887年11月11日
11月11日は「聖マルティンの日」であり、収穫祭が行われる日であり、冬の始まりの日でもある。
この日、カール3世は帝国議会を開く。
議題は、フリウーリ辺境伯ベレンガーリオを自分の後継者とする事について諮問する事であった。
フリウーリ辺境伯は、ルートヴィヒ敬虔王の娘を妻に迎えた、女系での親戚である。
かつての宰相ベルチェリ司教リウトヴァルトと確執を起こし、排斥運動では先頭に立っている。
まず彼をイタリア副王として共同統治者にしようとした。
しかし議会は始まらない。
参加議員である伯、司教、公たちが一人も現れないのだ。
流石に不穏なものを感じるカール3世。
そこに急報が入る。
「カランタニア公アルヌルフ殿、大軍を率いてこちらに向かって来ております」
カール3世は無能と言われる。
それでもこの意味に気づかない程の愚者ではない。
アルヌルフのクーデターを知ると、流石に動揺した。
「どうしますか?
戦いますか?」
「どうやって?
ここに僕の軍は一兵もないよ」
「どこか他の場所で再起を図りましょう」
「無駄だよ。
僕じゃアルヌルフには勝てない。
あいつは戦争が大好きだし、僕は戦争は嫌いなんだな」
「では……」
「逃げるんだよぉー。
何もかも捨てて、逃げるのだ!
それが生き残る道だ」
こうして皇帝が逃げたトレブルで、アルヌルフを主とする議会が開かれる。
議会を仕切るのは宰相マインツ大司教リュートベルト。
「これより、現東フランク王、アレマニア王、ザクセン王、バイエルン王の廃位を決めたい。
彼の全爵位を剥奪する事に異議がある者は申し出よ」
「異議無し!」
「廃位に賛成する」
「王は交代だ」
全会一致でカール3世の廃位が決められた。
「では、この旨を西フランクやイタリア、ローマにも通告する。
よろしいですな、新王」
新王と呼ばれたのは、もちろんアルヌルフである。
彼はまだ戴冠式を済ませていないが、周囲からは王として扱われていた。
アルヌルフは答えた。
「そのようにしろ。
だが、一つ言い渡しておく事がある。
デブ……いや、カール3世の命は取るな」
「は……」
「返事はどうした?
俺を王とし、命令は絶対に聞くんだろ?」
「ははぁーっ!」
諸侯は全員承諾の礼を取る。
「なんと?
皇帝が廃位された?」
「いや、皇帝位は流石に教皇猊下でないと剥奪出来ない。
剝奪されたのは東フランクの王位、爵位だそうだ」
「この報は……つまり」
「議会を開くぞ。
議員資格のある者たちに連絡を取れ!」
西フランクでは急遽議会が開かれ、やはりカール3世の西フランク王位が剥奪される。
ここの場合、もう一つ議題が有ったが、それはすぐに議決された。
「パリ伯ウード殿、このフランク王を引き受けて下さい」
急遽国王を立てねばならなくなったが、その際幼年の王ではダメだ。
フランク王国は統一志向がある。
東フランク王アルヌルフに対抗するには、それなりの人物が必要だ。
カロリング家の王を望む者でも、事態は呑み込んでいる。
そして「パリ防衛の英雄」パリ伯ウードが王に立てられたのだ。
まあ、アルヌルフ同様戴冠式をしていないから、暫定の王ではあるが。
そして、カロリング家のシャルルが成長した時には王に、という勢力が残る。
他方、イタリア王国。
ここでも議会が臨時招集され、カール3世の王位が剥奪される。
そして王を決める段階で、揉めた。
フリウーリ辺境伯ベレンガーリオと、スポレート公グイードのどちらが良いか?
