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第5話 父が語る真実、星の継承者

 魔物との戦いを終えたレオンたちが村へ戻る頃には、太陽が西の山へ沈み始めていた。


 村の入口では、心配そうな顔をした村人たちが集まっていた。


「ガルドさん! 無事だったのか!」


「魔物はどうなったんだ?」


「怪我人はいないか!?」


 次々と飛んでくる声に、ガルドは片手を上げて応じた。


「全員無事だ。魔物もひとまず姿を消した。だが、森には近づくな。しばらくは警戒を続けてくれ」


 村人たちは安堵の息を漏らした。


 その中には、レオンが助けた子供の母親もいた。


「レオン君、本当にありがとう……! この子を助けてくれて……!」


 女性は涙を浮かべながら、何度も頭を下げた。


「いえ、そんな……。無事でよかったです」


 レオンは照れくさそうに頬をかいた。


 剣術大会で優勝したときとは、まるで違う気持ちだった。


 あのときは、自分が強くなったことが嬉しかった。


 けれど今回は、誰かを守れたことが嬉しかった。


 それと同時に、胸の奥に小さな疑問が残っていた。


 自分があの子を助けられたのは、本当に自分の力だったのだろうか。


 あの銀色の光は何だったのか。


 そして、魔物が口にした「星の継承者」という言葉。


 考えれば考えるほど、わからないことばかりだった。


「レオン」


 隣から声をかけられ、振り向く。


 エリシアが心配そうにこちらを見ていた。


「大丈夫? さっきから、ずっと難しい顔をしてる」


「……そう見えるか?」


「ええ。まるで、世界の終わりでも見てきたみたい」


「そこまでじゃないよ」


 苦笑したものの、否定しきれなかった。


 エリシアは少しだけ表情を和らげた。


「無理はしないでね。何かあったら、ちゃんと話して」


「ああ。ありがとう」


 彼女は頷き、村の広場へと歩いていった。


 その背中を見送りながら、レオンは小さく息を吐いた。


 今はまだ、誰かに頼ることさえ難しい。


 自分自身のことすら、何もわかっていないのだから。


     ◇


 その夜。


 レオンは父に呼ばれ、家の裏手にある鍛冶場へ向かった。


 普段なら、父が剣や農具を修理するための場所だ。


 しかし今夜は、炉の火も消され、静寂に包まれていた。


 壁には使い古された剣が何本も掛けられている。


 その一番奥に、見慣れない古びた箱が置かれていた。


「座れ、レオン」


 ガルドは箱の前に腰を下ろした。


 いつもの豪快な父とは違い、その表情には深い疲労が滲んでいた。


「昼間の話の続きだ。お前の紋章について、俺が知っていることをすべて話そう」


 レオンは静かに頷いた。


「まず、ひとつ覚えておいてほしい。お前の胸に現れた紋章は、普通の魔法紋ではない」


「魔法紋じゃない?」


「ああ。あれは、古い時代から伝わる『星紋』と呼ばれるものだ」


 ガルドは箱を開けた。


 中には、黄ばんだ紙束と、一冊の黒い革表紙の本が収められていた。


 彼は本を取り出し、慎重にページをめくった。


 そこには、円形に並んだ七つの星と、中央に描かれた剣の図が記されていた。


 レオンは息を呑んだ。


「これ……俺の紋章と同じだ」


「そうだ」


 ガルドは静かに頷いた。


「この紋章は、かつて世界を守った者たちの証だと言われている」


「世界を守った……?」


「昔、この世界には今よりもはるかに多くの魔物が存在していた。人間の国々は争いを繰り返し、魔物の脅威にも苦しめられていた。そんな時代に、星の力を持つ者たちが現れたんだ」


