統一フランク王国の分水嶺
アルヌルフの元を、ラエティア辺境伯ブルヒャルトが密かに訪ねて来て
「我々フンフリーディング家一同は、何かありましたらアルヌルフ殿下に従います。
どうか我々の忠誠をお受け取り下さい」
と頭を下げた。
ラエティア辺境伯ブルヒャルトの妻は、前の東フランク王妃であるリウトガルトであった。
そのリウトガルトが生前、やはり密かに訪ねて来て
「友誼を結びたい」
と言っていたのだが、それが実現したのである。
『まったく、大した女性だよ、リウトガルト義叔母上は……』
彼女は個人的な考えを、再婚した一家全てに拡げ、こうしてアルヌルフの味方を作ったのだ。
「俺は駆け引きは苦手だから、率直に聞きたい。
伯父上、カール3世陛下に何の不満がある?」
それに対する回答が
「頼りない」
であった。
更にブルヒャルトは説明する。
「あの方がアレマニア王であるなら、大変ありがたかったのです。
余計な手出しをされたら、アレマニアの地は諸侯間の関係がややこしいので、争乱を引き起こす可能性がありました。
我等東フランクの地には、先王という優れた方が居た為、いざという時はそちらにお出向きいただけた。
しかし、統一されたフランク王国全ての王となれば話が違います。
何もしない王は、この際は害悪です。
何もしないならともかく、周囲に恨みを持たせる政治など以ての外です。
それがカール3世陛下を見限り、アルヌルフ殿下に頼る所以です」
アルヌルフはこの理由は想定していた。
それは、つい先日も同じような事を言っていた者がいたからである。
「我が義父アルヌルフ殿下、フランクフルトの宮殿でお会いして以来ですな」
アレマニアのラエティア辺境伯が訪ねて来るより前に、ザクセンからラーンガウ伯コンラートがやって来ていた。
彼等は元々バイエルンの貴族だったが、祖父のルートヴィヒ2世の際に追放され、西フランク王国を経てザクセンに呼ばれて復帰した一族である。
それ故、幼少時のアルヌルフも知っていたが、この際は同じくルートヴィヒ3世(若王)に仕えていた時の話をした。
彼等も、亡き王妃リウトガルトからアルヌルフとの縁を持ち掛けられていた。
それでアルヌルフの長女(私生児)グリスムートがコンラートに嫁いでいたのだ。
相続権の無い庶子との縁に、その時は及び腰だったが今は違う。
ルートヴィヒ3世は既に亡く、カール3世には不満がある。
ザクセンの貴族たちは、ヴァイキングに対して弱腰だったカール3世ではダメだと考えた。
リューネブルクの戦いで当主を失ったザクセン公を始め、ヴァイキングを受け容れない感情はザクセン諸侯の中で強い。
彼等を代表したラーンガウ伯は、一通りカール3世への不安を口にし、何かあった時は味方したいと申し出ている。
更にフランケン公ハインリヒを無駄死にさせ、その上でヴァイキングに譲歩したのを見たフランケン諸侯も、カール3世を見限っている。
この事は、東フランク全域の統治を担っている宰相・マインツ大司教リュートベルトが伝えた。
「宰相は皇帝に対し忠義を誓うものではないのか?
