三色塔争奪戦②
『三色塔争奪戦』。遊闘技場の演目の中でも古くから存在する有名な競技だ。常連参加者の中には定石を知っている者も多く、常連の誰かが指示役を務めるのが暗黙の了解となっている。
今回緑組でその指示役に名乗りを上げたのはゲドロ。リアン一行が参加している青組の指示役は常連の重剣士。赤組は常連の魔術師が務めることになった。
グラウンドの外周に聳える塔から中央の円形ステージへと橋が降ろされる。ゴングの音ともに、各組の戦士が一斉に中央へと突撃していった。
ミケとハーナも遅れを取らぬようにそれに続いて走る。
「ミケさん!ここはすり抜けて塔まで行っちゃいましょう!」
「囲まれないか?」
「塔までついちゃえば後は登るだけです!ハーナについて来て下さいね!!」
「ちょ、おま!」
そこかしこで怒号や金属音が響く戦場を、ハーナはするすると駆け抜けていく。しなやかに、軽やかに。
「っ……いつまでも、怖がってらんねえか」
ミケは己を叱咤するように自分の頬を叩くと、大きく深呼吸をして目標を見定めた。緑色がはためく塔。それを落とすことが、今回の目的だ。
「ふぅ……。【身体強化】!」
魔術を発動すれば、以前より格段に熱が漲る。分領での訓練や、日常の細々した魔力遊びの成果だろうか。
「ゲヘッ!見つけたぜ猫男ぉ!くたばりなッ!!」
「「オォオオ!!」」
「来たぞ緑だ!叩き返せ青ォ!!!」
「「ウオオォォ!!」」
気合を入れたミケの前に、無骨な剣を構えるゲドロ率いる緑組の軍勢が立ちはだかった。
素早く反応した青組もそれに対抗する。場は大規模な正面衝突となった。その中で迷わずミケに向かってくるゲドロと、ミケを襲う恐怖と高揚。ミケの中で込み上げる魔力は、いつにも増して攻撃的だった。どこか懐かしい感覚に任せて、ミケは魔力を吐き出す。
「すぅ……──グオォオオォォォォ!!」
「なッ!?ガハッ!」
衝撃波がゲドロを襲う。凶暴な魔力の波動が目耳鼻を揺さぶる。感覚が混沌し、平衡感覚さえ消失するような衝撃。巻き添えを食らった戦士らもろとも尻を地につき、ゲドロはあ然と目の前を見上げる。
「ぐへァ!?」
その顔面を踏み付けて、ミケはその強靭な脚力で一直線に緑の塔へと駆けた。
「……出来たっ!」
ミケのその技は、かつて大人達に求められたもの。威力こそケイには及ばないものの、れっきとした竜種固有の魔術、【息吹】だった。以前はただの叫び声だったそれが、きちんと竜の力を持って、目の前の敵を翻弄したのだ。
「とう!あっミケさん!遅いですよ!……って、なんか雰囲気変わりました?」
「さあ。……ただ、いつになくいい気分だ」
塔のふもとで重戦士を伸していたハーナと合流し、ミケは爽快な気分のままに笑みを浮かべた。
リアンは、今のミケを見ていただろうか。そう思いながら一度青の塔を振り返って、ミケは気合を入れ直した。
「やるぞ」
「はい!時間稼ぎはハーナにお任せを!」
「"聳え立て【一夜塔】"!」
丁寧な詠唱と共に、ミケは大地に拳を打ち付けた。足元に魔法陣が広がり、淡く輝く。
「おい、魔法陣だ!潰せ!」
「させませんよ!」
「ぐはっ!」
寄ってきた者達は素早いハーナに翻弄されて足止めを食らう。しかし多勢に無勢、ハーナ一人で抑えるのは流石に数秒が限界だ。
ほんの数秒、されど数秒。その数秒で戦況が一変することもあれば、勝敗を左右することもある。
ハーナは、己の役目を果たした。
「「ウオォオオォォォオオオ!!」」
「すげー!塔じゃん!」
「こりゃきたな青!」
「かーーっ!なんでもっと早く魔法陣を消さんのだ馬鹿者!頑張れよォ緑!」
「いいぞー!いけー!」
それは、殆ど一瞬と言ってもいいほどに短時間の出来事だった。緑の塔に並列するように、半分の高さの塔が突如として創造されたのだ。そしてその塔の上で、ミケは高らかに雄叫びを上げる。
