第63話 エピローグ
カラン、カラン
パタパタパタ……
蒼天の青空に白い鳩たちが飛び立つ。
今日は私とジーク様の結婚式。
ここはお城の敷地内にある由緒正しき教会、お父様たちもこの教会で式を挙げたらしい。
でも不思議ね、ここは王家の者か王家に所縁のある者にしか使用する事が出来ないはず。私たちの場合は王家の血を引く公爵家の結婚式だから分かるのだけど、お父様もお母様も王家の血は引いていないはず……ん〜まぁ、いいか。
「お姉さま、ジーク様おめでとうございます」
「アリスお姉さま、おめでとうございます」
「アリスちゃんおめでとう」
「アリスおめでとう、ついでにジークも」
祝福の鐘が鳴り響く中、私たちは真っ赤なバージンロードを歩く。
つい先ほど誓いの言葉で私たちは夫婦となった。
一段一段教会前の階段を降りていくと、大勢の人たちからの祝福の言葉で迎えてくれる。エリスにユミナ様、ルテアにアストリア様の姿まである。
新婦入場の際、ハルジオン公爵様と陛下のどちらが私の父親代わりをするかで、最後の最後までもめていたらしい。
全く余りにも光栄すぎて両方ともお断りしたい気分だったわ。
あれから叔父と叔母は最も重い極刑が正式に決まった。
今はこの国の最北に位置する、最も強固で過酷な環境の下にある監獄に幽閉されている。刑が執行されるまで二度と出る事が出来ない監獄で。
護送される前一度だけ叔父と話す機会があった。久々に見た叔父はすっかり痩せ細っており、以前の面影は何処にもなかったが、ヴァーレの罪状と保釈後の予定を伝えたら初めて私に頭を下げてきた。
後で聞いた話だが、叔父は本気でヴァーレの母親の事を愛していたらしい。だけど叔母がヴァーレの母親を利用し、自分が身ごもった子供を親なしにするのかとせまり、叔父に自分と結婚するように手紙を書かせたんだそうだ。
そのあともヴァーレと母親の事は捜していたが、結局再会できたのはヴァーレが十八歳になった時、私の両親が亡くなる数ヶ月前だったと言うわけだ。そして生まれてから何もしてあげられなかった、たった一人の息子のために爵位を与えたかったんだとか。
結局叔父のやり方は間違っていたし、息子の為に爵位だなんて只の自己満足でしかない。でも何故か恨む事が出来ない私がいた。
「どうした? 難しそうな顔をして」
叔父の事を考えていたらジーク様が心配して声をかけてきてくれた。
「ちょっと叔父の事を考えていたんです。私にも子供が出来たら、自分の人生を狂わせてまでも子供の為に尽くせるんだろうかって」
「そうだな、アリスの事だから子供達の為になら自分を犠牲にしてまでも守り切るだろう。だけど、彼のように他人を陥れてまではしないと思うよ」
「……そうですね」
私が青空を見上げると、ジーク様もつられて空を見上げる。
「ちゃんと私と子供たちを幸せにしてくださいね」
「えっ?」
チュッ。
レガリア歴一一二五年春 祝福の鐘の鳴り響く中、私たちは結婚した。
★第45代レガリア王 アストリア・レーネス・レガリア
多くの家臣と国民が見守る中、第45代レガリア王に就任する。
後の世に剣王と呼ばれるほどの武闘派だった彼も、王妃ルテアには生涯頭が上がらなかったと言われている。
★レガリア王国の王妃 ルテア・レーネス・レガリア
レガリア王に就任したアストリアを支え、三人の子供に恵まれる。
彼女が時々見せる笑顔は多くの家臣を震え上がらせたという。
★レガリア王国の第一王女 フィーナ・レーネス・レガリア
アリスとルテアを姉と呼び慕う、時折遊びにくるアリスと義姉ルテアから大変可愛がられていたという。
後に隣国の王子の下に嫁いだあとの記録はないが、それまではお城で幸せに暮らしたとされている。
★レガリア王国の第二王女 レティシア・レーネス・レガリア
エリスとユミナという同年代の友達といつも一緒にいる姿がよく見られた。
三人が集まるといつもトラブルが起こる事から、周りの人たちからは仕事が増えると恐怖の対象になっているらしい。
★アンテーゼ伯爵家の次女 エリス・アンテーゼ
姉のアリスがハルジオン家に嫁いだ事により、王都のアンテーゼ邸を任される事になる。彼女の周りには何時も賑やかなメイド達と、白い毛並みの聖獣が寄り添っていた。最近では王妃の弟でもあるティート・エンジウム言い寄られているという噂が。
★ハルジオン公爵家の公女 ユミナ・ハルジオン
アリスがハルジオン家に来た事で、兄のジークをさておいて何時もアリスと一緒にいるという。後の世に自らの魔法の特性を生かし、親友のエリスと共に諜報機関に所属。シロとよばれる精霊獣の魔力強化と、自信の精霊獣であるソラの魔法で数々の犯罪を暴く事になる。彼女達には一切隠し事が出来ないと多くの騎士達から恐れられたという。
★エンジウム公爵 ティート・エンジウム
父親の後を継ぎ王国の宰相の座につく。
噂では片思いをしていた恋に破れ傷心していたところ、偶然出会った女性に一目惚れをしたという。最近では積極的にアプローチをしているらしい。
★エンジウム公爵家の公女 チェリーティア・エンジウム
エリスとユミナを慕いお城の仕事に準じしているという。
その愛らしい姿に多くの騎士達が父親の気分を味わったと言われている。
★ローズマリー商会会長 ルーカス
アリスよりローズマリー商会の会長を任せられる。その後彼は前会長の遺志を継ぎ、社員を大切にし商会をより大きく発展させたという。