それを裏切るのはどうかと思う」
とアルヌルフが口にすると、
「私は皇帝の臣ではなく、東フランク王国の臣であり、宰相である。
確かに東フランク王は今上の陛下であるが、王は我々臣と共にあるもの。
臣を裏切るような王であれば、より頼りがいのある王に寄り添うのが世の常」
と返して来た。
さらに宰相でありマインツ大司教でもあるこの男は、
「自分が見届け人となった神前裁判で、全ての試練を乗り越えた王妃を追放したのは許されない。
夫と妻は生涯を共にするのが神の教え。
それを破り、大司教たる自分も蔑ろにした事は、断じて許せないのだ」
とも言っている。
一方、旧西フランク王国。
こちらでは反カール3世の感情は高まっていたが、一枚岩にはなっていない。
まず北方のネウストリアと南方のアキテーヌに対し、ブルゴーニュは別の感情を持っている。
元々別のゲルマン民族・ブルグント族の国があったこの地は、西フランク王国と一緒になっているのも気に入らない。
その上、パリの代わりに生贄にされたという思いがあり、それがカール3世のせいであっても、やはりネウストリアとアキテーヌに対する隔意はあった。
そしてネウストリアとアキテーヌの中でも、軍功を挙げたパリ伯ウードを推す勢力と、カロリング家のシャルル(ルイ吃音王の子で、父の死後に産まれた)を推す勢力が存在する。
シャルルはまだ幼いが、それでも「王はカロリング家から」という考えがフランク族に染み付いていた。
彼等はカール3世をどうこうするのはまだ暫く先の話だと思っている。
どうするのかも、まだ決まっていない。
独立勢力は存在しているが、まだ「フランク王国は一つであるべし」という考えも強い。
次いで、旧イタリア王国領内。
ここでは既にカロリング家の男子は滅亡している。
まだロタール1世系統のユーグが健在ならば、彼を立てるという選択肢もあっただろう。
しかしユーグは目を潰され、修道院に幽閉されてしまった。
その為、ここは纏まる核が存在しない。
故に各諸侯がバラバラに考えている。
カール3世に対する不満はあるが、とりあえずまだ我慢しようと言う者、東西どちらかのカロリング家の関係者を王として迎えようと言う者、自分たちイタリアから王を出そうと言う者、この地に領土を持っている東ローマ皇帝に従えば良いと言う者、王とかどうでも良いから自分たちの諸侯国連合体制でいきたいと言う者。
中でも、女系ではカロリング家と関係があるスポレート公は
「自分がイタリア王になる」
と主張し、ローマ教会ともサラセン人とも独自の交渉を行っていた。
まあ、総じて統一行動が取れていない。
「それで、王子はどうされますか?」
ルイトポルドが訪ねる。
「分からん」
アルヌルフはぶっきらぼうに答える。
ルイトポルドは何も言わず、孫をただ見守っていた。
アルヌルフのこの態度について、フランクフルトに戻った宰相マインツ大司教が周囲に説明している。
「とりあえず盟主になっては貰える。
だが、あの方を急かしてはいけない。
他人に強要されると臍を曲げてしまう。
あの方の父親がそうだった。
言われて戦争に駆り出されると不貞腐れる。
自分の敵は自分が決めるという方だ。
だから、立つ時は自分の意思で立つだろう。
今、色々言ってしまうと、かえって努力が水の泡になってしまう」
諸侯に説明し、これ以上余計な事をしないよう釘を刺す。
そして時は流れ、西暦887年秋を迎えていた。
カール3世は
「帝国議会を開く」
と既に宣言している。
西フランクでは
「出席するって日和ってる奴はいるか?
いねえよなあ?」
と言った感じで全議員がサボタージュを決めていた。
イタリアも
「場所どこ?
トレブル?
行く気無いなあ。
欠席にしよう」
という感じで、議員たちのカール3世への忠誠心は消えている。
プロヴァンス、ブルゴーニュも同じようなものだ。
そんな中、アルヌルフが宣言する。
「皇帝を廃位する!」
部下たちは立ち上がり、アルヌルフを讃えた。
カランタニアの貴族たちも喜び、彼と行動を共にすると言う。
この報は直ちにアレマニア、ザクセンにも流れ、かつて味方すると言った者たちを中心に大軍がアルヌルフの元に集結した。
「我々はカランタニア公……いや、新しい東フランク国王陛下の元、忠誠を誓います。
どうぞ、我々に命令を下されたし」
マインツ大司教が皆を代表してアルヌルフに告げた。
「俺の命令に従うな」
「御意」
「俺の命令は絶対だぞ!」
「御意!」
「では命令を伝える。
トレブルに向けて全軍進発。
皇帝であり、東フランク王である男をこれより廃位する。
全軍出撃!」
歴史が動き始めた。




