第0話 頼りにしているわ
「ナターシャ、あなたがいないと私、生きていけないわ」
——そう言って微笑んだマリアーナお嬢様は、その直後に何もない床で転びました。
しかも二回目です。今日はまだ朝です。
「……お嬢様」
「大丈夫よ、慣れているから」
「慣れてはいけません」
私は思わず真顔で言い切りました。
だってそうでしょう。慣れていい転び方と、慣れてはいけない転び方があります。
今のは完全に後者です。というかそもそも転ばないでください。
「ナターシャ、冷たいわ」
「冷静なだけです」
「でも本当に、あなたがいてくれて助かっているのよ?」
お嬢様は床に座ったまま、ふわりと微笑みました。
……ええ、その気持ちは伝わります。
なぜならこの方、ついさっきから何もない場所で二回転び、その前にはドアノブに袖を引っかけ、さらにその前には花瓶を割っています。
全部、たった三十分の出来事です。
(……聞いてませんけど!?)
私は本来、“少しくらいドジな侍女”になるためにここへ来ました。
可愛がられるには、完璧すぎない方がいい——家族のそんな助言を真に受けて。
ですが現実は。
「ナターシャ、立たせてくれる?」
「はい、お嬢様。ゆっくりで……ゆっくりでお願いします……!」
——完全に、逆でした。
ポンコツを装う必要など、どこにもなかったのです。
なぜなら。
本物が、ここにいるのですから。




