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その日は朝から雨が降っていた。
ざあざあと降り続け、夕方になった今も降り止む様子はない。
乾燥するこの冬の時期にしては、ちょっと雨量が多い。傘を差していても制服のズボンがびしょ濡れになってしまった。
いっそ雪になってくれればいいのに。
終業式を終えて学校から戻った僕を祖母のリズが呼び止めた。おばあちゃんの本当の名前はエリザベス。でも長いからリズ。
五代目のアメリカ好きが高じて、アメリカで高校と大学を出た結果、日本に帰ってきてみればアメリカ人の年上のお嫁さんと一緒だったという。
中学生の孫がいる今でもナイスバディでスーツを着こなし亜麻色の髪をキリリと結い上げてハイヒールでカツカツと歩く。おばあちゃんなんて呼んだら、エメラルド色の瞳できつく睨まれて、英語でまくし立てられる。おかげで英会話には困らないのは嬉しい。けれど英会話と学校の英語の授業はぜんぜん別ものなのが残念だ。
リズは今、東京のとある私立の超お嬢様学校の校長をしている。学校でも厳しいらしい。僕が女子じゃなくて本当に良かった。
アメリカ人のおばあちゃんがいる僕は、結果的にクォーターというやつだ。だからといって金髪碧眼で「へーイ! ベイビー!」とか言ってるわけではなく、近所の公立中学に通っている。少しばかり茶色い髪と、光の加減で少しばかり緑に見える目を持った、現在十四歳のごく普通の中学生だ。
家では、千年堂六代目見習いということになっているが、学校では内緒にしている。
本当なら千年堂は五代目の一人娘である僕のお母さんが継ぐはずだったけれど、僕が二歳くらいのときに亡くなったそうだ。
僕はほとんど何も覚えてないから、お母さんがいないことの寂しさはない。代わりにリズがアメリカンサイズの愛情を注いでくれた。
ちなみに僕のお父さんは公務員で婿養子というやつだ。だから僕の名字は、五代目やお母さんと同じ「千年」なのだった。
「一花さんが店で待ってるわ」
おばあちゃんは普段は綺麗な日本語で話す。
「おじいちゃんが? 仕事かな」
店の方へ行きかけた足を止めた。
いつもと違う何かを感じた。
できれば近づきたくない、そんな気配だ。
こんなことは初めてだった。
「店に行く前に着替えてきなさい。濡れたままでは風邪を引いてしまうわよ」
リズに促されなければ、店へと続く扉の前で立ち尽くしたままだったかもしれない。半身を返してもなお、扉から目が離せない僕をリズが訝しむように呼んだ。
「周? どうしたの?」
リズは何も感じていないらしい。
つまり、この気配はアレだ。
しかも相当にヤバイやつだ。
また浄化しなければならないだろう。
先日の浄化で灰となった本の、最後の断末魔が甦ってきて胸をちくりと刺した。
「なんでもない。着替えてくるね」
リズの前ではどうにか笑顔を作ったけれど、二階への階段を上がりながら、僕の心は沈み込んでいった。
学校を出るときには確かにあったはずの、「明日から冬休みだ、わーい」という開放感はすっかりどこかへ消えていた。