最終話 やはり目は離せません
本日3話目です
その日、王都は穏やかな祝福に包まれていました。
ラスタム公爵家嫡男、アーヴィン様。
そしてラファーム侯爵家長女、マリアーナ様。
二人の婚約が、正式に発表されたのです。
華やかなサロンには、多くの貴族たちが集い。
祝福の言葉と、やわらかな笑顔が交わされていました。
「おめでとうございます、マリアーナ様」
「ありがとう、ナターシャ」
振り返ったお嬢様は、少しだけ照れたように笑います。
あの日、バルコニーで見せた表情と同じ。
けれど、どこか落ち着きと自信を帯びた笑顔でした。
(……本当に)
胸の奥で、静かに思います。
(ここまで来られましたね)
視線の先では、アーヴィン様が穏やかに誰かと言葉を交わしていました。
その仕草一つ一つが、変わらず洗練されていて。
そして何より。
時折こちらに向けられる視線が、自然で。
あたりまえのように、お嬢様を探している。
(……いい関係です)
無理がなくて。
背伸びもなくて。
それでいて、確かに繋がっている。
「ナターシャ」
「はい」
「……これからも、よろしくね」
少しだけ、遠慮がちな声音。
けれど、その奥にあるのは変わらない信頼。
「はい」
私は、いつものように一礼しました。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
——これは義務ではありません。
命じられたからでもなく。
役目だからでもない。
(私が、そうしたいから)
その選択を、私はもう知っています。
「ナターシャ」
別の声がしました。
振り向くと、レオンが立っています。
相変わらず、無駄のない佇まい。
感情の読みにくい表情。
ですが。
ほんのわずかに、視線が柔らかい。
「こちらも問題ありません」
「そうですか」
短い会話。
けれど、それで十分でした。
隣に立つ存在が、もう一人いる。
それだけで。
(少し、楽ですね)
ふと、笑い声が広がりました。
中心にいるのは、やはりお嬢様です。
少し大げさな身振りで話し。
周囲を巻き込みながら、楽しそうに笑っている。
(変わりませんね)
婚約しても。立場が変わっても。
この方は、この方のままです。
——だからこそ。
(いいのですけれど)
「ナターシャ」
「はい」
「少し歩こうかしら」
「かしこまりました」
私はすぐに一歩後ろへ。
いつもの位置に入ります。
隣にはアーヴィン様。
少し後ろにレオン。
自然な隊列。
完全な布陣。
(盤石です)
——そのはずでした。
「……あら」
お嬢様が、ふと足を止めます。
(来ましたね)
「ナターシャ」
振り返りながら。
ほんの少し困ったように。
「転びそうだわ」
——遅いです。
その時にはもう。
体勢は崩れています。
「もう転んでいます!!」
私は即座に支えに入りました。
ほぼ同時に、左右から手が伸びます。
アーヴィン様と、レオン。
三方向からの完全補助。
結果、お嬢様は、ふわりと体勢を戻しました。
「……助かったわ」
「当然でございます」
何事もなかったかのように、歩みが再開されます。
周囲では、くすりと笑いが漏れていました。
それは、嘲笑ではなく。
どこか温かいもの。
(……ええ)
私は、小さく息を吐きます。
変わらない日常。
けれど、少しだけ広がった世界。
増えた関係。
深まった絆。
それでも、やることは変わりません。
お嬢様を支え。
見守り。
時に振り回される。
(忙しくなりそうですね)
ですが。
そのすべてを私はもう、知っています。
——楽しいのだと。
だから。
迷うことはありません。
私は、いつもの位置で。
静かに、そして確かに。
お嬢様の背を追いながら、思いました。
「——やはりこのお嬢様からは、目が離せません」
これで完結になります。
お読みいただいた方、本当にありがとうございました。