最近では面倒を見ていた女性と恋仲になっているらしい。
★影の経営補佐 ヴァーレ
罪を償った後、父の形見もって母親が眠る地へと訪れる。
噂ではローズマリー商会の門をくぐり、生涯をかけてアンテーゼ領の為に尽くしたと言われているが、どこの記録にも彼の活躍は記録されていない。
一説では自身は一生表舞台には立つことを拒んだという。
★ハルジオン公爵 ジーク・ハルジオン
父の後を継ぎ騎士団長に就任する。その武勲はアストリア王といつも張り合っていたという。彼の傍らにはいつも笑顔が絶えない公爵夫人が寄り添っていた。
★ハルジオン公爵夫人 アリス・ハルジオン
念願かどうかは分からないが、めでたく幼馴染だったらしいジークと結ばれる。
彼女の周りにはいつもバティシエールとしての弟子入りを志願してくる者が絶えなかった、それが全て女の子なのは何か理由でもあったのだろうか。
後に一男二女の子供に恵まれ幸せに暮らしたとされている
彼女が行った菓子界の革命は伝説とされ後の世に受け継がれていった。しかし彼女がどのようにして新な菓子を生み出したかは最後の最後までまで語られる事はなかった。
ただ記録にはこう残されている。
『誰にでも失敗する事はある、それは間違いであったり時には罪であったり……。だけどその失敗をいつまでも引きずるのではなく、新な力へと変えていくのだ。そして一度立ち止まり周りを見渡す事で、自分を心配してくれる人がいるのを改めて感じなさい。貴方は決して一人ではないのだから』
……そして十八年後
「ちょっとアイリス早くしなさいよ」
「ちょっと待ってよセシル、もうすぐ出来上がるから」
私はようやく長年の夢だった自分のお店を持つ事ができた。ここに辿り着くまでには血の滲むような努力と、アリスたちの説得にどれほどの労力を要した事か。
周りの友達からは公爵令嬢らしくないって言われるけど、私はおかし作りが好きなの。家の事はお兄さまとお姉さま任せておけば別にいいじゃない。
まぁ私の事が心配だからって、お姉さまは今も手伝ってくれているんだけど。
「もうセシル様もアイリス様も慌てすぎです。まったくエスニアに頼まれなかったらお二人の遊びに付き合わなくても済んだって言うのに」
「ちょっとエイリーク、聞き捨てならないわね。二人の遊びじゃなくてアイリスの遊びだからね。わたしだってアリスに頼まれなかったらこんな店に来ないわよ」
エイリークの両親はお母さんの古い友人で、お父さんがパティシエとよばれるお菓子職人なんだそうです。その関係でエイリークは私と一緒におかし作りを担当してもらている。この店の中で一番年上のお姉さん。
「アイリスちゃんリボンが曲がってますよ」
「ありがとうリリー」
「まったく俺たちがいないと何もできないんだから」
「できないんだから」
「ちょっと、いくら私の精霊だからって可愛いアイリスを苛めたらシメるわよ」
この蝶々の羽を生やした小さな子は私の契約精霊でもある花の精霊のリリー。
そしてトンボの羽を生やした青い髪と赤い髪の小さな子はスイとエン、二人はお姉さまの契約精霊で、三人とも元はお母様の契約精霊だったの。
お母様は何故か精霊たちに好かれる体質らしくて、今でも何人もの精霊が寄り添っているんだ。
「もう皆さんちゃんとやりましょうよ。これじゃ開店時間までに間に合いませんよ」
「ローザスも大変よね。ルーカスさんもロザリアさんも忙しいからって、息子を寄越してくるんだから」
ローザスはこの店の大元でもあるアンテーゼ商会会長の息子さん。お母さんと会長のルーカスさんは従兄妹でもあるんだ。
「それにしてもローザスって男にしておくのが勿体ないわね」
「あ、それ私も思ってた。どうせならメイド服着せたい」
「や、やめてくださいよ。僕にそんな趣味はありませんよ」
ローザスってお母様の言葉を借りるなら男の娘? ってよばれる属性らしいの。
今度お母様に頼んでローザス用の制服を作ってもらおうかなぁ。
「お嬢様そろそろ開店時間がせまっています」
「あ、そうだね、ありがとうカタリナ」
カタリナは私の専属メイド。カタリナのエレンは私のお母様の専属メイドで友達のような間柄なの、私もカタリナとは友達のように付き合いたいんだけど、本人はいつも嫌がって逃げてしまうのよね。
さて準備もできた事だしそろそをお店を開店しなくちゃね。
この店のスタッフは全部で五人、パティシエールのエイリーク、ホール担当のセシルとカタリナ、そして責任者でもあるローザス。
私はまだ見習いのパティシエールだけど、いつかはお母様のような伝説のパティシエールと呼ばれる存在になりたい。
これはそのための第一歩なんだ。
「それじゃみんな、準備はいい?」
「仕方ないわね、可愛い妹の為なんだから手伝ってあげるわよ」
「僕はいつでも大丈夫です」
「まぁ、お母さんに頼まれたんだからちゃんとするわよ」
「私もお嬢様の為に精一杯頑張りますね」
「じゃ開店するよ」
『いらっしゃいませ、週末限定 スイーツショップ ローズマリーへようこそ』
—— Fin ——
これで「ローズマリーへようこそ」は完結となります。
この作品は最終話まで書き終えた初めての物語です。最初の頃はいろいろ注意やご指摘を受けましたが、無事最終話まで終えることが出来ました。
ここまでお読みいただいた方々には感謝しております。
本当にありがとうございました。
お仕事シリーズの第二弾『ブランリーゼへようこそ』もよろしくお願いします。




