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事情聴取2

倉橋刑事との質疑応答な事情聴取は、思いの外難航した。

どうにも倉橋は頭が硬く、如月よりも頑固だったのが大体の原因だ。

当然、ナトリの強盗を捕らえたと云う話は一切信用せず、犯人の供述すら疑っていた。


何故なら犯行を犯した彼等に薬物反応が見られたからだ。

違法スレスレの合法ドラッグだが、強い興奮剤として若者達の間で流行ってる薬だ。

度重なる服用で、時には幻覚作用まで発症させる場合がある。


倉橋が言うには、逃走時、薬の悪影響で幻覚症状が現れてしまい……頭が混乱した事で、運転手の男が仲間である筈の男達を縛って、天界まで戻ったのでは無いかと考察していた。


根拠としては、沙苗を刺したという犯人の供述が、全くの出鱈目だったのが理由の一つだ。

現に沙苗には、刺し傷どころか切り傷すら見当たらなかった。

その事は診察した医者にも既に確認が取れてある。

服に付着していた血痕に関しては、男の1人の後頭部に鈍器で殴られたような跡が新たに見付かった事で、被害者である沙苗と被疑者である男が、争った末に出来たモノだと強引に結びつけられ判断された。

その過程で沙苗は気を失ったとも推察されている。

確かに刺されたと言う沙苗の証言すらも、被害に遭った心理的影響下で記憶が混濁し曖昧になったと結論付けられてしまった。


事件を都合よく書き換えられた挙句、上手く言い包められてるようで、沙苗としては少々納得のいくモノでは無かったが、傷はとっくに癒えていて、男に刺されたという証明する術はない。

