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勝利の味

 





「はぁッ!」

「ぬぐふッ!?」


 緑の塔最上階、屋上。一番にたどり着いたミケは強化された身体による肉弾戦で二人を落とした。


「なかなかやるなお主。だが、私を倒さぬ限り旗はやらんぞ」

「すぅ……グオォオオォォォ!!」

「ぐ!?」


 最後に残ったのは中年の重戦士。使い込まれた硬い鎧と大きな盾、片手剣を携え、ミケの咆哮を受けても一瞬怯むに留まった。歴戦の戦士たる鋭い眼光がミケを貫く


「……っ、珍妙な技を!しかしこの程度ではやられんぞ!」

「旗は貰う……!」


 強く地を蹴って飛び出したミケの蹴りを、男の大盾がガッチリと受け止める。すぐ迫る剣を身体を捻って避け、足を払おうとして防がれ、頭を打とうとして防がれ、時折魔術を絡めて咆哮を絡めて、ミケは猛攻を続けた。しかし、あと一人、あと一人だと急く心が、焦りを生んだ。


「そこぉ!」

「ぐぁっ!!」


 最小限の動きで避けようとしたミケを見切って、男が無駄に大きく踏み出し盾を強く押し出した。それは重く強烈な一撃となってミケを襲う。弾かれるようにして、ミケは屋上の縁ギリギリまで転げた。


「危ない!」


 あわや落下というところで、現れたハーナがその背中を受け止めた。


「すまない……」

「大丈夫ですか?……あと一人ですね!私が奴の相手するので、ミケさんは旗を」

「いや、オレがやる。旗はハーナに任せた」

「え?は、はい分かりました!気をつけて下さいね!」


 ミケはすぐに立ち上がると、直ぐに男のもとへと跳ぶ。岩の鱗を叩きつけて、効果は薄いと知っていながら【身体強化】を重ね掛けして、思いっきり蹴りを繰り出す。無骨で頑丈な盾や鎧を殴り蹴る度、もっともっとと力が湧いてくるようだった。

 男はハーナも警戒しながら旗を背に戦っていたが、吹き飛ばしてもすぐ復帰し猛攻を繰り返すミケを相手に手を抜く事ができない。そしてついにミケの蹴りが側頭部にヒットした。その瞬間を突かれ、男はハーナの侵攻を許す。


