▽指輪の罠
シルバーは噂を聞いた。国からの使者としてリアンがヴェール領を訪れると。そう聞けば気にもなる。シルバーはこっそりと、リアンが宿泊するというサンダンヴェール邸の周囲を張ることにした。
「ようこそリアン殿!よく来てくれた、また夜にでも酒を飲み交わそうぞ」
「程々にな。先に仕事だ」
「分かっている。きちんと下調べはしてある」
情報通り、リアンは現れた。案内しているのはキフという外交官兼次期サンダンヴェール大公内定者だ。現在のサンダンヴェール大公はもう高齢で、執務の半分は既に彼が請け負っているという。
リアンとキフの会話はスムーズで、随分親しげだ。馬車から降りたリアンはお付きを一人だけ連れている。シルバーは見た事がない男で、つまりは新しいお付きだろう。
彼らが屋敷の中に入ってしまえばシルバーは後を追うことは出来ない。シルバーはまた暫く屋敷の外で待機した。
次の日の朝、リアンとキフは庭に出て魔法陣を展開した。キフの眷属らしき男も一人付き添っている。
「あ、ヤベ」
何重にも描かれた魔法陣が光を上げて消えると、三人の姿はどこにもない。彼らが使ったのは【転移】だった。
「……どこに行ったんだ?」
シルバーは気が抜けて思わず呟いた。【転移】なんて滅多に使う魔術ではない。リアンが楽に移動できるようにわざわざキフが座標を用意したのだろうか。考えてみれば、次期大公ともなればその程度の接待は当たり前にこなせるだけの駒は持っていそうだ。
シルバーは仕方なくその場を後にして、目ぼしい場所を探し回る事にした。見つけたからと言って何だという話ではあるが、気になるのだから仕方がない。
街を探し始めてほんの数分、つい抜け道を使おうと路地裏に入ってしまった時。
「シルバー・チェインだな。ついて来てもらおうか」
「……チッ」
シルバーは早速どこぞの眷属に絡まれた。人数は分かる範囲で三、耳には赤いピアス、アレキンヴェール系の眷属だ。そして黒装束からして恐らく処刑人。シルバーは勿論付いて行くわけが無く、相手もそれを承知している。シルバーからすれば全く無意味なやり取りだ。
ギィイィン
放たれた短剣をシルバーの腕輪が弾く。暗黙の了解で、大鎌や四素魔術の使用、一般市民への被害を出すのはタブー、しかしそれ以外は闇討ちだろうと多対一だろうと毒だろうと何でもあり。それが処刑人同士の戦い。堂々と同族に刃を向けられるのは、シルバーにとっても気分の良いものではない。そして高位貴族家の処刑人は総じて手強く、大人数を相手に出来るほどの力量は今のシルバーにはなかった。
シルバーは何人かを伸してから適当な所で大通りに飛び出し、人の波に紛れて難を逃れる。気配を消しながら暫く適当に歩けば、追手の気配はなくなった。
シルバーはフードを被り直してため息をつく。毎度の事ながら、気が抜けない。さてこれからどこに向かおうかと思考していたシルバーの視界に、ふと嫌なものが映る。
「あ。あれあれこれはどうもご機嫌麗しゅう。久しぶりだねェ?元気してたー?シルバー」
「……エトーレ」
ワインレッドのジャケットと白の刺繍シャツをさらっと着こなし、外套の代わりにハットを被った小洒落た男、エトーレ。シルバーと同じアレキンヴェール系の処刑人で、いくつか年上だが同年代の括りに入る。昔から何かと顔を合わせる事が多い人物だ。
「そんなに嫌そうな顔すんな。数少ない友人との再開じゃん。もっと喜びなよ。お前、俺以外に友達いんの?」
「別にお前の事も友人だなんて思っていないが」
幼少期は確かに一緒に任務にあたっていたが、エトーレが奉公を始めてからはシルバーは彼に積極的に関わらないようにしていた。口を開いても自慢話と勧誘話しか出てこなくなったからだ。たまに手合わせをする事はあったが、シルバーばかり勝ちが続くようになってからはその誘いもなくなった。他と比べて関わりがあるといえばそうだが、シルバーからすれば友人と呼べる程親密な関係ではない。