何より自身の記憶を信じたい反面、余りにも非現実すぎて説明出来る自信がないのも確かだった。


その一方で、ナトリのほうは、彼女自らが捕らえたという証言は変えなかった……その結果……。


「大人を馬鹿にするのも大概にしろっ! こっちは真剣に捜査してるんだ」


なら、どうやって強盗犯を捕えたのかという至極真っ当な質問に対し、ナトリが魔法を使用したと平然と答えてしまった事で、倉橋を激怒させてしまう事態を招いてしまった。

それ以降は彼女の存在は、徹底して無視される形で事情聴取は進んでいく。


最終的に倉橋の考察した通りに話は進み、口を挟む隙すら許されず、事情聴取という名目のシナリオ造りは終えられた。

魔法の話が余程、腹に据えかねたのか倉橋は去り際に言い放つ。


「ああ、丁度良い事に此処は病院だ。君には受診される事をお勧めしますよ。勿論、精神的な方の意味でね」


倉橋は自身の頭を指先でトントン叩きながらナトリを明らかに揶揄していた。


「失礼にも程があると思いますぅ。訂正して彼女に謝罪しはって下さい」


これには沙苗も怒り心頭で立ち上がり訂正を求める。


「彼女が魔法を使ったと本気で言ってるなら……必要な処置では?」


「っ……それにしても、えげつない話どす」


証明出来ない魔法の話を持ち出されると沙苗も反論が難しい。


「勘違いしないで下さい。私なりに本気で彼女(の頭)を心配してるのですよ……」


と倉橋に嘲笑付きで、しれっと言い繕われてしまった。

沙苗は何も言えずに立ち去る彼を睨み続けるしか出来なかった。




「最後の方、不愉快やったでしょう? 堪忍してくれやす……余り言い返す事が叶わなくてなぁ」


帰りのタクシーの後部座席で沙苗は謝罪を口にする。結局最後は何も言い返せなかったのが心残りのようだ。


「沙苗さんが謝る必要ないです。私は特に気にしてません。罪を犯した者は全員、ちゃんと捕まりましたから」


「そやけど……いえ、ナトリはんこそ怒らなきゃあかんどす」


「駄目……ですか?」


「流石に、いけずにも程がある酷い言い方やと思います」


「そうかも知れません。でも、そう言われて仕方ない事なのも理解出来るの」


「……………」


沙苗から見てもナトリは、自身の置かれた環境や立場をキチンと把握している節がある。

きっと信用されないのは織り込み済みで、それでも魔法の話をしているのだ。


「一応確認させて貰うけど、あたしが受けた傷を癒してくれはったのは……ナトリはんどす?」


「はい。私が治療魔法を使用しました」


「えらいおおきに……生命を助けられたと思うて」


素人判断だが、生命を落とす最悪なケースも考えられる程の酷い痛みだった。

沙苗が素直にお礼を口にしたからだろう……ナトリは意外なモノを見たような顔をする。


「ふふ、何ですか、そのお顔は? お礼言わはると思わんかったどすか?」


沙苗はナトリの吃驚する表情が面白くて、つい笑いながら冗談めかしてみせる。


「……正直、信じて貰えるとは思っていなかったので……」


「ナトリはんはそれを知りもっても言うてしまうのよな。きっと、貴女の矜持か何や、譲れへん部分があるのな」



ナトリは、自分を養子にしてくれる沙苗という女性には、何処か見透かされているような気持ちにさせられる。

ナトリの隠してる本当の気持ちを何処か察していて、当ててくるのだ。


「沙苗さんには、何でもお見通しなんですね」


「何でも……は言い過ぎどす。多分、そうではおまへんのかなと何となしに思っただけで」



魔法という絶大な力は、まだ幼かったナトリの人格形成にも多大な影響を及ぼしている。

彼女にとって最早欠かせない要素の一つである。

3年という短い月日で色々と修得出来たのにも関わらず、その影響力は計り知れない。

謂わば聖女としてのナトリそのものとも言っても決して大袈裟ではない。


そんな魔法を、魔法のない世界の人間が認めてくれた。

途端に嬉しいという気持ちや感情が湧き上がる。

お礼や感謝の言葉は、魔王討伐の旅の道中にも助けた人々から沢山貰えた。

魔物から生命を救い大怪我を癒やし、王国の民達の笑顔を守る事が出来た。そんな自分と自分を支えてくれる仲間が誇らしかった。


でも、この異世界には魔法そのものが存在しない。

当然の如く誰にも信用されず、倉橋に至っては侮蔑の眼差しが向けられた。

分かっている……この世界でのナトリは異質でイレギュラーな存在だ。 それが自然と導き出された答えだ。


それでも、魔法の存在を信用されないのは悲しかった。

それは、まるで海の底で藻搔いてるように息苦しく、魔法ごと存在まで淘汰されてくかの様な錯覚を覚える。

ナトリ自身を拒絶されているようで、仲間との絆まで否定されているようで、内心は悲しかったのだ。

だから、沙苗の何気ないお礼の言葉は、この世界で何より欲していて、だからこそ嬉しいものだった。


「ありがとう」


表情が和らいだナトリの口から自然な感じで、お礼の言葉が紡がれる。

ナトリは、一応、形式的に目上や赤の他人に対しては、丁寧な言葉遣いを心掛けている。

それが、淑女としての姿勢であると同時に聖女としての仮面だと、リリィに口酸っぱく注意され続けたからだ。

そんな風に言われるくらい、以前のナトリは目上の者に対しても、普通にタメ語だった。


「……その砕けた態度のほうが素敵どすな。あたし達は家族に成るんそやし、今後はお互いに遠慮せんと話していきまへん?」


「えーっと、それでも良いなら、そうするわ」


「……そんな感じが、ええどす。そうだっ! 一つハッキリさせたいのそやけども、ええかしら?」


「うん、何?」


「金貨売ったお金は、何に使うつもりやったん? 生活費どす?」


「それもあるけど、その、服を購入しようかなと……」


ナトリの聖女服は相変わらず浮いてしまう。

密かに聞き耳立てていたタクシードライバーも、魔法云々の話は演技か何かの話だと勘違いしてるくらい説得力がある。


「ああ、確かに……そうだ、ホテルでチェックアウトしたら買い物にでも行きましょか」


「うん」


ホテルに立ち寄った後、タクシーは市内のショッピングモールに到着する。




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