「ウォオオオ!!」
それは微かな竜の響きを持って、遊闘技場中に轟いた。
「はは。やるじゃないか、ミケ。それでいい、その力はお前のものだ」
ビリビリと結界を刺激する竜の咆哮に、リアンは笑みを浮かべ称賛を口にした。
「いいじゃねえかあの赤猫!獣態系が派手な魔術とは珍しいな」
「緑は今回ほとんどの戦力外に出してるから、上までいけりゃ勝ちだな」
「跳び移って外階段から登る作戦か。外からだと魔法飛んで来るが大丈夫か?」
「いやすげーぞ、みろよ、魔法も腕で弾いてやがる!いい篭手持ってんだなぁ!落とされなきゃ行けるぜこりゃ!」
「白猫も続いたぞ!他の軽戦士も続けや!」
ワイワイと声援を送る青組の守備班。透明な半円結界に覆われた塔の屋上で、彼らはほとんど観戦者のような振る舞いで地上を見下ろしていた。
「おーい。あんま気ぃ抜くなよーお前らー」
「結界破られるまでは平気ですって〜。って、そういえば奴ら、全然登ってきませんね?」
「赤とかどこ消えたんだ?全然音沙汰ねぇな」
一方その頃。リアン達のいる青の塔、その内部螺旋階段。
そこでは赤組の戦士と緑組の戦士が狭い塔の中で入り混じり、混戦状態になっていた。すんでの差で緑組よりはやく塔にたどりついていた赤組が若干先行だ。
赤組の注目戦士として司会に紹介されていた実力者、赤組の指示役を務める濃霧のミコトと呼ばれる水魔術使いの男は、その乱戦の最中で、不可思議な現象にぶち当たっていた。
「なんだこの壁は、新しいトラップか?聞いていないぞ!?」
透明な壁が、屋上へと続く扉への侵入を拒んでいる。ゆるくカーブを描いたその壁は、よく見ると頭上まですっぽり覆う半球状の結界だった。しかし普通なら簡単に壊せるはずのその結界は、ミコトの魔術に微動だにせず道を塞いでいる。
「なんだ、結界?まさか、内側から殴られて壊れない結界なんてないだろ!なんなんだこの壁は……!」
「ミコトさん、早く進んでください!詰まってます!」
「分かっている!引けお前達、大技行くぞ」
ミコトは両腕に魔力を纏わせ、氷の杖を生み出した。杖を薙げば空中に水塊が生まれ、次の瞬間には無数の水滴へと分散する。
「"数多の雫よ 眩き針となり穿て【水針連弾】"!」
盛大な轟音を塔内部に響かせながら、【水針連弾】は全弾目の前の結界に着弾した。一つ一つの水滴が針のように変形し回転しながら対象を貫くこの技は、高等な技術によりなせる技であり、高い貫通力を誇る。ミコトの十八番である。【水針連弾】をくらえば、結界はひとたまりもない……と、ミコトは思っていた。
「嘘だろ……」
しかし、着弾と共に返ってきたのは霧のような水飛沫。それはつまり、【水針連弾】が貫通することなく結界に弾かれたということを示す。その事を証明するように、霧の晴れた後には変わらぬ薄い壁が堂々鎮座していた。
「ミコトさん!?」
「仕方ない、外だ!外階段に回れ!ここは通れない!」
「わ、分かりました!おい赤組!撤退!外だーッ!外階段に行けーー!」
ミコトは素早く判断を下す。塔内部にいた者達は勢いを削がれて撤退を強いられることになった。緑組の戦士や、何人かの力自慢が命令からそれて結界にアタックするも、やはり破壊には至らず。あたふたと外に出てきた戦士達はそれを待ち構えていた青組の攻撃班と衝突、出口に陣取られ思うように戦えず足止めを食らうことになる。
最前にいた今は後列のミコトは、味方を巻き込む恐れのある魔術は使えず、隊列の後ろからその様子を焦れったそうに眺める事しかできなかった。
もちろん外階段の屋上侵入口にもリアンの張った結界が展開されているのだが、それはここにいる赤組も緑組も知らぬことであった。