どちらも女系でカロリング家と繋がっている。
他にもトスカーナ辺境伯やイヴレーア辺境伯等が名乗りを挙げ始めた為、フリウーリ辺境伯ベレンガーリオとスポレート公グイードは手を組む。
スポレート公グイードは西フランク王を目指し、フリウーリ辺境伯ベレンガーリオがイタリア王となる取り決めが為された。
プロヴァンス、ここではカール3世が自分の後継者にしようとしたルイが、そのまま副王から王に名乗りを変える。
中フランク王国からプロヴァンス王シャルル領、イタリア王国領、西フランク王国領、ボソ領と移り変わっていたこの地では、ボソとロタール2世の娘の子であるルイを担ぎ、西フランク王国にも東フランク王国にも属さない道を選ぶ。
ブルゴーニュ、この地でも混乱が起こる。
北ブルゴーニュでは貴族と聖職者たちがサン・モーリス修道院に集まり、トランスジュラネ辺境伯ルドルフという男をブルゴーニュ王に選出した。
ヴァイキングに荒された恨みからか、カロリング家とは別の者を立てたのかもしれない。
だが他の地域では、西フランク王国の忠臣で、プロヴァンス王ボソの弟であるブルゴーニュ侯リシャールが反乱分子を抑えつけた。
プロヴァンスに合流したい勢力を潰し、西フランク王国に留まって、パリ伯ウードを支持する。
これらの地域と異なり、カール3世の廃位を認めなかったのはロタリンギアである。
この地でもカール3世への不満はあったのだが、そもそも東西のフランク王国に属したくもない。
よって、東フランク王アルヌルフの決定を否定し、カール3世の廃位も否定する。
彼等は、そのままカール3世、更にその私生児であるベルンハルトを担いでいる。
カール3世の廃位はやむを得ないとしても、アルヌルフよりはベルンハルトとしたい。
統一されたフランク王国は、僅か2年で5つの王国、8人の君主とその候補者に分裂してしまった。
そこまではまだ分からない時期だが、アルヌルフはカール3世に会う。
カール3世はナイディンゲンに逃げていた。
ナイディンゲンはアレマニアの地にあり、廃位を決めたとはいえ、やはりそこの王であった事を大事に思い、匿う者も多数いたようだ。
アルヌルフと会ったカール3世は
「貴様は!
やはり僕の地位を脅かし、殺す気だったんだな!
どいつもこいつも、信用なんか出来ない!
皆して僕から、何もかもを奪って行くつもりなんだな!」
と怒り喚く。
その様子を見ながら、アルヌルフは非常に穏やかであった。
「叔父上、貴方は貴方じゃない」
「は?
何を言っているんだ?
訳分からん。
僕は僕だろうが!」
アルヌルフは首を横に振る。
「伯父上、いつもの叔父上ならそんな興奮はしない。
やる気無さそうに受け容れている。
実際、貴方は王になんか成りたくなかったと言っていた」
「ぬぬぬぬ……お前、僕を一体何だと思ってるんだ?」
「数少ない、残された俺の親族だと思ってるよ」
「何だと?
だったら何故?」
「もう休んで良いのだ。
貴方は今、どこかおかしい。
そんな猜疑心とは無縁の人物だったのにな。
空回りするような積極性も無かった。
貴方がただのアレマニア王だった時から仕えていたベルチェリ司教リウトヴァルトが言ってたよ。
人が変わったようだ、と」
「あの者はお前の下に居るのか?」
「ああ、何の実権も持たせてはいないが、俺が保護している」
「……元気か?」
「まあな。
権力を持たないから、今じゃ聖職者みたいになっているぞ」
「……いや、あいつは元々聖職者だぞ」
「フフフ……、大分興奮も治まって来たようだな。
やっと叔父と甥の関係で話し合えそうだ」
「そうかもな。
ちょっと水を飲ませてくれないか」
冷静さを取り戻したカール3世に、アルヌルフが静かに質問する。
「頭は痛いのか?」
「痛い。
時々割れそうに痛くなる」
「手足の痺れは?」
「無い」
「では、疑っている毒ではないのだろう」
「毒?」
「人が変わったようになる、そんな薬があるかは分からない。
だけど俺は、真っ先にそれを疑っていた。
今でも毒の可能性は捨てていないが、少なくとも父上やルートヴィヒの叔父上を殺した毒とは違うんだろう」
「待て、兄上たちは毒殺されたのか?」
「かもしれない。
そう思わないか?
余りにも貴方に都合良く人が死んでいく。
貴方は犯人ではない。
だから、貴方を傀儡にして操ろうとする者が得をしている」
「何だと!!!!」
「落ち着いてくれ。
興奮すると、また頭が痛くなるんじゃないのか?」
「ああ……だが、落ち着いてなんかいられないぞ!
一体どうして?
僕のせいで兄上たちが死んだと言うのか?」
「だーかーらー、落ち着けって。
それじゃ貴方を王位から外した意味が無い」
「????
言ってる意味が分からない」
「病気か毒か知らないが、療養しろって事だよ。
そして、おかしくなった貴方では方々に迷惑が掛かる。
自分がやった事を振り返ってみろ。
何故皆が廃位を求めたか。
それが答えだ」
カール3世は暫く考え込んだ後、アルヌルフに帝国議会を開く事と、それへの自分の出席を要請する。
そしてトリブールで開かれた帝国議会にてカール3世は自ら退位を発表したのである。
こうしてカール3世の治世は終わった。
同時に統一フランク王国も失われ、今後統一される事は無くなるのである。
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