるし、ランニングコストとはいえある程度服とか、あと冒険者としての仕事に連れていくのだから装備品──ローブとか杖とか──を揃える必要も出てくる。
そうなってくると、昨日と同じような稼ぎ方では効率が悪いし、何より夢のマイハウスまでの距離は遠のくばかりで貯金なんてできやしない。
とはいえ、彼を買わなかったとしても依頼を行うのに推奨最低人数なんてものが設けられているのであれば、最近少しは克服してきたとはいえコミュ障気味な私には、あれ以上の稼ぎを出すのは難しい話である。
要するに──何より金が要る、という話だった。
「相変わらず安い依頼しか残ってないな……」
今の実力なら、アルミラージ狩りだってこなせる自信はあるが、なんといったって単価が安い。
こんなものは何頭狩ったって、せいぜいその日の宿代と食事を賄う程度くらいにしかならないだろう。
「これからは、もっと早い時間に来なければならなさそうだなぁ」
「ご主人様がなかなか起きないのが悪い。
普通は日の出とともに起きるもんだぞ?」
「知ってるかいマーリン?
常識って、人によって違うんだよ」
「周囲とずれた常識をなんていうか知ってるかい、ご主人様よ。
そいつぁ、非常識っていうんだぜ?」
他にできそうな依頼と言えば──。
そんな風に、マーリンと軽口を言い合っていた時だった。
ふと、私の背後に誰かが近づいてくるのを気配で感じて振り返ってみると、ちょうど1人の受付嬢がこちらに向かって歩いてきているところだった。
「おはようございます、ユーリさん」
「おはようございます」
ぺこりと頭を下げると、受付嬢は少し困ったように微笑んだ。
「少し、お時間よろしいでしょうか?
実は、昨日の地下水道の件に関連してご相談がありまして」
「……地下水道?」
その単語に、思わず眉間に皺が寄る。
昨日、私が受けるはずだった依頼。
そして、ジュンが半ば横取りするように持っていった依頼だ。
「はい。昨日あの依頼を受けた冒険者の方が、まだ戻っていないんです」
「……あぁ」
なんとなく、嫌な予感がした。
「現在、大規模な捜索依頼が出されています。
昨日の件もありましたので、もしよろしければユーリさんにも参加をご検討いただけないかと思いまして」
「……ちなみに、その戻ってない人っていうのはもしかして?」
「ジュンさんです」
受付嬢の申し訳なさそうな表情に、私は思わず閉口した。
『貴女みたいな弱い子に、勤まる依頼じゃないと思うのだけれど』
私の記憶が確かなら、昨日ジュンはたしかそんなことを言って私の依頼を横取りしたはずだ。
その彼女が、まさかの遭難。
ギャグとしては面白いが、実際に渦中に入ってみると全く笑えない。
こういうのを罰が当たるというのだが、まぁ今ここで言ったところで仕方ないだろう。
思わず頭を押さえる。
この状態を見てみぬふりして助けに行かないというのは寝覚めが悪い。
その上、今はお金に困ってもいる。
正直受けることはやぶさかではないが、断らないだろうと足元を見てきたこの受付嬢には何となく腹が立った。
「ご主人様、昨日の件というのは?」
「ああ、話してなかったっけ」
私の態度に薄々何かを察しているらしい様子のマーリンに、私は苦笑いを浮かべながら昨日の出来事を話した。
「なるほどな……」
話を聞き終えたマーリンは、腕を組んで小さく鼻を鳴らした。
「要するに、自分ならできると慢心を働いた結果、見事その慢心にしてやられたわけだ。
これは、別にご主人様が気に病むような内容じゃないな。
どっちにしろ、そのジュンってやつはそうなる運命だったわけだし」
マーリンの冷静な分析に、言われてみれば確かにと思い直す。
ジュンは昔からあの依頼を狙っていた。
だから私が手を出そうが出すまいが、結局彼女はあの依頼を受けていたはずだ。
