秋の終わりの「寄生虫」チェック、あるいは密室の繁殖
秋の終わりの「寄生虫」チェック、あるいは密室の繁殖
### 1. 「もう冬だから」の油断
十二月に入り、カレンダーが最後の一枚になると、診察室ではこんな会話が増えてくる。
「先生、ノミ・ダニの予防薬、今月分で終わりにしてもいいですよね? もう外は氷が張るくらい寒いし、蚊もいないし。うちの子は散歩も短いから、春までお休みしようと思って」
チワワの「ココ」ちゃんの飼い主、中島さんは、どこかホッとした表情でそう言った。しかし、僕はココちゃんの耳の付け根を慎重に掻き分けながら、少し首を振った。
### 2. 寄生虫にとっての「楽園」
「中島さん、実は今の時期が一番危ないんです。外が寒ければ寒いほど、ノミやダニは『暖かい場所』を求めて移動します。そして、彼らにとっての最高のリゾート地は……そう、**『24時間エアコンが効いた、加湿もバッチリな人間の家』**なんです」
ノミの卵や幼虫は、 13以上の環境があれば冬眠せずに活動を続ける。
「外が 0 でも、リビングが 20なら、ノミにとっては春や夏と変わりません。一度散歩のついでに一匹でも連れ帰ってしまえば、冬の間にカーペットの奥やソファの隙間で爆発的に増殖してしまうんです」
### 3. 「見えない敵」の潜伏戦略
「でも先生、ノミなんて跳ねていたら気づくはずでしょう?」
中島さんは半信半疑だ。
「いえ、成虫として私たちの目に触れるのは、全体のわずか $5\%$ に過ぎません。残りの $95\%$ は卵やサナギの状態で、お部屋の中に隠れています。特にマダニも、最近は温暖化の影響で冬でも活動する種類が増えていますし、SFTS(重症熱性血小板減少症候群)のような、人間にも感染する恐ろしい病気を媒介することもあります」
### 4. 「通年予防」が一番の節約
「春になってから慌てて駆除を始めるのは、火事が起きてから消火器を探すようなものです。冬の間も月一回の予防を続けることは、単なる病気予防だけでなく、お部屋の衛生環境を守ることにも繋がります」
僕は、ココちゃんの背中にポタリと垂らすタイプ(スポットオン剤)の薬を処方した。
「『冬休み』を作らず、細く長く続けること。これが、寄生虫との知恵比べに勝つ唯一の方法ですよ」
### 5. 師走の診察室
「先生、お疲れ様です。……『冬は虫がいない』っていう常識、今の高気密・高断熱の住宅には当てはまらないんですね」
河野が、予防薬の在庫を確認しながら呟いた。
「そうだね。便利になったのは人間だけじゃない、虫たちも同じなんだ。目に見えないリスクを伝えるのは難しいけれど、それが彼らの『痒くない冬』を守ることに繋がるんだから」
窓の外では、冷たい木枯らしが街路樹を揺らしている。
でも、この診察室と中島さんのリビングは、今日もポカポカと暖かい。
その暖かさが、招かれざる客の温床にならないよう、僕は祈るような気持ちで次のカルテを開いた。
「さて、次は……。忘年会シーズンの『おすそ分け』が招く激しい嘔吐。師走に急増する『胃腸炎』のラッシュだ」
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