残暑の診察室、あるいは命の祝祭
残暑の診察室、あるいは命の祝祭
### 1. 蝉時雨が遠のく夕暮れ
八月も終わり。京都の街を焼き尽くさんばかりだった西日も、ようやくその角度を緩め、空にはうろこ雲が姿を見せ始めた。
診察室のエアコンは、この三ヶ月間、一度も止まることなくフル稼働を続けていた。
「先生、今日で八月も終わりですね。……なんだか、今年は例年以上に熱中症や皮膚病との戦いだった気がします」
看護師の佐藤さんが、冷たい麦茶を差し出しながら呟いた。
「ああ。記録的な猛暑だったからね。でも、その分、飼い主さんたちの『守る力』も一段と強くなった気がするよ」
### 2. 見えない勲章
この三ヶ月、僕の診察室を通り過ぎていった数多の命。
熱中症から奇跡的に生還したゴールデンレトリバー。
引越しのストレスを乗り越え、新しい家で喉を鳴らし始めた猫。
そして、盆踊りの音に怯えながらも、家族の腕の中で安らぎを取り戻した元保護犬。
飼い主さんたちの腕には、点滴の跡を気遣う優しさや、夜通し看病したことによる寝不足のクマ、そして「この子を絶対に死なせない」という強い意志が宿っていた。
「お疲れ様でした」
僕は、カルテを閉じるたびに心の中でそう唱えてきた。その言葉は、動物たちだけでなく、彼らを支え続けた「人間」という家族への賛辞でもあった。
### 3. 九月の風、秋の足音
九月になれば、少しずつ気温が下がり、フィラリア予防も「あと数回」というゴールが見えてくる。
しかし、油断は禁物だ。
「河野、九月は『秋の換毛期』と『夏の疲れ』が重なる時期だ。消化器トラブルや、免疫力の低下による感染症が増えるぞ」
「はい! 秋の健康診断キャンペーンの準備も万全です。夏を乗り越えた体を、しっかりメンテナンスしてあげましょう」
河野が頼もしく頷く。
### 4. また、次の季節へ
診察室の窓の外。
一匹の赤とんぼが、秋の気配を連れて横切っていった。
夏は、命の輝きが最も眩しく、同時に最も危うい季節だった。
それを乗り越えた今、動物たちの瞳には、一回り深い信頼の光が宿っているように見える。
「先生、次の患者さんは……。新しく家族に迎えられたばかりの、真っ白な子猫ちゃんです。ワクチンのご相談だそうです!」
「よし、行こう」
新しい命、新しい出会い、そしてまた繰り返される日常。
京都の四季は、留まることなく巡り続ける。
僕たちは、その輪の中で、言葉を持たぬ友たちの「声」を聴き続けるだけだ。
### 5. 終わりに代えて
この「夏編」にお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。
あなたの隣にいる愛犬や愛猫が、今、穏やかに眠っているなら、それはあなたがこの過酷な夏を彼らと共に戦い抜いた、何よりの証拠です。
さあ、次は黄金色の光が差し込む「秋」の物語。
食欲の秋、そして再び訪れる「高齢ペットのケア」の季節へと、ページを捲りましょう。
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