「オラッ!」

「ガハッ……!」


 体勢を立て直した頃にはもう遅い。


「取った!取りましたよ〜ミケさ〜ん!!」


 緑色の旗を振り回すように掲げて笑うハーナを見て、二人は戦いの終結を知った。


「勝った……!」


 なんとも言えない達成感と爽快感がミケを自然と笑顔にした。遊闘技場全体に、試合終了と青組勝利のアナウンスが流れる。観声や悔しげな叫び声で客席は賑わった。


「ふぅ……負けか。だが、面白い戦士と戦えたものだ。この辺りでは獣態系魔族は珍しい。お前達は皆あのような叫ぶ魔術を使うのだろうか?」

「……さあ。オレの他にも、使う奴はいる、とだけ」

「そうか。あれは危ないな、対策を考えねば」


 男はふむふむと鎧の顎の部分を触りながら頷いてみせる。重い鎧を着用しながらミケの動きについて来てなお疲れた様子も見せていない。


「ミケさん!やりましたね!」

「……ああ」

「どうした、もっと喜ぶといい。私もそこそこ名のしれた守護戦士だぞ。防御が薄かったとはいえ、勝利は勝利だ」

「いや……その。喜んでるが」

「若いのに冷めた奴よのう!ガハハ!」


 男は何故か笑いながらミケとハーナの背中や肩を叩いた。特にミケの背中は何度も叩いた。


「もっと自分を誇っていいぞ!このランドルフが認めてやろう!ではな。また会おう!」


 男はそう言い残して塔の階段を降りていった。ミケはなんだかむず痒い思いをしながら、ハーナと共に塔を飛び降りた。











 遊闘技場待合室。水浴びをしたミケとハーナも合流し、リアンとラメントは彼らに労いの言葉をかけた。


「塔の上からは、お前達の活躍がよく見えていた。よく戦ったな、ミケ。ゲドロを足蹴にしたのは笑わせてもらったぞ」

「すっきりしましたわ」

「あれは……成り行きで」

「そうかそうか。ハーナも、あそこまで動けるとは予想外だった。よく頑張ってくれたな」

「そう、ハーナ結構強いんですよ!」

「か弱いって言ってた気が……」

「まあいいじゃない。ちょっとヒヤヒヤもしたけれどね?怪我がないならよかったわ」


 和やかな四人を、影から見詰める人物がいた。


「くそう……オレ様としたことが、なんて失態だっ!奴隷ごときに遅れをとるとは……」

「ゲドロさん。目立ちますから、今日のところは帰りましょうや」

「まだチャンスはありますって。ほら、奴ら参加者窓口に向かうらしいっすよ。次何の演目に出るのか、俺がそれとなく見ときますから」

「グヌヌ……ここは任せる。オレ様は鍛え直しだッ!」


 悔しげに歯を食いしばったゲドロは、そそくさと遊闘技場を後にした。

 そして同時に、誰にも認知される事なく、その場に潜んでいた影が一人、消え去った。




 リアン達四人はその後遊闘技場前広場の食事処で稼ぎ分の贅沢を楽しんだ。腹一杯にご馳走を詰め込んだハーナはとてもご機嫌で、また沢山食べられるのなら何度でも遊闘技場で戦いたいと豪語し、呆れ顔のラメントに笑われてしまった。微笑ましげなリアンと、もくもくと食事をするミケ、満開笑顔のハーナと、苦笑いのラメント。和やかな食卓は、しばらくの間続いた。

 四人が帰途についたのは、日も完全に暮れたころだった。その道中、ラメントが思い出したように尋ねた。


「旦那様、一度サーヴァント・パープルに立ち寄ってもよろしいでしょうか?一応適度に報告をと言い付けられていまして」

「ああ、構わない。私達は外で待っているから、行ってくるといい」

「いってらっしゃいです!」

「あら。ハーナも行くのよ。当たり前でしょう」

「あっ、そうでした!」


 と言う訳で、一行は奴隷商店サーヴァント・パープルの在る通りに立ち寄ることになった。

 夜も遅いため、店は閉まっている。ハーナとラメントの二人は裏口を利用して店内へと入って行った。リアンとミケは外で待機だ。


「ミケ。今日はどうだった?」

「勝てたのが、よかった」

「そうだな。お陰で美味しいものも食べられた。体の調子はどうだ?魔力も問題無いだろうか」

「大丈夫、だと思う。竜の魔力も、少しだけど使えた」

「ああ、見ていたよ。いい調子だな。土魔術の腕も上がっている」

「オレ、強くなってる……、よな?」

「勿論。とても成長している」

「そうか、よかった」


 ミケは安堵するように息を吐いた。リアンの言う事はきっと正しいだろうと、ミケは取り敢えず自分を褒める事にする。多少でもリアンの力になれたなら、ミケはそれが嬉しかった。


「……ミケ」

「なんだ」


 夜でも活気あふれる表通りの賑わいとは違い、人通りの少ないこの通り。少し遠くの華やかな雑音は、空間から適度に静寂を取り除く。


「お前、どうしたい?」

「……奴隷契約の話か……?」

「そうだ」


 リアンは空を見詰めながらミケに問うた。


『貴男の決断で、ハーナは、救われるのよ』


 ミケの脳裏にあの夜のラメントの言葉が過る。


「オレは……」


 一瞬、ミケは言葉に詰まった。それを聞き逃さず、リアンは言葉を重ねた。


「すまない。私はお前を手放したくなくて、その気も無いのにお前に問うた。自由を願うのは当たり前の事だ。私に気を使って躊躇することでは無い。ただ、その上で、弁解させて欲しい。……お前がこのまま取引に応じ魔王軍の手に渡ったとして、そこに自由はないだろう。そもそも、引き取られる先は魔王軍ではなく研究所を所有していたというヴァンパイアである可能性が高い。魔王軍の事務員とまで癒着しているのだ、まともな対応を望めるとは思わない。そんなところにミケを一人で送り出すのは、あまりに無責任だと思うのだ」