 ガルドは本のページをめくった。


 そこには、七人の人物が描かれていた。


 剣を持つ騎士。


 杖を掲げる魔術師。


 弓を携えた狩人。


 そして、顔の見えない一人の人物。


「彼らは『星の守護者』と呼ばれていた。星の力を使い、各地に現れる強大な魔物を退けたという」


「その人たちが、俺と同じ紋章を持っていたのか?」


「全員が同じ紋章を持っていたわけじゃない。星紋にはいくつもの種類があった。だが、その中心には必ず、星を繋ぐ力が存在していたらしい」


 レオンは自分の胸元に手を当てた。


 あの銀色の光。


 黒い衝撃波を切り裂いた、あの感覚。


 もしかすると、それこそが星の力なのだろうか。


「じゃあ、俺もその守護者になれってこと?」


「違う」


 ガルドは即座に首を横に振った。


「誰かに言われたから戦う必要はない。お前が何者で、何を選ぶのか。それは、お前自身が決めることだ」


 レオンは父の顔を見つめた。


 その言葉には、ただの助言ではない、何か重い意味が込められているように感じられた。


「……父さんは、昔その人たちと一緒にいたんだよな?」


「ああ」


「どうして冒険者を辞めたんだ?」


 ガルドの手が止まった。


 長い沈黙が流れる。


 やがて彼は、ゆっくりと口を開いた。


「守れなかったからだ」


「え?」


「俺はかつて、星の力に関わる調査をしていた。ある遺跡で、黒い靄に覆われた魔物と遭遇したんだ。今日、お前が戦った魔物とよく似ていた」


 レオンの背筋に冷たいものが走った。


「その魔物は、普通の武器では傷ひとつつかなかった。仲間たちが次々と倒れ、俺たちは撤退を余儀なくされた」


 ガルドは拳を握り締めた。


「そのとき、俺たちを救ったのが、星紋を持つ一人の男だった」


「その人は……?」


「名を、アルベルトという。俺に剣を教えてくれた師であり、誰よりも強い戦士だった」


 父の声が、わずかに震えた。


「アルベルトは、たった一人で魔物を押し返した。そして俺たちに逃げろと言ったんだ」


「……まさか」


「俺たちは生き延びた。だが、アルベルトは戻らなかった」


 鍛冶場に静寂が落ちた。


 レオンは何も言えなかった。


 父が冒険者を辞めた理由。


 今まで一度も聞いたことのなかった過去。


 そのすべてが、今ようやく繋がり始めていた。


「俺はあの日から、星の力に関わることを避けてきた。お前を巻き込みたくなかったんだ」


 ガルドは息子を見た。


「だが、お前の紋章が目覚めた以上、もう隠し通すことはできない」


「父さん……」


「ひとつだけ、約束してくれ」


 ガルドの目は真剣だった。


「自分の力を過信するな。今日、お前は魔物を退けた。だが、それは勝利とは限らない。あの魔物は、お前を見て『星の継承者』と言った。つまり、奴らはお前の存在を認識している」


