12.不細工なりの矜持(個人の意見です)
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そうして連れてこられたのは、邸内階下に広がる大広間を見下ろす、大階段の端だった。
その隅からそっと見下ろした先に広がっていたのは、上品な、とても上品な設えの……私の知っている言葉で表すならば、酒場だった。
座り心地の良さそうなソファ。
毛足の長い絨毯。
すぐ傍まで近付かないとその人の顔すらわからない薄暗い間接照明。
広めの間隔をとって置かれているソファセットには、貴族らしい裕福そうな客と接待する美しい女性。
偶に立ち上がり席を移動する女性のする挨拶は略式ではあるがカッツィだった。つまり、低位の貴族令嬢が上位貴族を接待する酒場ということだろう。
上品な笑い声は聞こえるけれども、会話の内容は一切聞き取れなかった。
銀色の盆をもって酒やおつまみを運ぶ係の動きすら貴族のそれだ。
広間の端にあるステージの上では綺麗な女性がピアノの伴奏でゆったりとしたラブソングを歌っている。会話の邪魔をしない絶妙な音量だ。
総菜屋で働く私にはあまり縁はないが、一度だけ食堂のおかみさんからの声掛かりで近所の酒場へ応援に行った事がある。
傷だらけの木のテーブルや椅子、溢した料理や酒のシミがついた床や壁。
そこで聴こえるのは客の粗野な笑い声や歌声だ。
大きな声を出さなければ隣のテーブルから聞こえてくる声で搔き消されてしまうので、会話の内容は筒抜けだ。
ホールは大盛況で、食事や酒を運ぶ傍から客から新しい注文が飛び交い、ついでというように尻を撫でたり酌をしろと声が掛かるので辟易したので、二度目は丁重にお断りした。
確かにチップは弾んで貰えたし日当も良かったけれど、貞操の危機すら覚えたので無理だった。
一時期は身体を売ってでも弟を養わなくてはいけないかもしれないと考えたこともあったけれど、実際には弟は私の庇護など必要としない優秀さだった。
むしろ弟の出世を邪魔しない為にも、清貧に生きる方が大切だった。
だからつい、貴族の経営する、貴族相手のものであろうとも酒場は酒場だと眉を顰めた。
「美しさをお金にする。綺麗な人は、お金の稼ぎ方も簡単でいいですね」
冷たい水仕事も、重い荷運びも、着る物ひとつ手に入れるのに十日は掛かることもないお気楽な生活ができるのも、みんな美しいからだ。
この綺麗で上品な酒場を経営する陰で、そういった力仕事や汚れ仕事はある訳で、そういった仕事は不細工な人達が背負っているのだ。私みたいな。
距離の近い接客風景も煌びやかなこの空間も、すべてが私には手が届かない別世界での出来事だ。
「ふふん。なら、今のオリーちゃんにも簡単だね。だって今だけは、自身も認める美人なんだろう?」
どうやら私が気が付くよりもずっと前から、あの部屋での私と美人さんとの会話を聞いていたらしい。
「盗み聞きなんて。いやらしいわ」
「盗み聞き? とんでもない! 僕はちゃんとあの部屋の持ち主に招き入れられてあそこにいたんだ」
白々しく大袈裟に首をふるおじいさんの態度に怒りが抑えられない。
悔しさに頭へ血がのぼった。
「えぇ、そうね。今の私は、私からすれば綺麗だと思うわ。作り物でしかないけれど!」
「じゃあ、簡単だろう? ぱぱっとオリーちゃんも稼いできちゃいなよ」




