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第12話 鬼畜野郎。

前回短かった分長くなっております。

 



 可愛らしい天使や女神が天井に描かれた大広間にその男はいた。周りを畏怖させる威厳と佇まい。その男らしい精悍な顔立ちは変わり者の画家ロベルトを見て頰を緩めた。ロベルトがもしも女性であったのならイチコロであっただろう。幸いにもロベルトは男であり、その手の感情に対してはいまいちよく分からない人物である。


「久方ぶりだな。息災であったか?」


 その男とロベルトは旧知の仲らしい。ロベルトは前髪が長すぎて良く表情は見えないが無表情で男を見下ろし頷いた。


「絵の依頼?」


 相変わらず絵にしか興味がないロベルトに男は苦笑した。


「少しは再会に喜んでくれてもいいだろう。まあ、そんな男だから気に入ったのだがな」


 男の身分は王太子。かたやロベルトは貴族のパトロンがついてるとはいえ一介の画家にすぎない。身分の差は歴然であるのにタメ口のロベルトを王太子は不快に思う事はない。親友という言葉がぴったりなそんな気安さを感じる。


「夢であった宗教画家になれたようだな。この天井画の筆使いはロベルトのものだろう?」


 ロベルトは天井を見上げて「そう」と呟いた。そして、残念そうに「でも、違う」と首を振った。


 男は鉄錆色のクセのついた短い髪の頭を傾けた。


「どういう事だ?」


 ロベルトは「宗教画は本職じゃない。主に人の絵を描いてる」と説明した。


 男は納得出来ないようで精悍な眉をひそめた。


「それでは不満じゃないのか?」


 ロベルトは首を振る。


「最近は満足してる。そんな人がいた」


 ロベルトの口角が僅かに上がった。


「なら、良いのだがな。ピアチェーヴォレも案外悪くないという事か」


 男は思案するそぶりを見せた。


 あー。話しかけたくないです。このままロベルトと喋って満足して帰ってくれたら良いのですが……。


 精悍な男こと、ヴィント国の王太子クローヴィス・フォン・シュモックはちらっとこちらに視線を向けた。褐色の肌に獰猛な緑の瞳。ロベルトよりも身長は低いが野心的なその仕草に表情のせいで何故か大きく見える。にやりと私を見る瞳が闇を抱えてそうで怖い。


「それで、いつになったら話しかけてくれるのだ?」


「……気づいてましたか」


 私がいると気づいていて無視してましたか。やはり、性格が悪いですね。そのままずっと無視してくれて良いのに。


 私はお腹をさすりながらクローヴィス様に歩み寄った。


「ご無礼をお許しください。会話を邪魔するのに気が引けてしまい声を掛けるのを躊躇ってしまいました」


 クローヴィスは目を細めて微笑んだ。


 あれ? 私の目がおかしくなったのでしょうか? 陛下が貴族を罰する時の表情に見えますね。


「許そう。そのまま帰ってくれと思ったのであろうが、俺も来訪を断られていたのに無理矢理来てしまったからな。お互い様だ」


 色々と理由つけては、来訪を断っていた事は事実だ。帰ってくれと思ったのも事実だ。


 内心怒ってるのがよく分かりました。言葉の棘が刺さる。


 私は凍える想いで頑張って王太子の相手を努めた。


「本日のご用件は何でしょうか?」


 なるべく笑顔を見せるように頑張った。たとえ顔が引きつっていても努力は伝わったであろう。相手はそんなちっぽけな努力を嘲笑うだろうが、努力は一応しますよ。


 案の定鼻で笑いやがった。私と同じぐらいの身長なのに、この見下す顔の角度がなんとも腹立たしい。


「いや。なに。近所で飼われていた可愛い犬が逃げ出したそうでな。ここに迷いこんできたかと見に来た。心当たりはないか?」


 ……何が可愛い犬ですか。それってもしかして、ルーナ国の王子の事では? ……小国とはいえ王子を犬と表現するとは恐ろしい。


 その王子を門前払いしたとは思えないフィデリオの思考であった。


 フィデリオは真剣な表情で「ありません」と答えた。事実、犬は知らない。


 わざとらしく目を丸くするクローヴィス。


「おや? 知らない? まさかお前ほどの男が俺の言葉を理解出来ない筈が無かろう」


 理解できて悲しい。まるで鬼畜仲間になったようで嫌だった。


 私は「残念ながら理解出来なかったようです」と落ち込んだフリをした。


 この王太子の相手やだな。陛下早く来て下さい。鬼畜には鬼で対抗でしょう。


「そうか。まあこれから理解を深めれば良い話さ。お前とは運命共同体みたいなものだろう? お互い腹を割って話そうじゃないか」


 ……このわざとらしく肝心な事を言わない感じがなんとも腹立たしいですね。運命共同体ってヴィント国とカルマ国が協力関係を結んだ事ですね。……何でいちいち解説しないといけないのでしょうか。疲れる。