 レオンは唇を引き結んだ。


「……俺を狙ってくるってことか?」


「その可能性は高い」


「どうして、俺なんだよ」


 思わず本音がこぼれた。


「俺はただ、剣が好きだっただけだ。大会で勝って、もっと強くなって、父さんみたいな剣士になりたかった。それだけなのに……」


 ガルドは何も言わず、息子の肩に手を置いた。


「わかっている」


 その手は、昔から変わらず温かかった。


「だからこそ、俺はお前に生きていてほしいんだ」


 レオンは俯いた。


 自分の知らないところで、父はずっと何かと戦っていた。


 そして今、自分もまた、その戦いに足を踏み入れようとしている。


 怖くないはずがなかった。


 それでも、昼間の光景が脳裏に浮かんだ。


 泣き叫ぶ子供。


 黒い獣。


 そして、剣を握った自分の手。


「……父さん」


「なんだ?」


「俺、強くなりたい」


 ガルドは黙って息子を見つめた。


「世界を救うとか、そんな大きなことはまだわからない。でも、目の前で誰かが傷つくのを、黙って見ているのは嫌なんだ」


 レオンは顔を上げた。


「だから、教えてほしい。剣のことも、星の力のことも。俺が自分の力をちゃんと使えるように」


 ガルドはしばらく黙っていた。


 やがて、ほんのわずかに笑みを浮かべた。


「……そう言うと思っていた」


 彼は立ち上がり、壁に掛けられた一本の剣を手に取った。


 装飾の少ない、古びた長剣だった。


 だが、柄には七つの小さな星が刻まれている。


「これは、昔アルベルトが使っていた剣だ。俺が預かっていた」


 レオンは目を見開いた。


「それを、俺に?」


「いや。まだ早い」


 ガルドは剣を箱に戻した。


「今のお前に必要なのは、強い武器じゃない。自分の力を理解し、身体を鍛え、どんな状況でも冷静に判断できる技術だ」


「……確かに」


「明日の朝から、特訓を始める。覚悟しておけ」


 その言葉に、レオンは思わず苦笑した。


「父さんの特訓って、昔から容赦ないんだよな……」


「今さら何を言っている。泣き言を言っても手加減はしないぞ」


「はいはい……」


 少しだけ、いつもの日常が戻ってきた気がした。


 しかし、ガルドは最後にもう一度、真剣な表情を見せた。


「レオン。もうひとつ、伝えておかなければならないことがある」


「何?」


「星紋を持つ者は、すべて同じ目的で動いているわけではない。力を守ろうとする者もいれば、利用しようとする者もいる」


 ガルドは黒い革表紙の本を閉じた。


「そして、星の力を巡る争いは、昔から続いている。お前の紋章が目覚めたことで、その争いが再び動き出すかもしれない」


 レオンは静かに頷いた。


 もう、逃げるつもりはなかった。


     ◇


 同じ頃。


 村から遠く離れた廃墟では、黒衣の男が祭壇の前に立っていた。


 男の前には、黒い水晶が浮かんでいる。


 水晶の表面には、街道で戦うレオンの姿がぼんやりと映し出されていた。


 銀色の光を放つ剣。


 胸元に浮かぶ七つの星。


 そして、黒い衝撃波を切り裂いた一閃。


「……間違いない」


 男は低く笑った。


「七星の紋章。伝承は本当だったというわけか」


 背後から、別の声が響いた。


「どうしますか、閣下。今のうちに始末しておきますか?」


 黒衣の男は首を横に振った。


「いや。まだ力を使いこなせていない。今、殺してしまうのは惜しい」


「しかし、星の継承者が成長すれば、我らの計画に支障が出る可能性があります」


「だからこそ、泳がせるのだ」


 男の瞳が、暗闇の中で赤く光った。


「星の力がどこまで目覚めるのか、見届けてやろう。そして、すべてが揃ったそのとき……」


 男は祭壇の奥にある巨大な扉へ目を向けた。


「星々を繋ぐ鍵は、我らの手に渡る」


 扉の表面に刻まれた黒い剣が、かすかに輝いた。


 まるで、その言葉に応えるように。


     ◇


 翌朝。


 まだ空が白み始めたばかりの頃、レオンは村外れの訓練場に立っていた。


 手には、いつもの練習用の剣。


 向かいには、腕を組んだガルドがいる。


「よし。まずは基本からだ」


「えっ、基本?」


「当たり前だ。昨日、妙な力を使えたからといって、剣術の基礎を忘れていいわけじゃない」


 ガルドは木剣を構えた。


「お前は昨日、星の力に助けられた。だが、力が使えない状況になったらどうする?」


「……自分の剣で戦う」


「そうだ。力に頼る前に、剣士としてできることをすべてやれ」


 レオンは深く息を吸った。


「お願いします、父さん!」


 次の瞬間、ガルドの木剣が容赦なく飛んできた。


「遅い!」


「うわっ!」


 レオンは慌てて受け止める。


 乾いた音が、朝の訓練場に響き渡った。


 昨日までの自分とは違う。


 世界の秘密も、自分の力も、まだわからないことだらけだ。


 それでも、一歩ずつ進むことはできる。


 レオンは木剣を握り直した。


 その胸元で、七つの星が静かに輝いていた。


 ――星の継承者としての、本当の修行が始まった。

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