愛着
「さらば 悩ましき愛着よ」
愛があるから こだわってしまう
愛があるから 余計に心配になる
愛があるから 不安に苛まれる
愛って 厄介
それって 本当に愛なのかな?
相手に依存してるのかも?
人によっては支配欲求かも知れない
単に大切な人が無事かどうかを心配し過ぎという事も
だけど よく考えれば
恋人も 夫も 妻も 子供も 孫も 一人の人間
どんなに愛着を持ったところで
最後に責任を取るのは本人さ
君じゃない
そんな簡単に割り切れない?
薄情になんてなれない?
それなら それでいいけど 苦しいよ?
過剰な愛着に蝕まれた人は
みんな言ってるよ
顔にたくさんの悩ましげな深い皺を刻ませて
肉が落ちて窪んだ暗い眼に悲愴感を漂わせて
「うちの家族は薄情だ」
君が締め付け過ぎた分 家族の心が離れたのさ
本当に薄情なのは家族じゃない 君だ
異常な愛着を離す事は薄情なんかじゃない
勇気だ
ほんの少しの勇気を持つという事だ
一度 その愛着を離してごらん
今までとは見え方が変わるはず
肩の荷が下りて 清々しささえ感じるだろう
そして 君はこう思うようになる
しかも それを笑いながら思うのさ
愛って メンドクサイな
2026/08/01-08/02
急に思い付いて作った詩だけど、長年、思っていた事をやっと言葉に出来たような気がする。正直、思いを形にするって難しい。自分の思いであっても、他人の思いであっても。
これに関しては、後悔してほしくないなという思いで書いた。そう、人が心底から後悔する時というのは年老いた時だ。
子や孫に囲まれて穏やかに生涯を閉じる人もいるけれど、厄介な愛着を捨て切れずに、子や孫から鬱陶しがられて孤立する人もいる。財産がある人もない人も、子や孫の多い少ないに関わらず、孤立する人は孤立する。
子供たちに悪い事は悪いと教える事は大事だけれど、
「生意気だぞ! 誰のお蔭で食っていけてると思ってるんだ!」
「私はあんたの為を思って言ってんのよ! 私の言う事、間違ってる? みんなに聞いて確かめてみな!」
ここまで言われると、誰でも逃げ出したくなる。ただし、気の強い人なら逃げずに歯向かうだろうが。
どのような結末を迎えるにせよ、悲しいかな。現実では時計の針が巻き戻る事なんてない。




