続ショッピング
ナトリは早苗に連れられて、大型な商店に入る。
建物の中は、まるで商業ギルドが開催する市場のように様々な商品が多種多様に売られていた。
しかも……衣類コーナーで激安1着千円〜というポップまでも発見してしまった。
何着も買って貰ったあの服が、物凄くお高かったのを理解させられる。
極め付けは、エスカレータという動く階段である。
上階へ昇るのと下階に降るのが隣接して設置されていて、買い物に訪れた人々が利用している。
例に漏れず、ナトリは早苗と共に下降する階段に降り立つ。
ゆっくりとだが、黙ってても降りて行く階段に不慣れなせいか気持ちが落ち着かない。
瞳を隣に向けると上昇する方に乗った人々から、すれ違いざまに注目されている事に気付く。
服を買って貰ったは良いが、まだ身に付けてはおらず元の目立つ聖女服のままだ。
早苗さんの家に着いたら早々に着替えさせて貰おうと決意新たに、紙袋を抱える。
「ナトリはん、見られてはるわ」
「ええ、やはりこの聖女服がどうしても目に付くみたいね」
「いやいや、服だけに限った話じおまへんとあたしは思うなぁ……」
「ええ?」
「その何処か幻想的な容姿に惹き付けられる思います」
「…………」
王国内でも散々持て囃されたナトリとて自覚はあるものだ。
だが、元の世界には容姿端麗を極めたような種族のエルフが存在する。
仕えてくれたリリィもそうだが、彼女達を見慣れると讃えられる程でもないのでは? という気持ちに何度もさせられる。
尤も、そのリリィには美しい容姿も魔法の才能も、エルフに引けを取らないなどと褒めちぎられた過去もあるが、あれは流石に自分に自信を持たせる為のリップサービスだと思っている。
やはり、この毛色が他と違う服装がより多くの注目を余計に浴びてしまうのだろうと帰結させる。
考え終えた所で、階下に降り立つと野菜や果物を始めとする多くの食材と人で溢れ返っていた。
沙苗は小さな車輪の付いた台座の上に、濃い色の付いたカゴを乗せると、それらを押し進みながら歩き出す。
ナトリはその後を付いて歩くが、食材一つ取っても見るもの全てが新鮮で、正直驚きを隠せない。
透明な容器に入れられた生肉など、きちんと綺麗に切り分けられていて、魔物の解体みたいに捌く必要がないなど、実に手間要らずである。
そんな中、沙苗は色々な食材を放り込みながら質問してきた。
「記念すべき最初の手料理は和食系に決めたわ。ナトリはん和食は平気?」
「幸いな事に苦手な食材はないわ」
和食というのは食べた事がないが、作って貰えるなら何でも大歓迎である。
本人の言う通りナトリは食に偏りが無く、不味過ぎて食べられた物じゃないと言われる魔獣の肉すらも平然と食する猛者だ。
尤もその時は、流石にエルフのリリィには引かれてしまったが……。
一通りの献立が決まったのか、さっきより早いペースで食品が積まれていき籠が埋まっていく。
生魚や生肉を中心に、色々な野菜や小さな瓶に入った調味料、袋や箱型の紙に入れられた菓子類、眺めてるだけで気分が高揚しそうである。
沙苗のお陰で少し心に余裕が出来たからか、ナトリは自然と笑顔を浮かべていた。
「あら、何だか楽しそやな」
「ええ、全てが新鮮で新しい刺激に満ちているの」
「もう、何だか大袈裟」
そう突っ込む沙苗も何処か嬉しそうで、ナトリも一層嬉しくなる。
そして、買い物かごが目一杯になると、支払いの精算を行うという理由で、店員が複数のカウンター毎に立っている場所を訪れる。
買い物客は規則正しく、それぞれのカウンターに並んでいて感心させられる。
冒険者ギルドのカウンターは、何度か勇者パーティへの直接依頼で訪れた事があるが、受付前は大抵混雑していて、押し合いへし合いからの怪我や喧嘩のトラブルは日常茶飯事だった。
そんな中、争いに巻き込まれずに済んだのは、一重に勇者パーティだからこその恩恵で、要は道を譲って貰えただけの話である。
沙苗の順番が回ってくると、カゴの中の商品を別のカゴに移し替えられていく。
その途中、何かの装置の上を通す事で「ピッ」っという音を発していた。
似たような音は、ホテルの開錠カードキーで聞いた覚えがある。
備え付けられた画面には商品名と金額の羅列が表示されている。
どうやらこれは商品の合計金額を算定し精算させる装置のようだ。
冒険者ギルドカードの更新や魔物から獲れる魔石や素材の鑑定装置である魔道具を何処か彷彿とさせる。
作業が済んだのか沙苗は店員に支払いをする事なくカゴを別の場所に移動させた。
不思議に思っていると彼女の前には、またもや別の画面を備え付けた装置がある。
その装置から声が発せられた。
「ご希望のお支払い方法を選択して下さい」
ナトリは驚く、話す道具なんて、アイテムボックス内に封じているレジェンド武器であるインテリジェンスウェポン以来である。
それが何台も並行して常設してあるという事実が驚愕に拍車を掛ける。
ナトリが驚き固まっている傍ら、沙苗は淡々と支払いを済ませた。
「固まってて、どないしはったの?」
「い、いえ……何でもないです」
流石異世界だけの事はあってまだまだ未知なる類の物で溢れ返っている。
昨夜からこの世界の文明レベルには驚かされっぱなしだが、恐らくまだまだ氷山の一角で、今後もまだまだ、こういう事が続くものだと安易に予想が付いた。
その度に狼狽えていては、王国の聖女としては、少々格好が付かない。
深呼吸してナトリは平常心を保つと、沙苗の商品を布製の袋に入れる作業を手伝った。
「ぎょーさん買い込んだ所為で結構な大荷物になっちゃったわぁ。まぁ帰りもタクシーや、そこまで少々の我慢どす」
それを聞いたナトリは自身のアイテムストレージに収納するべきか悩む。
一見親切な行為だが、沙苗の購入品を単に預かるという内容に限らない問題が存在する。
それに、この魔法のない世界でアイテムボックスや類似するストレージは非常識の可能性が高いのは考える迄もない事だ。
世界観や文化、価値観の差異や常識違などで揉める前に、後々にでも、沙苗と話し合う必要がある。
今は荷物を分担して持つことで我慢して貰おう。
「ほな、戻りましょか」
「はい」
ナトリは沙苗と共にデパートの出口へと向かった。
その先で、すぐに事故に遭遇するとは思っていなかった。




