秋の健康診断・胃内異物編、あるいは森の落とし穴
秋の健康診断・胃内異物編、あるいは森の落とし穴
### 1. 200ページ目の診察室
おかげさまで、この日誌も200話目を迎えました。京都の街が紅葉に染まり始める十月。観光客で賑わう嵐山や鴨川のほとりを散歩した後のワンちゃんたちが、今月は少し特殊な理由で来院しています。
「先生、散歩中に何かを『パクッ』と飲み込んだみたいなんです。問い詰めたらゴクンと飲み込んじゃって……。それ以来、なんだか食欲がなくて、さっき白い泡を吐きました」
トイ・プードルの「モカ」ちゃんの飼い主さんは、散歩コースに落ちていたという**「どんぐり」**を手に、青ざめた顔で立っていました。
### 2. 「天然のオモチャ」の罠
秋の散歩道には、どんぐり、栗、銀杏など、犬たちの好奇心をそそる「転がるもの」が溢れています。しかし、これらは彼らにとって非常に危険な異物となります。
「お母さん、どんぐりは見た目以上に厄介です。表面が硬くて消化されないのはもちろん、形が丸いため胃の出口(幽門)にスポッとはまり込み、完全に道を塞いでしまう『閉塞』を起こしやすいんです」
さらに、どんぐりには「タンニン」という成分が含まれており、大量に摂取すると嘔吐や下痢、重症化すると腎不全を引き起こすこともあります。
### 3. レントゲンに映る「影」
「河野、レントゲンを。銀杏の種やどんぐりは、石ほどではないけれど、うっすらと影が映るはずだ」
モニターに映し出されたモカちゃんの胃の中。そこには、本来あるはずのない、境界のくっきりとした楕円形の影が二つ、仲良く並んでいました。
「……ありましたね。まだ胃の中に留まっています。今なら内視鏡で取り出せる可能性が高いです。腸に流れて詰まってしまうと、お腹を切る手術になります」
### 4. 拾い食いを防ぐ「交換の儀式」
内視鏡で無事に二つのどんぐりを回収し、麻酔から覚めたモカちゃんを見て、飼い主さんは胸をなでおろしました。
「先生、散歩中は目を離さないようにしていたつもりなんですけど……」
「わかります。彼らの鼻と口の動きは、僕たちの動体視力を超えますからね。もし何かを咥えてしまったら、無理に取り上げようとしないでください。追い詰められると、奪われまいとして逆に飲み込んでしまいます」
僕は、拾い食い対策のコツを伝えました。
「常に『もっと美味しいおやつ』を持ち歩いてください。どんぐりを咥えたら、『それをくれたら、これ(おやつ)をあげるよ』と交渉するんです。**『奪われる恐怖』を『交換の喜び』に変える**。これが、秋の散歩道を安全に楽しむ秘訣です」
### 5. 200話の節目に寄せて
「先生、200話目にして『どんぐり』が犯人だなんて、なんだか秋らしいというか、切ないですね」
河野が、洗浄したどんぐりをトレイに載せながら言った。
「そうだね。でも、こんな小さな木の実一つで、一つの命が消えかけることもある。僕たちの仕事は、その『まさか』を未然に防ぎ、起きてしまった時には全力を尽くすこと。200話目も、300話目も、その本質は変わらないよ」
病院の入り口のクヌギの木が、カサカサと音を立てて揺れている。
その足元に落ちる実が、ただの季節の彩りでありますように。
僕は、201ページ目のカルテを、新しい気持ちで開き直しました。
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