「相変わらずドライな奴だなあ。まあいいや。ちょっとそのへんの喫茶でお茶しよ。俺の奢りでいいから」
「しない」
シルバーは行ってもどうせ勧誘だろうと背を向けた。さっさと立ち去ろうとしたのだが、エトーレに腕を掴まれて足が止まる。小さく笑ったエトーレに嫌な予感がして振り返ると、彼は腕を掴んでいない方の手に銀色の指輪をひらひら揺らしていた。見ると、シルバーの指から指輪が一つ減っている。
「おい」
「ほら、返して欲しかったら付いてきて。行くよ〜」
「チッ」
力尽くで奪い返せないこともないが、大通りで騒ぎを起こすわけにもいかない。シルバーは全く不本意だと顔に出しながら、仕方なくエトーレの案内通り喫茶店について行った。
エトーレが入ったのは、貴族街の少し手前にある薄暗い照明の喫茶店。シルバーは腹いせに一番高い紅茶とケーキのセットを注文した。
「で、シルバーは目星ついてるの?誰に仕えるか」
「お前こそ、とっくに眷属化してると思ったが」
エトーレに特別興味がある訳ではないが、シルバーは自分の事を話したくなくて話を振った。エトーレは昔と変わらぬ茶色の目を細めて苦く笑う。
「はは。まあ確かに。ちょっと予定が崩れちゃってさ。まだなんだよね」
「何かあったのか?」
「興味ある?んーとねえ、マザーローズって知ってる?」
「……噂程度に」
マザーローズ。シルバーの知るところによれば、最近ヴェール領を騒がせている誘拐犯だ。噂によれば、孤児院やなんでもない市民の家、商人の家からも子供が消えていて、その全てがマザーローズと名乗る者による誘拐だと言われているらしい。
「俺の奉公先の坊っちゃんがね、マザーローズにやられちゃって」
「まさか……。ヴァンパイア貴族にまで手を出しているのか」
「そう。マザーローズについて行きますって置き手紙残して消えちゃったワケ。その捜索を命じられてるんだけどサ。これといった成果ナシって感じで」
エトーレは首を竦めてクッキーを齧った。成果を上げてからでないと眷属契約に移れないということだろうか。それか、親ではなくその子供の方に仕える予定だったのかも知れない。
「はい。俺は話したよ。次はシルバーの番な」
「話す事は特にない。今はまだ眷属化する心持ちになれていないんだ」
「フーン。誰か大穴の本命がいるとか?」
「だから、そうじゃない。俺自身の問題だ」
「大公様からも勧誘されてるのに悩むコトある?」
「カマをかけるな」
「バレちゃった?でもホントのとこどうよ、勧誘されてるんじゃないの?いいじゃんそれくらい、教えろよ」
「……」
「黙るってことはそういう事?」
「そうかもな」
大公に勧誘されて応えない処刑人なんていない。自分がおかしな行動をしている自覚があるだけに、シルバーとしてはあまり知られたくない事実だった。しかしエトーレはそんなシルバーを傲慢だと詰る事無く面白そうに笑った。
「さっすが格が違うねェ。断トツの人気株は。欲が薄くて潔白で、誰とも群れず、求められても簡単に尻尾を振らない。イイねえ、そういうの。古き良き処刑人って感じで」
「古き良き……そうか?」
「そうサ。今の処刑人はプライドが低過ぎる嫌いがある。ヴァンパイアに恭順するだけが処刑人じゃあないよ。力のある処刑人なら余計に、ヴァンパイアに代わって裏を支配するくらいでないとサ?」
エトーレは処刑人一族の中でも古い家の出でプライドが高い。実力もそれに見合ったものだから、多少の傲慢も許されているのだが。
