10,魔導師リガー
「おう、リガー師匠、帰ったぜー──うぐほあいでえっ!!」
「遅いぞ! 遅すぎるわー! どこで油売ってたこのロクデナシがああー!」
「ほああ!? オジさんの頭におっきな本が当たったよ! ふわあ、おっきい〜! あっ! よくわかんない文字がいっぱいかいてある! もしかして魔道書とかかな!?」
「ちょっと! ダメよ! 本は大事にしなきゃダメ! それは知的財産でもあるんだから! 劣化はしかたないとしても、投げて破損なんか言語道断、断罪決定、図書委員として黙っていられないわ!」
「本よりも俺に注目して!? そして俺の心配して!? 額にほら、血が! 血が出てる!」
「お嬢さんの言い分には激しく同意するが、怒りがそれを凌駕してしまったんだ。すまない」
「俺! ここは俺に謝罪するべきところじゃねえの!?」
「ふわああ。サラサラの真っ白な髪、目も紫色だあ〜……すっごく綺麗な女の人だね、おねーちゃん!」
「うん。そうだね。こんにちは」
「こんにちは、お嬢さん達。おや、君たちは……もしかして」
「はい。オジさん、いえ、ジークリートさんに連れて来られました」
「そうか! そうか……来てくれたんだな……ありがとう。私はリガー。ここ、世界研究魔導機関アルカーディア所属の魔導師であり、また、監査委員会の委員長をしている者だ。君たちは──」
「三奈だよー」
「綾子です」
「ん? 二人?」
「私は三奈ちゃんの姉で、付き添いです」
「だって、一人は嫌なんだもん〜! オジさんも、おねーちゃんと一緒でも良いって言ったもん!」
「なるほど、そうか。理解した。よろしく、三奈。綾子。よく来てくれた。感謝する。ジークリートから、現状についての話は聞いているだろうか」
「うんとねー、あのね、世界を救って下さいって言われたー! 世界を救えるのは君しかいない、キラリーン☆(左手の人差し指と親指の間に顎を挟んで、右手で指を差す仕草)、って!」
「ふむ……そうかそうか。……ジークリート……貴様……まさかとは思うが、セールスよろしく口八丁手八丁、適当な事を言って連れてきたのではないだろうな……?」
「ち、違う! やってねえ! 誤解だ! 俺はちゃんと懇切丁寧に説明して、了解した上で、ついてきてもらったんだからな! キラリーン☆とかも言ってねえ! 三奈ちゃん! いらない脚色しないで!?」
「あとね、えっとね、オジさんが私にね、ついてきたら、ペット、青い鳥さん、くれるって!」
「……成程。純真無垢な少女を物で吊るとは……なんというゲスな行為を……後で説教部屋確定だな……」
「ちょ、三奈ちゃん!? それは違、わないけどお兄さん、もっといろいろ他にもお話してあげたでしょ!?」
「うー。でもいっぺんに沢山お話されても、覚えられないんだもん……」
「ジークリートさん。だから言ったじゃない。スリーセンテンス以上になると全て無効になるから注意してって」
「それ今聞いたよ! ていうか無効になるのかよ!?」
「すまない……。部下の非礼を詫びよう。申し訳ない。誓って、我々は君たちを騙そうとしたわけではない。それだけは信じてほしい。心配しなくとも、部下には後できつくお仕置きをしておくから」
「やめろおー! 俺は無実だああ」
「リガーさん。できれば最初から、きちんと説明してもらえる?」
「もちろんだとも、お嬢さんたち。さあどうぞ、こちらへ。初めての場所で疲れただろう。とっておきのお茶を煎れよう。──ジークリート!」
「……へいへい……分かりましたよ……ちょっと待ってろや……。あー、中間管理職、マジでつらいわあ……」
「あー。上からも文句を言われ、下からも文句を言われ──とか、お父さんもよく言ってる」
「マジでそれな! 激しく同意な!」
「辛いの? 大丈夫? オジさん。私、お菓子いっぱい持ってきたから、皆で食べよ〜!」
「うう、ありがとう、三奈ちゃん……。でもその前に、後でちゃんと師匠の誤解を解いておいてくれよな。頼むから!」
「うわあ、天井とか、壁とか、ものすごい量の配管が……計器類もいっぱい……」
「えーと、なんだったっけ、おねーちゃん。こういうの、す、スキ……スキムミルク……違った……スキームパンク? っていうんだっけ!」
「三奈ちゃん……文字的にはニアピン賞だけどちょっと違うよ。正しくはスチームパンク、ね」
「そうそれ〜! すちーむぱんく!」
「すまない。本来ならきちんとした来客用の応接間に通したいところなのだが……ルヴィア・ソラスと『DM;Bx43−b:; gn_s』の追撃を躱しながら身を隠し、このエリアを確保するだけで精一杯だったんだ」
「あっ、またでた! ほにゃららんぎゅす!」
「ほにゃ、ららん……?」
「あー……、師匠。それ神世秘匿文字だから、お嬢さんたちには聞き取れなかったんだよ。どうやら、三奈ちゃんとお姉さんには、そういう風に聞こえるらしい。だからとりあえず説明するのも困るから、それを仮称として使ってた」
「……なるほど、理解した。理解はしたが、もっと他に、なかったのか……?」
「おう……訂正しようにも、その時にはもうすっかり定着しちまってたんだよ……」
「そうか……」
「お茶、良い香り。それに、ほんのり甘くて美味しい」
「いい匂いだね、おねーちゃん。お花の香りだ〜」
「気に入ってもらえたなら良かった。さて、一息ついたところで、本題に入っていいだろうか」
「はい」
「はーい!」
「はっきり言って、世界は今、非常に危機的な状況にある。このままでは、この星は『DM;Bx43−b:; gn_s』のリソース源として乗っ取られ、世界はルヴィア・ソラスのものになってしまうだろう」