 リアンは言葉を連ねる。

 ミケを守りたいというリアンの意志と、不透明な敵、無邪気なハーナの笑顔と、ハーナを守りたいというラメントの願い。何を選んでも、何かを捨てることになる気がして、ミケの意思は彷徨う。

 暫し沈黙が続いた後、ふとリアンがこぼした。


「……私は傲慢だ」

「傲慢……?」

「ああ。そこだけは、自分でも大魔王の血を強く感じる」


 リアンは少し笑って、視線を空高くに移した。


「かつて私は、傲慢にもこの国全てを一人で守ろうとした。戦う意志のある者もいたが、それを全て封殺してまで。生きて欲しかった、という私の我が儘だ」

「でもそれは……」

「……お前にも、また傲慢を押し付けている自覚はある。だが、どうか受け入れてはくれないか」


 その表情はとても優しい憂慮を含んでいて。そう言われてしまえば、ミケは否とは言えない。

 ミケが頷きを返そうとしたその時。静かな裏通りに第三者の声が響いた。


「う、うわぁ!誰か!」


 悲鳴のようなその声に顔を見合わせると、ミケはすぐさま声の聞こえた方へと向かった。


 奴隷商店から少し裏路地に入ったあたりで、二人は蹲っている人影を発見する。

 リアンはその人影に近付いてその背をさすった。


「どうしましたか」

「お、俺はなにもしてないっ…………!」

「!?ッ……ご主人!上だ!」


 ミケの声にリアンは咄嗟に警戒態勢に入り、蹲っていた男の首元を掴んで頭上に結界を展開した。


「ぁっ……!?」


【悪魔の手】で体の自由を奪われた男が小さく呻く。


「ミケ。落とせるか」

「やる」

「任せた」


 リアンが結界を解くと同時に、ミケは地面を蹴り一気に屋根の上へと跳び上がった。ミケの目に写った人影はニつ。


「クソ!」

「チッ!」


 屋根に着地したミケは、素早く回し蹴りを繰り出した。当たった感触はあったものの、避けられた人影は既に遠くに退避してしまった。咄嗟に咆哮を上げその脚を止めさせる。


「化け物が……!」

「ひぇ……!」


 しかし膝をついた二人はすぐに体勢を立て直して、すぐさま別々の方向へと逃げ出してしまった。一人は闇に紛れるように静かに、もう一人は若干おたおたしながら。

 ミケは一瞬追うか悩んだが、リアンの所にも一人いたことを思い出して一度戻る事にした。


「……すまない、逃げられた」

「そうか。二人か?」

「ああ」


 リアンに首を押さえられた縮こまっている男を見て、ミケは首を傾げる。


「その男は……?」

「分からない知らないしか言わないから探ってみたが、どうやら本当に何も知らぬようだ。念の為押えておいたが、もういいだろう。すまなかった」


 解放された男は、何度も頭を下げながら小走りで去っていった。


「何だったんだ……?」

「上の二人の目を見たか」

「え?」

「紅色なら誰かしらの眷属だ。例のヴァンパイアの手の者かもしれない」

「えっと……二人いて、片方は紅かったような……?」

「なら紅い方は眷属だろう。しかし撤退が速いな。まだ意図は分からない。例のヴァンパイアが放った者だろうと予想するが、まだなんとも言えんな」


 もう少し派手なアピールが必要か、とリアンは思考をめぐらせる。

 そこに、また別の声が響いた。


「御機嫌よう。そこの者らよ」


 現れたのは一見どこにでもいそうな、ジャケットとスラックスを着た男。しかし【暗視】で視界が鮮明なミケは、その男が持つ色に目を見開いて警戒を高め、リアンの自走椅子を素早く男の方へと向けた。薄笑いのその男は、銀色の髪と紅い目──つまりヴァンパイアの特徴を持っていたのだ。