今回のことについて私が少し責任を感じていたのは、きっと『私が受けるはずだった依頼』という印象に引っ張られていただけなのだろう。
欲しかったものを目の前で横から取られて、その結果相手が痛い目を見た。
ただ、それだけの話だ。
……うん。
そう考えれば、別に私が気に病む必要なんてどこにもない。
むしろ、少しくらいは「ざまあみろ」と思っても罰は当たらない気がした。
「……まあ、それでも助けに行くんだろ?」
じっとこちらを見ながら、マーリンがそう言った。
「え?」
「ご主人様、そういう顔してる。
理屈では納得しても、後味が悪いって顔だ」
マーリンはニッと笑みを浮かべてこう続けた。
「だから、行けばいい。
金も手に入る。寝覚めも悪くならない。
ついでに、その生意気な女を助けた恩まで売れる」
彼の口元が悪戯っぽく歪む。
「悪い話じゃないだろ?」
***
依頼の概要を聞き終えた私たちは、依頼主であるジュンのメイドが控えているらしいギルドの応接室へと移動していた。
応接室には最低限の調度品があつらえられ、狭いながらも、窓際に置かれた花瓶から漂うフローラルな香りと、革張りのソファにピンと背筋を伸ばしてお茶をすする一人のメイドの姿が高級感を与えていた。
「……あなたが、捜索に?」
鋭い視線が、切りそろえられた前髪の下から私を射抜いた。
どうやら、私の参加が気に食わないらしい。
「何かご不満でも?」
あの主人に似つかわしいくらいお高く留まっているメイドの視線。
以前の私なら怖くてどもっていたに違いなかったが、なぜだろうか。あのアイザックや昨日の誘拐犯と比べると全然怖くないせいで、私の頭は思っていた以上に冷静だった。
「不満も何も、貴女、初心者講習の時のことを覚えていまして?」
「エリーゼさん」
応接室についてきてくれていたあの受付嬢が、間に割って入る。
「彼女は、探しものに関しては優秀ですよ。
これまでいろんな方を相手にしてきましたが、迷子の猫をたった1日で見つけてくる方はなかなかいませんでした。
私が補償いたします」
「日数からして、初めての依頼だったのでしょう?
たまたまということはありませんの?」
「運も実力のうちですから。
それに──」
メイドからこちらに視線を移して、受付嬢は言葉をつづけた。
「──ユーリさんには、優秀な索敵スキルがあります」
優秀な索敵スキル。
昨日、ジルバの件を報告した時に『どうやってこんな短時間で見つけたんですか?』と聞かれたときに答えた方便である。
実際は猫の抜け毛で作ったフェルト人形からマップと鑑定を併用して魔力を追跡したわけだが、説明が面倒だったので、優秀な索敵スキルを持っているだけです、と適当に答えたのである。
まあ、嘘はついてないからね。
受付嬢のその言葉に、エリーゼと呼ばれていたメイドがピクリと眉を持ち上げた。
「その話、嘘じゃありませんわよね?」
「もちろん」
鋭い視線に、私は飄々と返した。
視線が鋭い理由は、なんとなくわかる。
そもそもあの依頼は、地下水道に現れる幽霊に、管理職員が精神をやられていくのでどうか原因を排除してほしいという依頼だったのだ。
つまり、ジュンは今にでもその精神をおかしくさせる能力があると思われる幽霊と遭遇して、発狂してしまっている可能性があるのである。
それはつまるところ彼女の夢──有名な冒険者になって父の商会を大きくするという目標に、大きな支障をおよばしかねない緊急事態だ。
メイドがピリピリするのも頷ける話である。
エリーゼはしばらく考えるように一点を見つめると、やがて長い息を吐きながら『いいでしょう』と呟いた。
「そんなに優秀な索敵スキルがあるのなら、今日中にお嬢様を見つけ出してくださいませ」
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