「……勿体ないお言葉です。ですが、私はピアチェーヴォレに身を置く者としてきちんとけじめをつけていきたいと思っております。お話できる事は何も御座いません」


 クローヴィスの瞳が鋭くなった。


 ……胃が痛い。胃薬飲みたい。でも、王太子の目の前で薬飲むのは失礼だよな。原因は間違いなくこれだが……。


「ほお? 俺に逆らうとは大した覚悟だな。自分の身が可愛いとは思わないのか?」


 もう。退職したい。こんな怖い奴相手にしたくない。自分の身が可愛いに決まってる。だからこそ、この国を裏切るなんて有り得ない。自分を大切にしてくれたのはこの国ですから。


 もう。胃薬飲もうとポケットに手を入れようとしたその時頼もしい声が広間に響いた。


 天井画の女神が喋ったのか?


 胃痛に悩まされていたフィデリオは正常な判断が出来なかった。



「お待たせして申し訳ありません。まさか、一国の王太子ともあろう者が先触れもなく現れるとは思わなくて、普段着ですが御容赦下さい。それで、ご用件は何でしょうか? よっぽどな事がございましたのでしょうね。まさか、一国の王太子ともあろう者が遊びに来ただけとは御座いませんよね?」



 ……普段着ですか? 私の年単位の給料が吹き飛びそうな価値のドレスが? きちんと武装してるじゃないですか。眼鏡がないから目の鋭さが増してるし。様子がおかしかったようで心配しましたが、これなら大丈夫そうですね。


「お許しくださいピアチェーヴォレの女王陛下。貴女に恋するあまりに許可を得ずに勢いで来てしまいました」


 流石、元分家。血は争えない。陛下の手の甲にキスしやがった。陛下はいつも通り平然と……してないだと?


「くっ……!?」


 胸を押さえて苦しんでいる。顔が赤い。もしや病か!?


「陛下!? どうなさいました!?」


 陛下はしゃがみこんでじっと暫く堪えると発作が治まったようで「何でもない」とキッと王太子を睨みつけた。


 何でもなく無いでしょう?


 私は視線を原因と思われるクローヴィスに向けるとその鬼畜は目を鋭くして陛下を見下していた。


「……まさか本気にしてないよな? ここの礼儀作法に則って挨拶しただけなのだが?」


 ……さっきの口説き文句はわざとでしたか。この鬼畜野郎が陛下に恋してるわけないとは思ってはいましたが、口説くのがここの礼儀作法って言いましたよ。否定出来ない自分が悲しい。あっ私は違いますから!


 陛下は鬼畜野郎よりも険しい表情で見上げた。部屋の温度が急激に下がった。


「はっ。なるほどな。貴様は嘘でも口説けるという事か。我が国の男どもと違って妻が5人もいる不誠実さには驚かされる」


 両者は一歩もしかずに睨み合っている。ばちばちと火花が散って肌がひりひりする。


 鬼VS鬼畜野郎。果たして勝つのは?


 フィデリオはこの恐ろしい戦いを見守らないといけない自分の運命を呪った。


 鬼畜は好戦的な笑みを浮かべた。


「5人ではなく6人だ。複数の妻を満足させることなどおよそ出来ない甲斐性無しどもだからこの国は一夫一妻制などとつまらん制度を導入したのだろう? 嘆かわしいな」


 鬼は立ち上がり腕を胸の前で組み口角を上げた。目は全く笑っていない。


「一夫多妻など時代錯誤甚だしい。1人の伴侶を大事にするのは世の流れ。一昔前の制度に縋り付く頑固さには拍子抜けだな」


 因みにクローヴィス様は25歳。陛下と5歳しか変わらないです。


「世の流れだと? 伴侶の1人もいないのに?」


 痛い。陛下の凍てつく波動が痛い! クローヴィス様! それは言ってはいけません! 貴方は平気だろうけど、近くにいる私が辛いです! えーとそういえば、ロベルトいましたよね? 空気のような存在でいた事忘れてました。


 ロベルトが珍しく本当に珍しく役に立った。


「クローヴィス。心にない事を言うな。僕のアンナを傷つける事は許さない」


 誰が誰のだって? へ?


 私は助舌に喋るロベルトに驚かされた。


 鬼畜野郎も驚いたようで目を丸くしてロベルトを見つめる。


「……ほお。楯突くとは珍しいな。なるほどな」


 何がなるほど何ですか? 不躾に陛下を見ないで下さい。失礼ですよ。怖くて言えませんが。


「確かに俺はわざわざ喧嘩を売りに来たわけじゃない。ロベルト。この宮中伯は信用できる男か?」


 ……へ? 私? え? ちょっと見ないで下さい。前髪長くて私のこと見えてるか分かりませんが、見ないで下さい。


「フィデリオは僕のパトロンだ」


「ほお。なら問題ない」


 ……この2人の会話を誰か解説して下さい。全部話さずとも理解し合う人ってたまにいますよね。






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