五月病?猫の「特発性膀胱炎」、あるいは繊細な器
五月病?猫の「特発性膀胱炎」、あるいは繊細な器
### 1. トイレの前の溜息
五月の下旬、京都の街は修学旅行生で賑わい、山々は深い緑へと色を変えます。そんな中、三毛猫の「ハナ」ちゃんと飼い主の小林さんが駆け込んできました。
「先生、ハナがさっきから何度もトイレに行くんです。でも、踏ん張るだけで何も出なくて……。やっと一滴出たと思ったら、色がピンクっぽくて血が混じっているみたいなんです!」
ハナちゃんは診察台の上で、落ち着かない様子で腰を低くし、何度も尿意に襲われているようでした。
### 2. 「犯人」が見つからない膀胱炎
検査の結果、ハナちゃんの尿に細菌は見当たりませんでした。
「小林さん、これは細菌感染ではなく、**『猫の特発性膀胱炎(FIC)』**という状態かもしれません」
猫の膀胱炎の約 $60\%\sim 70\%$ は、原因がはっきりしない「特発性」だと言われています。
* **心のストレスが体に:** 引っ越し、新しい家具、来客、あるいは飼い主さんの生活リズムの変化。猫にとっては些細なことが脳を通じて膀胱の粘膜を荒らし、炎症を引き起こします。
* **痛みのスパイラル:** 膀胱が痛む→トイレが怖くなる→尿を我慢する→さらに尿が濃くなり粘膜を刺激する、という悪循環に陥ります。
* **五月の罠:** 春から初夏への気圧の変化や、GWの来客などで蓄積されたストレスが、この時期に爆発しやすいのです。
### 3. 「環境」という名の処方箋
「お薬で今の痛みと炎症を抑えるのはもちろんですが、再発を防ぐにはお家の『環境改善』が不可欠です」
1. **「水飲み場」の増設:** 尿を薄めるのが最大の治療です。部屋のあちこちに、猫が通り道でふと飲みたくなるような場所に水を置いてください。
2. **トイレの安心感:** トイレの数は「猫の数 $+1$」が理想です。常に清潔で、誰にも邪魔されない静かな場所に配置しましょう。
3. **「高い場所」と「隠れ家」:** ストレスを感じた時に、自分だけで安心できる「逃げ場」を垂直方向に作ってあげてください。
### 4. 雄猫の場合は「命に関わる」ことも
「ハナちゃんは女の子なので、まだ少し余裕がありますが……」と、僕は表情を引き締めました。
「もしこれが男の子だったら、腫れた尿道に結晶が詰まって『尿道閉塞』を起こし、一晩で命に関わることもあります。出ないのに何度もトイレに行く仕草は、猫にとっての救急信号なんです」
### 5. 穏やかな雨音の中で
「先生、お疲れ様です。……猫って、本当に心の鏡みたいな動物ですね」
河野が、ハナちゃんをキャリーに戻しながら、そっと頭を撫でた。
「そうだね。彼らは言葉で『ストレスが溜まっている』と言えない代わりに、膀胱に血を流して訴えるんだ。そのメッセージを汲み取ってあげられるのは、一番近くにいる僕たちだけなんだよ」
数日後、ハナちゃんはすっかり落ち着き、広いお家の中で一番高いタワーの上で、悠々と昼寝をしているという報告がありました。
窓の外では、梅雨を予感させるしっとりとした雨が降り始めました。
湿り気を帯びる季節、猫たちの心もまた、潤いと静寂を求めているのかもしれません。
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