 そして、ミケとは別の意味で、リアンもまた驚いていた。

 何故今、と。


「何やら絡まられていたようだが、大事ないか?」

「……ええ」


 思わず返答に小さな間が出来た。それだけで男はリアンの動揺を察し、笑みを深める。


「悪漢に襲われるとは災難だったな。気晴らしに酒でも飲まぬか?我の屋敷に来れば、年代の良い酒をいくらでも用意しよう」


 男の背後に、ミケにも見覚えのある黒装束の大男が無音で現れた。その目は男と同じ紅色。

 ミケは初めてヴェール領に来た時のことを思い返す。街中でふと男に目を留めたリアンが言っていた言葉。


『先程の黒い服の男は、昔知り合いだったヴァンパイアの眷属だ』


 そう、あの時の眷属の男だった。そしてもう一人のヴァンパイアらしき男は、その主人であろう。彼は一歩前に歩み出て優雅に一礼して言った。


「そのように警戒せずとも良い。我はキフ・サンダンヴェール。由緒正しきサンダンヴェール家の当主、だが今は酔いの快楽を愛するただの酒好き。怪しい者でも、畏まる必要のある者でもない」


 快楽公。人は、彼をそう呼ぶ。


「どうだ。一杯」


 お忍びのスタイルにも関わらず滲み出る気品ある所作と圧倒的な存在感は、彼の言葉に偽りのない事を証明していた。


 懐かしいその顔に、リアンは暫し無言を返す。再会の喜びを素直に表現出来ない事をリアンはもどかしく思うが、それらは全て飲み下さねばならない。フルフーレ(ゼウラ)の時とは異なり、サンダンヴェール大公は今を生きる一界の人物だ。今もなお現役の大公であり、国に参政する立場でもある。そんな彼に、先代魔王の復活など悟られてはならなかった。

 故にリアンは仮面の笑みで言葉を返す。


「遠慮します」

「そう言うな。我に目をつけられたのが不運だと思って、付き合ってもらおう」


 サンダンヴェール大公の言葉が終らぬうちに、薄暗かった路地裏に魔法陣の光が溢れ、リアンを包んだ。


「"座標 ホーム【転……"」

「【抵抗(レジスト)】」


 バチンッと大きな音を立てて、魔法陣は弾け飛んだ。その余波でリアンの髪が一房ほど消し飛ばされる。


「随分強引ですね」

「おおまさかレジストされるとは。見かけによらず腕利きなようだ。だが、お連れの子はどうだ。同じようにレジスト出来るだろうか」

「……何故そこまでするのです」

「我は今、とてもとても、貴殿と酒を酌み交わしてみたいのだ。どうしてもだ。早く酒を飲まねば狂いそうなほど、我は今乾いている。大人しく招待されよ。連れだけ転送しても良いのだぞ」

「……」


 リアンは軽く目頭を押えて俯く。リアンの知るサンダンヴェール大公は、もっと理性的で余裕のある男だった。この四十年で腐ってしまったか、いや違うだろう。恐らくは、どこぞの情報からリアンが守護の魔王であると匂わされているのだと思われる。リアンは思わず指の隙間からサンダンヴェール大公の背後で待機するクロドを一瞬だけ睨みつけた。


 余計なことを、と。


 それが伝わったのか否か、逃げるように若干クロドの影が薄くなった。恐らくは意図的だ。諜報に関して、クロドは専門家。本気で存在感を消し隠れていれば、リアンとて本気を出さなければ見つけることは難しいのだ。いつ何を見られていた知らないが、十中八九クロドが関わっているだろうとリアンは予想している。


「奴隷商店に他の連れを待たせているのですが」

「もう待てん。貴殿と言葉を交わすたび、気が変に昂ぶって仕方がない。後のことはクロドに任せる。さあ、もう行くぞ」


 再び転送のための魔法陣が展開される。今度はミケも同時に光に包まれた。思わず出そうになったため息を噛み殺して、リアンは光に身を任せる。


「"座標 ホーム【転送】"」


 次に目を開ければ、そこには豪邸といって遜色ない屋敷が堂々目の前に現れた。


「大丈夫か、ミケ」

「まあ……」

「ならいい。はぁ……何を聞かれても、黙っていてくれ」

「分かった。……酒って、大丈夫なのか」

「血を仕込む事は無いだろう。彼は酒の席を汚すことはしない」

「分かった」


 少しの時間差で、サンダンヴェール大公が現れる。言葉の通り置いてきたのか、クロドは連れていない。


「我が家へようこそ。楽しんでくれ」


 一人楽しそうなサンダンヴェール大公に、またため息を噛み殺したリアンだった。





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