「なあシルバー。俺と来いよ。実はもう次の奉公先決めてあるんだよね。そこの主と眷属契約するつもり。昔一回奉公してた事あるんだけどサ、その時はまだ下位の家だったのに今や中位になってて、多分数十年もすれば高位貴族家になるよ。意欲のあるヴァンパイア様でサ、その分眷属の出番も多いワケ。奉仕先転々としてるうちに、高位のヴァンパイアに仕えても防戦ばっかで詰まんないって分かったからサ。お前も戦闘好きだろ?悪くない話だと思うよ」
とにかく地位の高いヴァンパイアに仕えるのが処刑人の誉れ。しかしエトーレは仕える主を自分の力で高位にのし上げようとしているらしい。奉公を繰り返し選ばれるのを待つ者が多い処刑人の中では珍しい思考だ。
「いや。言ったように、俺はまだ主を決める気分じゃないんだ」
「じゃあこういうのはどうかな?」
エトーレはシルバーの手を取って、盗んだ指輪を指に滑らす。素直に手を預けているシルバーに、エトーレは薄暗く笑った。
「【呪針】」
「っ!?」
エトーレが嵌めた指輪から黒い蔦のようなものが伸びて、指に巻き付く。そして鋭く尖った先端が手の甲に突き刺さり、血管が広がるように根を張った。
「痛っ、エトーレ、テメェッ!」
「まだまだ甘いねシルバー」
胸ぐらを掴むように伸ばしたシルバーの腕は空を切り、エトーレは身を翻す。
「まあ、解呪頑張ってみな?我慢出来なくなったら取ってあげるからサ、その時は俺の新しい主への手土産になってね。じゃ、また会おう!」
ガラッと窓を開けて、エトーレは大通りの雑踏へと飛び込んだ。テーブルの上には律儀に代金、追おうとしたシルバーが一瞬それを確認した間に既にエトーレの姿は消えていた。
キチキチと痛む右手を強く握りしめ、舌を打つ。闇雲に指輪を抜こうと試みても、深く入り込んだ蔦がそれを許さない。しかも蔦はどんどん深く侵食しているようで、皮膚の下の黒色の根はじわじわと範囲を広げている。
どんな効果の魔術かシルバーには分からなかったが、とにかく気味が悪い。
シルバーは最悪の気分で店を出た。
それからシルバーと眷属達との攻防は激化した。眷属達は何故かシルバーの行く先々に現れ、完全に撒いてから帰っている崖上の寝床にまで現れるようになったのだ。その原因として思い当たるのは、ずっとキチキチ痛む右手に光る指輪。これが強く痛むようになると眷属達が現れる。そう気が付いた時シルバーはエトーレの意図を理解し、同時に殺意を抱かずにいられなかった。
エトーレは指輪に掛けた何らかの術でシルバーの居場所を他の眷属に流している。その情報提供はこの指輪がある限り続き、シルバーに安寧は訪れない。つまりはこの睡眠すら禄に取れない生活から抜け出したければ、エトーレの下に下れと言いたいのだろう。
「ウゼェ……!」
シルバーは襲ってくる眷属に容赦をしなくなった。本気で息の根を断つつもりで反撃し、腕や足も何本か落とした。運が良ければ主に再生してもらえるのだから心も痛まない。明らかに凶暴になったシルバーに、貴族達は対応を分けた。身を引いた者もいれば、報復としてさらに刺客を送った者もいた。自分から仕掛けておいて報復とは滑稽だと、シルバーは更に荒れる。
どうすればいい、なんて言えば放って置いてくれるのかと、シルバーは誰に問うでもなく夜な夜な愚痴る。
「嫌いだ、全部」
ヴァンパイアに加担する親も祖父も、どの眷属も、ヴァンパイアも、ヴァンパイアを貴族として扱うこの小さな世界も、処刑人である自分も、その伝統も。
息苦しい。疲れた。ウザい。辛い。
それでもシルバーは、現状維持以上が出来なかった。ヴェール領を出るという選択が脳裏を過っても、苦く噛み潰す。主を決めねばと口に出し、相反すると思いつつ時折サンダンヴェール邸に立ち寄ってみてはヴェール領では珍しい黒髪を探した。




